2022年に世界で起きた混乱は、まさに「不確実性」が具体的な姿を現したものといえるでしょう。その混乱は間違いなく日本にも影響を及ぼし、生活者一人一人の価値観を変え続けています。では、その価値観の転換は、大きな混乱を経て迎える2023年、あるいはその“少し先”の未来においてどのように社会にフィードバックされるのでしょうか。このレポートでは6人の識者にお話を伺い、2023年に企業が取り組むべきコミュニケーション課題とそのソリューションを見いだす糸口を、五つのテーマの下にひもときます。

 

これからの[消費行動]

「並ぶ関係」がファンをつくる。新しい“対話” のはじまり

人びとの消費の仕方は、世の中の動きと密接に連動しています。Z世代、さらにその下のアルファ世代はいま何を考え、どのような消費をしているのか。流行の最先端を担ってきたSHIBUYA109で若者の消費動向を追う長田麻衣さんと、青山学院大学教授で新たな消費スタイルを研究してきた久保田進彦先生との対話を通し、企業が今後取るべき消費者への本質的な態度とは何かを議論します。

長田麻衣(おさだ まい)
SHIBUYA109エンタテイメント、SHIBUYA109 lab.所長。総合マーケティング会社にて、主に化粧品・食品・玩具メーカーの商品開発・ブランディング・ターゲット設定のための調査やPR サポートを経て、2017年に株式会社SHIBUYA109 エンタテイメントに入社。SHIBUYA109 マーケティング担当としてマーケティング部の立ち上げを行い、2018年5月に若者研究機関「SHIBUYA109 lab.」を設立。

 

久保田進彦(くぼた ゆきひこ)
青山学院大学 経営学部長 経営学研究科長 経営学部マーケティング学科 教授。1988年 明治学院大学経済学部卒業後、サンリオ勤務を経て、1996年 早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了、2001年 早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得、博士(商学・早稲田大学)、専門はマーケティング。

 

2022年の消費行動の傾向

──まずは、2022年を振り返り、生活者の消費行動にはどのような変化や特徴があったと思いますか。

長田 11月に発表させていただいた「SHIBUYA109 lab.トレンド大賞2022」の傾向では、外出規制が緩和する中で「外に向けた消費」が戻ってきていることが分かりました。ファッション部門ではスマホショルダーが人気となり、体験部門でも花火大会や納涼祭などがランクインするなど、いままで中止されて我慢していたイベントを昨年は楽しめた人も多いようです。

またそうした「お出かけ消費」のほかに、「自分を知る消費」もここ2年ほどで目立ってきています。例えば、骨格診断やパーソナルカラー診断、性格診断など、自分自身のことを客観的に知って日々の消費に活用するケースです。

──なぜ、自分を知る消費が増えているのでしょうか。

長田 「失敗したくない」という消費マインドを背景に、一つ一つの買い物の精度を高めていく動きといえるでしょう。

またコロナ禍により日常のコミュニティーが、「浅く広く」から、「深く狭く」に変化したことも消費行動に影響を与えているのではないでしょうか。マスのトレンドが無くなり、例えば、ゆるく所属している「K-POP」や「地雷メイク」などを愛好する「界隈(かいわい)」(コミュニティー)の中で、特に人気となった特定のトレンドが他の界隈に伝搬していくといった流行のつくられ方が2022年の特徴でした。

トレンドをひとくくりで捉えることがより難しくなり、流行とは、まずは複数存在する「ゆるいコミュニティー」の中で愛されるものになったということだと思います。

──なるほど。久保田先生は、2022年の消費行動をどのように見ていますか。

久保田 コロナはある程度落ち着いてきましたが、結局のところ、遠くに旅行する人は少数派だったと思います。その意味で「枠の中での消費」が顕著だったと考えています。この場合の「枠」とは、物理的な意味だけでなく、抽象的な意味においても存在する行動制限の意味です。

