当社が携わった事例の裏側を紹介する新シリーズ「あれの舞台裏」。初回は、本田技研工業株式会社(以下、Honda)が手掛けたスパイスカレー専門店「プレリュー堂」です。
2025年12月、渋谷に一風変わった店が期間限定でオープンしました。それが、Hondaが新型PRELUDE(プレリュード)の“走りの気持ちよさ”をカレーの味で伝えるためにつくった、スパイスカレー専門店「プレリュー堂」。4日間の開催期間中に1,000人以上が来場し、その後、レトルトカレー「プレリュー堂 スパイスポークカレー」の発売が実現しました。
背景にあったのは、「若い世代に、クルマの走りの魅力をどう伝えるか」というコミュニケーション課題でした。なぜ「試乗」ではなく「試食」という発想にたどり着き、イベントから商品化へと発展したのか。プロジェクトに携わった5人へのインタビューから、その舞台裏に迫ります。
【プロフィール】
本田技研工業株式会社
広報部 商品広報課 PRELUDE広報担当 宮本慶浩
株式会社本田技術研究所 四輪研究開発センター PRELUDEパワーユニット開発責任者 齋藤吉晴
株式会社電通PRコンサルティング
統合コミュニケーション局 コミュニケーションデザイン部
シニアPRプランナー/コピーライター 西脇和穂
シニアPRプランナー/ソーシャルハンター 鶴岡大和
スパイス料理研究家 一条もんこ
-まずは、Hondaの宮本さんにお伺いします。新型PRELUDEの発売に当たり、どのようなコミュニケーション課題があり、電通PRコンサルティング(以下、電通PRC)には何を期待されていたのでしょうか。
宮本:
2025年9月に、PRELUDEの新型モデルが24年ぶりに発売されました。24年ぶりですから、若い方々の多くは、PRELUDEをリアルタイムでは知らないわけです。そうした方々にPRELUDEの魅力をどのように伝えるべきか、すごく悩んだところでした。従来の自動車プロモーションにとらわれず、若い方がPRELUDEに興味を持つ新しい入り口を考えてほしいと依頼しました。

本田技研工業株式会社 広報部 商品広報課 PRELUDE広報担当 宮本慶浩氏
-その相談から、どのようにスパイスカレー専門店「プレリュー堂」が生まれたのでしょうか。
鶴岡:
まず、20代の方々に、クルマに対してどのようなイメージを持っているかをヒアリングしました。そこで見えてきたのは、「クルマで走ることは気持ちいい」といった情緒的な価値を感じるよりも、「移動するための手段」という機能的な捉え方が強いということです。
若い世代とクルマとの接点が少なくなる中で、PRELUDEの走りの魅力をストレートに伝えるだけでは、興味を持ってもらえる層が限られてしまう。そこで、まずは別の形でPRELUDEに興味を持ってもらう入り口を作ろうと考えました。
宮本:
一般的な試乗イベントでは、一度に体験できる人数に限りがあります。そこで、クルマに乗らずに、より多くの方にPRELUDEを感じてもらう方法を模索していました。
6代目PRELUDEは、制御技術「Honda S+ Shift(エスプラスシフト)」をHonda車として初めて採用しています。3つのドライブモード(SPORT・GT・COMFORT)に、それぞれ「Honda S+ Shift」を組み合わせることで、1台で6つの異なる走りを楽しめることが特長です。
この「6つの走り」を起点に、面白いことができないかなと考えていました。

6種類の走りを楽しめる制御技術「Honda S+ Shift」
鶴岡:
私たちが着目したのが、6種類の走りです。走りの違いを、クルマに乗らなくても体感できる別の感覚に置き換えられないかと考え、6種類の走りを「スパイスカレー」で表現することを提案しました。PRELUDEの開発コンセプトにも「スパイス」という言葉が使われていましたし、カレーは年代を問わず親しまれている食べ物です。
宮本:
Hondaの全ての事業所では、金曜日の社食にカレーうどんが提供される文化があります。そこで私は、「うちにはカレーうどんが6種類あるから、それで行きましょう」と強く推したんです。
でも電通PRCさんが「カレーうどんじゃなくて、絶対に本気の“スパイスカレー”じゃなきゃダメです!」って(笑)。電通PRCさんが絶対にぶれなかったのが、結果的に良かったと思います。
鶴岡:
カレーであれば何でもよかったわけではありません。6つの走りの違いを、辛さや香り、痺れといった複数の感覚に変換するには、味を細かく設計できるスパイスカレーである必要がありました。話題性だけでなく、特長を体験としてきちんと伝えられることにこだわりました。

