生成AIの進化によって、私たちの情報収集やコミュニケーションの在り方は大きく変化しています。その変化は、SNSにも広がり始めています。
2026年春、Xでは生成AI「Grok(グロック)」による自動翻訳機能の実装が本格的に拡大しました。以前から翻訳機能自体は存在していましたが、Grokの導入によって翻訳精度が向上し、より自然な文章で他言語の投稿を読めるようになっています。
この変化は、企業のSNS活用や情報発信にも少なからず影響を与える可能性があります。
今回は、情報経営イノベーション専門職大学(iU)基幹教員でありジャーナリストの松村太郎氏へのインタビューを基に、「翻訳されるSNS」時代に企業コミュニケーションはどのように変わるのか、そのポイントを整理します。

松村 太郎(まつむら・たろう)
情報経営イノベーション専門職大学(iU)基幹教員/ジャーナリスト
慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、ジャーナリストとして独立。テクノロジーとライフスタイルの関係を追いかける。2011年より8年間、米国カリフォルニア州バークレーに住み、テクノロジーの震源地であるサンフランシスコ・シリコンバレーを現地で取材した。2007年「教育とITで社会問題を解決する」キャスタリア株式会社に参画、取締役研究責任者を務める。2014年長野県上田市にプログラミング必修の通信制高校、学校法人信学会 コードアカデミー高等学校を設立、副校長を務めた。
松村氏は、自動翻訳機能の普及による最大の変化を「言語や国境、カルチャーの壁を越えた情報流通が実用的なレベルになったこと」だと語っています。
これまでも海外の投稿を翻訳することはできましたが、海外の一次情報へリアルタイムでアクセスし、自然な形でコミュニケーションを取ることには一定のハードルがありました。
一方、Grokによる自動翻訳では、日本語の投稿も海外ユーザーがストレスなく理解できるようになり、海外の投稿も日本語で自然に読めるようになっています。
その結果、日本と海外で言語によって分断されていたコミュニティーに変化が起きています。
例えば、アニメやゲーム、VTuber、開発者コミュニティーなど、これまで日本語圏と海外コミュニティーがそれぞれ独立していた「界隈(かいわい)」に、海外ユーザーも自然に参加できるようになりました。つまり、自動翻訳機能は単に言葉を置き換えるだけではなく、「人と人とのつながり方」そのものを変え始めているのです。
松村氏は、この変化を「情報の抜けが良くなる」という言葉で表現しています。
発信者にとっては、届けられる相手が大きく広がります。一方で情報の受け手にとっても、自分が興味を持つテクノロジーやスポーツ、エンターテインメントなどについて、世界中からリアルタイムで情報を得られるようになります。つまり、情報の流れそのものが双方向になり、文化交流のハードルも大きく下がっているということです。
興味深いのは、日本語圏がXの中で非常に存在感のあるコミュニティーであるという点です。
松村氏によれば、日本では約6,800万人規模のXユーザーがおり、世界全体でも日本はアメリカに次ぐ大きな利用国となっています。また近年は、アニメやゲーム、J-POPなどをきっかけに、日本語そのものや日本文化に関心を持つ海外ユーザーも増えてきました。
そのような状況で自動翻訳機能が普及したことにより、日本語で交わされていたコミュニケーションへ海外ユーザーも参加できるようになり、日本語圏そのものの広がりが一段と大きくなっています。
企業にとっても、日本語で発信した内容が、日本国内だけでなく海外へ届く可能性を意識する場面は今後さらに増えていくでしょう。
国別Xユーザー規模の参考値※広告到達可能数等に基づく推計