東京なら東京の中で、それぞれが自分の生活する範囲で消費をしていた印象です。4〜5年前まではグローバル化やノマドブーム(2010年以降に注目された、時間や場所に縛られない働き方)の影響で海外に渡航し、場所を次々に変えて働いたり、あるいは消費することがトレンドでしたが、それが一変したことは言うまでもありません。ある意味で、皆さん淡々と日常生活を過ごされていたのかもしれません。

──「枠の中の消費」で、一人一人の生活者は満足しているのでしょうか。

長田 実は、さほど大きなストレスを感じてはいないのではないか、というのが私の意見です。「SHIBUYA109」という限られた空間ではありますが、見ている限り、消費が戻っている実感はあります。若い世代と話す中でも、枠の中でできる消費を活発に行っているなという印象を受けています。

逆説的ではありますが、若い世代はそもそも日本に勢いがあった頃を知らないので、景気がとりわけ悪化したと感じてはいないのかもしれません。一昔前に見られたような、高級ホテルのバーやクラブのような派手な所でお金をかけて遊ぶよりも、少しレベルを下げたクラブのような居酒屋や、おしゃれなカフェで消費を楽しんでいますね。

ロシアのウクライナ侵攻などによる物価高の影響は確かにありますが、状況に順応していけるスキルがあるからこそ困っていないとも言えそうです。悲壮感はほとんどないというのが、良くも悪くも実際のところではないでしょうか。

久保田 パンデミックの初期は制約の中で仕方なく行動していたものの、実際に生活する中で「意外と何とかなっている」という実感を得ているのは、より上の世代にも当てはまります。「こうしたいと思う態度」があって行動するのではなく、制限されている中での行動があって「何とかなったという態度」が生まれている流れなのかとも思います。

長田 緊急事態宣言中の制限が厳しかった頃によく見られましたが、家から出られずカフェに行けないなら「おうちカフェ」をやってみよう、などといった消費者の発想の転換は、意外にも早かったですよね。

 

炎上を恐れる若者

──環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんの例を筆頭に、海外では、社会性の高い若者の消費行動が、企業の対応を迫る傾向が強まっているとも伝えられています。日本でも同じようなことが起きると思いますか。

長田 日本の高校生や大学生といった若者の社会課題に対する意識は、より上の世代と比較すると高いという調査は、確かに出ています。私も周囲のこの年代の若者と話す中でも、自分たちの次の世代のために何かをしなきゃいけないといった言葉も出てくるほどで、温暖化などの問題はより身近なものになってきていると感じます。

一方で、日本にはグレタさんのような「インフルエンサー」は現れていません。むしろ、社会課題に関心があったとしても、自分を主語にした形での目立った発言を避ける傾向があるようです。何か間違った時に指摘されてしまうのではないか、炎上してしまうのではないか、そういった恐れを抱いているからです。

つまり、失敗も怖いし、周りの調和も乱したくない、という心理が若い世代には一定数あるのだと思いますね。

久保田 日本では、若い世代がデモや反対運動を主導している姿はあまり見かけませんね。若者たちがなるべく波風を立てたくないと思っている、という長田さんのご指摘は、世代を問わず日本人の気質を表している気がします。

日本人は、環境に関して、自分たちの身の回りを変えるよりも、自分自身を身の回りに合わせることが得意だと思います。企業に対する振る舞いも同様なのではないでしょうか。

同時に、海外企業が若い世代の声を経営に取り入れていると盛んに報道されますが、それが実態かどうかという点においては疑いの目を持つ必要もあると思います。なぜなら、海外の実情は成功事例ばかりが伝えられるからです。

私の専門分野としているマーケティング・ブランディング領域でも、米国の企業の巧みな戦略が伝えられますが、それはナイキやアップルといったスーパースターの事例だけに目がいっている可能性があります。全ての海外企業が、日本企業より優れているわけではないですよね。

 