電通PRコンサルティング 統合コミュニケーション局 コミュニケーションデザイン部 シニアPRプランナー/ソーシャルハンター 鶴岡大和
-企画の名称は、どのように決まったのでしょうか。
西脇:
せっかくカレーをつくるなら、単なる試食会ではなく、本当に一軒のカレー店ができたように見せたいと考えました。そこで、PRELUDEと、食堂や専門店を思わせる「堂」を掛け合わせて、「プレリュー堂」と名付けました。名前だけでも「Hondaが何を始めたんだろう」と、思わず気になってもらえることを意識しました。
-6つの走りをスパイスの味へと変換するに当たり、スパイス料理研究家の一条もんこさんに協力を依頼していますが、なぜ、一条さんだったのでしょうか。
西脇:
もんこさんは、スパイス研究家でこれまで200種類以上のカレー開発に携わり、スパイスを通じてさまざまな世界観や感覚を表現されてきた方です。今回の難しいミッションをお願いできるのは、もんこさんしかいないと考え、打診しました。
-走りの気持ちよさをカレーで表現するという依頼を受けたとき、率直にどう思われましたか。
一条:
「これは今までにないカレーになるかもしれない。エンタメとしても盛り上がるんじゃないか」という、ワクワク感がありました。クルマとカレーという、全然違うものを合わせるという依頼が来たこともなければ、自分の発想にもありませんでした。

左)電通PRコンサルティング 統合コミュニケーション局 コミュニケーションデザイン部 シニアPRプランナー/コピーライター 西脇和穂
右)スパイス料理研究家 一条もんこ氏
-新型PRELUDEの走りの味をどのようにカレーに落とし込んでいったのでしょうか。
齋藤:
まず、もんこさんに栃木県にある「モビリティリゾートもてぎ」で新型PRELUDEに実際に試乗していただきました。私は6つの走りの説明はしましたが、誘導は一切せず、もんこさんが運転の中で感じたものを、スパイスの味へと変換してもらうことにしました。

株式会社本田技術研究所 四輪研究開発センター PRELUDEパワーユニット開発責任者 齋藤吉晴氏
一条:
速度感やシートに座った感触が、スパイスの辛さや香りと結びつく瞬間がありました。ドライブモードを切り替えることで乗り心地が本当に変わると体感できたからこそ、それぞれの走りを具体的なスパイスへ落とし込めたのだと思います。
例えば、SPORTモードのHonda S+ Shiftオンで坂道のカーブを走った際、加速やカーブによる刺激が段階的に体へ伝わってきたので、「これは普通の辛さじゃなくて痺れるぞ」と。そこで四川花椒(ホアジャオ)とチリペッパーを組み合わせ、「SPORT × Honda S+ Shift」を象徴するスパイスとして表現しました。
-意外性のある企画だからこそ、単なる話題づくりで終わらせないことも重要だったと思います。どのような点を意識しましたか。
西脇:
「なぜHondaがカレーをやるのか」が伝わらなければ、単なる話題づくりで終わってしまいます。そこで、試乗からスパイスを選び、味をつくり上げるまでの開発プロセスをメイキング動画で公開しました。意外性だけでなく、企画の必然性やHondaさんのものづくりへの姿勢まで理解してもらうことを狙いました。
-「プレリュー堂」のお客様の体験で注力されたことはありますか。
鶴岡:
カレーを食べる時間そのものを「試乗体験」にするため、細部まで演出をこだわりました。例えば、ランチョンマットは運転席から見える景色をイメージしたデザインに。紙エプロンにはシートベルトを締めているように見えるグラフィックを施し、試乗気分を楽しんでもらうと同時に、思わず写真を撮り、SNSで発信したくなる仕掛けを設計しました。
宮本:
お客様がカレーを食べ終わると、スタッフが「ご試乗お疲れさまでした!」と声をかけるなど、試乗イベントらしい演出にもこだわりました。

-スパイスカレー専門店「プレリュー堂」イベントの反響はいかがでしたか。
一条:
これまで200種類以上のレトルトカレー開発に携わってきましたが、これほど大きな反響をいただいたのは初めてです。
鶴岡:
SNSでは、「Hondaは遊び心がある」「面白いことをやっているな」「PRELUDEのカレーを食べてみたい」といったポジティブな声が数多く寄せられました。印象的だったのは、実際に来場した方々が、体験の様子を自発的にSNSで発信してくださったことです。こちらから発信するだけでなく、体験した方を通じて企画が広がっていく。そこにPRとしての手応えを感じました。
宮本:
「プレリュー堂」のニュースリリースを発表した際は、社内からも驚きの声が上がりました。ただ、実際にカレーを食べてもらうと、「PRELUDEの走りの味を表現していることがよく分かる」「とにかくおいしい」といったポジティブなコメントが数多く寄せられました。
イベントには当社の三部(敏宏)社長も来場しています。「なるほどね!」と走りの味に舌鼓をいただきました。そのおかげもあり社内では、名前より先に「カレーの人」と呼ばれることもあります(笑)。