参照:Xユーザー数:World Population Review 2025 https://worldpopulationreview.com/
※Xのユーザーデータは、同プラットフォームが提供する広告到達可能数(Ad Reach)の指標をもとに推計
人口:外務省HP https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/index.html
これまで海外へ広がる日本発コンテンツといえば、アニメやゲームなどのIPコンテンツが中心でした。しかし、自動翻訳機能によって海外へ届くものは、それだけではありません。
松村氏は、現在では日常の食事や街並み、生活習慣、雑談やユーモアといった、日本人にとって何げない投稿までもが海外へ共有されるようになっていると指摘しています。海外ユーザーが求めているのは、観光パンフレットのように整えられた情報だけではありません。日本人が普段どのような生活を送り、どのような文化の中で暮らしているのか。そのリアリティーそのものが、新たな関心を集める対象になり始めています。つまり、自動翻訳によって共有されているのは情報だけではなく、「文化」や「生活」そのものだと言えるでしょう。この変化は、企業がSNSで発信する内容にも新たな示唆を与えています。
日本語の投稿が世界中へ届く可能性が高まる一方で、企業のSNS運用では新たな注意点も生まれています。
松村氏が最も注意すべき点として挙げるのが、「文脈に依存した表現」です。日本語には、スラングやネットミーム、自虐的なユーモアなど、日本人同士であれば自然に理解できる表現が数多くあります。しかし、それらが自動翻訳された場合、発信者の意図とは異なる意味で受け取られる可能性があります。
企業アカウントでは特に、悪意のない表現であっても海外ではセンシティブな内容と受け止められる可能性を考慮する必要があります。その一方で、世界中で理解されることだけを意識し、無難で均質な表現ばかりを選ぶことにも注意が必要です。
松村氏は、海外ユーザーを意識し過ぎるあまり自社らしさや地域性を薄めてしまうと、本来の魅力まで失われかねないと指摘しています。むしろ、自社のアイデンティティーや地域性に根差した情報発信を行い、その背景や文脈が伝わるよう工夫することが、結果として海外にも受け入れられやすいコミュニケーションにつながるといいます。「世界受け」を狙うのではなく、「自社らしさ」を大切にしながら伝える――。翻訳技術が進化した今だからこそ、この考え方はより重要になっていくのかもしれません。
では、企業は実際にどのような点を意識して情報発信を行うべきなのでしょうか。
松村氏は、「翻訳される前提」でコミュニケーションを設計する必要があると述べています。
例えば、日本語では主語を省略することが少なくありません。しかし、自動翻訳では文脈が十分に伝わらず、意図が曖昧になることがあります。そのため、主語や対象者を省略し過ぎないことや、さらに言えば商品名やサービス名を明確に記載するなどの基本的な情報設計が、これまで以上に重要になります。
前述したように、皮肉や内輪ネタ、自虐的なユーモアについては、翻訳された際に誤解を招く表現になっている可能性があるため、企業アカウントでは慎重な運用が求められます。また、画像だけに重要な情報を書き込むことにも注意が必要です。画像内の文字は翻訳対象にならない場合があるため、投稿文でも必要な情報を補足し、言語を問わず内容が伝わるよう工夫することが重要だとしています。
加えて、海外からの反応を受け止めるための「受け皿」の整備も欠かせません。翻訳機能によって海外ユーザーから問い合わせや反応が寄せられることを想定し、多言語FAQの整備やブランドの背景を説明するページの用意、問い合わせ窓口の整備なども重要な取り組みになると考えられます。

「翻訳されるSNS」の時代において、SNS担当者に求められる役割も変わりつつあります。松村氏は、これからの担当者には次のようなリテラシーが必要になると整理しています。
• アルゴリズムへの理解
• 文化翻訳力
• 異文化理解力
• 想像力と対話姿勢
自動翻訳とレコメンド機能が組み合わさることで、投稿は単に翻訳されるだけでなく、海外ユーザーの関心やアルゴリズムによって、表示されるかどうかも左右されます。そのため、どのような情報が価値ある投稿として評価されるのかを理解する視点が必要になります。
一方で、それ以上に重要なのが「文化翻訳力」です。企業やコミュニティーには、その場にいる人だけが共有している文脈や空気感があります。その背景を、初めて接する人にも理解できるように伝えることが、これからのSNS担当者には求められるようになります。
さらに、異文化への理解や想像力も欠かせません。全ての文化や価値観を理解することは現実的ではありませんが、「どのような表現が誤解を生みやすいのか」を想像する感度を持つことは重要です。
そして最後に松村氏は、海外の人とのコミュニケーションそのものを楽しめる姿勢が大切だと語っています。リスク管理だけではなく、「どうしたら興味を持ってもらえるだろう」「どうしたら楽しんでもらえるだろう」と考えながら対話を重ねる姿勢こそが、「翻訳されるSNS」時代のコミュニケーションの本質なのかもしれません。
Grokによる自動翻訳機能の普及は、単なる翻訳精度の向上にとどまりません。日本語と海外コミュニティーの間にあった言語の壁をなくし、情報だけでなく、文化や生活そのものがリアルタイムで共有される環境を生み出し始めています。
企業にとっても、日本国内だけを想定していたSNS投稿が海外へ届き、思わぬ反響や新たな接点を生み出す可能性があります。一方で、その変化に対応するためには、「翻訳されること」を前提とした情報設計や、自社らしさを保ちながら異文化にも伝わるコミュニケーション設計が求められます。
SNSは、情報発信の場から文化交流の場になるという変化を理解し、自社らしいコミュニケーションへとつなげていくことが、これからの企業広報にとって重要なテーマとなるでしょう。
生成AIの進化により、企業の情報発信は「日本国内だけに向けたコミュニケーション」から、「世界中に届く可能性を前提としたコミュニケーション」へと変化しつつあります。こうした環境では、SNS運用だけでなく、企業ブランドやメッセージ設計、情報発信全体を見据えたコミュニケーション戦略が重要になります。
電通PRコンサルティングでは、SNSを含む企業コミュニケーション戦略の立案から情報発信設計まで、企業の課題に応じたご支援を行っています。コミュニケーション設計やSNS運用についてご関心がありましたら、ぜひお気軽にご相談ください。また、関連するサービス資料もご用意しておりますので、併せてご活用ください。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
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