企業に求められるのは、代弁者

──では、企業がいま、消費者から求められている役割とは何でしょうか。

長田 企業は、消費者の「代弁者」になることが重要だと思います。SDGsや社会課題に対して、主語を自分にして語ることは避けられる傾向にある、と先ほど言いましたが、共感することに対しては拡散したい、というマインドは持っているんです。

つまり、間接的に自分の意思を表明してくれるリーダーとして、企業に代弁者としての役割を担うことが求められているのではないでしょうか。若い世代が言いたいけどなかなか言いにくいことを企業が代わりに伝え、若者はそれに対していいねやリツイートによって自分の意思として社会に伝えることができます。

そう考えれば、企業は広く受け入れられるような発信をするのではなく、まずは狭いコミュニティーに対して自らの社会課題に対する意思を表明し、それが他の界隈に伝搬するような仕組みをつくっていけると、いまの消費マインドとみんなの意識にマッチしてアプローチできるのではないかと思いますね。

久保田 うまく共感を生むということですね。企業は消費者の声にしっかりと反応ができているか、という点も重要です。ネットでもお客様の声を書くコーナーが無かったりして、初めからお客様とのインタラクションを拒絶している企業も多い印象です。確かに、顧客対応にリソースを割き過ぎることも問題ですが、面倒がっていては有用なアイデアの原石を見逃してしまうことになりかねません。

長田 企業のソーシャルメディアのチャンネルでのコミュニケーション方法にも気をつけたいです。例えば、せっかくアカウントをつくったのに新商品の告知をするだけだったり、ユーザーの声に対しても「ありがとうございます」だけ。これでは、良質な双方向の関係は築けませんよね。

画面の向こうには生身の一人の消費者が存在しているわけですから、ソーシャルメディアだからと軽視せず、しっかりとコミュニケーションを行う必要があるでしょう。

久保田 実は、アプローチをする企業側の担当者の「属性」も重要です。ある特定のコミュニティーで話が合うのは、メンバー同士が同じ価値観を持ち、同じようなものが好きだったりするからですよね。音楽好き同士が話すから、あるいはさらに細かな価値観として、例えばベーシスト同士が話すからこそ、楽しいのです。しかし、そこに企業が外からやってきて、商売っ気たっぷりにコミュニケーションをされても、なかなか仲間には入れてもらえないでしょう。

その意味では、企業のソーシャルメディアの担当者や、ユーザーと接点を持つ人は、自社商品のマニアであったり、その界隈の中身を愛している熱量の高い人であることがベストですよね。ファンは、向き合う相手に対して、自分たちと同じ熱量のリスペクトがあるかどうかを敏感に見抜きますから。

 

ロイヤルティーと愛着は異なる

──近年、「リキッド消費(短期サイクルかつ所有を前提としない消費行動)」が注目されています。消費が短命化する中で、ブランドに対する愛着はどんどん薄くなっていくのでしょうか。

久保田 リキッド消費では、買い替えスピードが早まることで、ブランドに対する「ロイヤルティー」が下がるといわれています。しかし、だからといってブランドに対する愛着が低くなるかといえばそうとも限りません。

おいしいから買う、便利だから買うという振る舞いはロイヤルティーの観点で説明されますが、一方の「愛着」は異なる話で、〈味はともかく昔からなじみがあるから何となく好き〉などといった品質や機能などを超越した感情です。ロイヤルティーと愛着を分けて考えた方がいいと思います。

こうしたパラドキシカル(逆説的)な現象は、人間関係でも起きています。いろいろな人とオンライン経由で話すようになり、リアルな友達付き合いは希薄になったかもしれません。しかし、その結果、昔からの親友や家族の大切さが改めて分かった、というケースもあると思います。世の中の動きが速くなることで、人付き合いが希薄になったように思えますが、本当に大切な人との絆はむしろ強まったかもしれません。