-イベントでは、お客様からどんなリアクションがありましたか。
一条:
若いカップルのお客様も多く、スパイスとドライブモードの関係を確かめながら楽しんでくださっていました。
西脇:
自動車関連メディアだけでは、普段からクルマに関心がある層への情報発信に偏りがちです。今回は「食」という文脈を設計したことで、食やライフスタイルなど、これまでHondaさんとの接点が少なかったメディアにも取材していただくことができました。
-「プレリュー堂」イベントが新型PRELUDEにもたらしたものは何でしょうか。
鶴岡:
来場者へのアンケートでは、「PRELUDEに興味を持った」「クルマの走りや乗った感じに関心を持った」という回答が約90%に上りました。
宮本:
スパイスごとの走りの味をご説明した上でカレーを食べていただき、最後に「どうでしたか?」と聞くと、「違いがすごく分かって面白かった」「実際にPRELUDEに乗りたくなった」「クルマに乗っている感じがした」という声がありました。PRELUDEへの興味だけでなく、クルマの走りそのものへの関心を高められたことが、大きな成果だったと思います。
PRELUDEのニュースリリースでは、「Honda S+ Shift」の技術を「五感を刺激する」と表現しています。クルマに乗って直接感じられるのは、主に視覚、聴覚、触覚ですが、今回はカレーによって味覚と嗅覚も加わりました。クルマに乗って、カレーを食べて、初めて五感でPRELUDEを感じられる。最高の体験になったと思っています(笑)。

6種類のスパイスを食べ比べて、乗ってみたくなったドライブモードに投票
-イベント後、「プレリュー堂」はレトルトカレーとして商品化されました。どのような経緯で商品化が決まったのでしょうか。
宮本:
イベントには1,000人以上の方が来場し、SNSでも「食べてみたい」「イベントに行けなかったので商品化してほしい」といった声が寄せられました。社内でも想像以上に反響が大きく、この体験をイベントに来られなかった方にも届けたいという話が持ち上がったことが、商品化のきっかけでした。
-イベントで提供したカレーをレトルト商品にするに当たり、どのような工夫がありましたか。
一条:
店舗で食べるカレーとレトルトでは、香りの立ち方やスパイスの感じ方が異なります。そのため、「プレリュー堂」らしさを残しながら、レトルトでもおいしく味わえるように調整を重ねました。ベースカレーとそれに合わせる3種類のスパイスを小袋で付け、PRELUDEの走りの違いを味わえる体験を再現しました。
-商品化によって、どのような広がりが生まれましたか。
西脇:
レトルト商品になったことで、イベントに来られなかった方にも体験を届けられるようになりました。また、メディアの方にも実物をお渡しできるようになり、新たな取材や露出のきっかけも生まれました。イベント時とは異なるメディアやテレビ番組にも取り上げていただき、話題がさらに広がりました。
宮本:
自動車雑誌の「今月の新車ニュース」にカレーが載っているんですよね(笑)。商品化したことで、イベントとはまた違った形で反響が広がっています。「ほかの車種をイメージしたカレーはないのか」と聞かれることもあります。

-ずばり、今回の施策の成功要因は何でしょうか。
宮本:
一番大きかったのは、クルマに関心がある方だけでなく、これまでPRELUDEやクルマとの接点が少なかった方にも、興味を持っていただけたことだと思います。
従来のプロモーションであれば、試乗イベントを実施して終わっていたかもしれません。しかし今回は、カレーを入り口に多くの方に興味を持っていただき、店舗での体験から商品化へと発展し、継続的に話題を生み出すことができました。社内にも想像以上の広がりが生まれ、PRELUDEの新しい伝え方を実現できたと感じています。
一条:
今回は多くの方の意見を聞きながら、力を合わせてつくり上げました。これだけ多くの人の思いや物語を背負ったカレーだからこそ、もっと広がってほしいと思います。
鶴岡:
PRイベントは一過性になりがちですが、今回はイベントで生まれた反響を商品化へとつなげ、“点”だった施策を継続的なコミュニケーションへと発展させることができました。
今回改めて感じたのは、PRは「仲間づくり」だということです。Hondaさん、もんこさんに加え、来場者やメディア、SNSで発信してくださった方々が、それぞれの視点から「プレリュー堂」の価値を広げてくれました。多様な仲間とともに、これまでクルマとの接点が少なかった方にもPRELUDEの魅力を届ける、PRらしいプロジェクトになったと思います。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
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