長田 愛着を持つかどうか、そのメリハリはより強くなっている印象がありますね。タイパ(タイムパフォーマンス)やコスパ(コストパフォーマンス)に関する調査を以前行ったことがありますが、すべてをコストカットしたいわけではなく、大切なお金や時間を捻出するために不必要なものをカットしたいということなんですね。

トレンドも短命化していますが、その中でも「オタ活」(趣味の分野を深く掘り下げて活動すること。「オタク活動」の略)や自分が価値を感じるものに関しては、びっくりするくらいお金を掛けていたり、好きな映像作品なら飛ばさずに何度も鑑賞するわけです。

購買行動が日々変化する中で、企業はあの手この手でデジタルとリアルを融合させて消費者との接点を設計しアプローチしていかなくてはいけません。機能性だけでは愛着にはつながらなくて、情緒的な価値も一緒に提供していく必要があります。私もまだ答えが分かりませんが、日々探りながら商品企画をしているところです。

 

「並ぶ関係」が愛される商品のカギ

久保田 私は研究の中でよく、「並ぶ関係」という概念を使うことがあります。これは心理学者のやまだようこ先生が30年以上前に提示された概念です。やまだ先生が大学生に対して幼い頃の母親との関係を絵に描いてもらい、集めた数百枚の絵を分析したところ、“幸せ”の構図はたいがい同じで、「私」と「お母さん」が横に並んでいたのだといいます。一緒になって寝ているとか、手をつないで歩いているとか、キッチンで並んでお料理をしているといったものが多く、不思議なことに、幸せを描いた絵の中に、 “向かい合っている” 構図はほとんどなかったそうです。

大人でも向かい合っているときは、けんかをしたり、別れ話をしているときですよね。そして、これは企業と消費者との関係でも言えるのではないかと思っています。つまり、「あなたは何が欲しいですか?」と “対話”している時点で、実は “並ぶ関係” になっていないわけです。

長田 分かる気がします。好きなブランドから出るものは、「そうそう、これが欲しかった!」と自分を理解してくれている感覚になりますね。

久保田 そうなんです。ありふれた例になってしまいますけど、アップルはそういった振る舞いがすごく上手ですね。欲しいと言われなくても、欲しいものを出してくる。よいものをつくることと、愛されるものをつくることは違うと思います。前者はリサーチ重視でいいのですが、後者では並ぶ関係をつくる努力をして、共感を生み出すことが必要なのではないでしょうか。

並ぶ関係をつくるには、相手と同じ場所に立つことが必要です。映画会社の人が映画好きであるように、例えば掃除機を製造する企業の社長さんも、掃除好きであってほしいですね。

長田 インフルエンサーも同じ構造ですよね。いまは憧れの存在というよりは、友達みたいな関係のインフルエンサーの方が人気の傾向にあります。自分たちと同じ言語や目線で語ってくれる人を代弁者と見ているのかもしれませんね。

企業も同じように、いかに消費者と向き合いつつ、横に並んで考えられるかが、今後はより重要になってくるのではないでしょうか。

──ありがとうございました。
(以上)

 


 

■編集後記

若者世代とのコミュニケーションは企業にとって大きな課題の一つであり、PR・マーケティング担当者の共通テーマとなっています。
今回のインタビューでは「並ぶ関係」「代弁者」という言葉がお二人から何度も出たことが印象的でした。
企業と消費者の関係性はもはや単なるモノとカネの交換だけではなく、消費者が何を代弁して欲しいのか、自分たちが何を代弁してあげられるのかを考え、実現までを一緒に取り組んでいく関係性となりつつあるのではないでしょうか。こうした企業と消費者で新たな価値を共感し、共創していく並ぶ関係がこれからの消費行動のトレンドの一つと言えそうです。
企業においては、若者の多様化する思いや関心が高い社会的なテーマと、自社ができることを棚卸ししながら、どのように並ぶ関係になれるかを考える、このようなPR視点を持ったアプローチが一般的になる時代になりつつあるのでないでしょうか。
社会課題への関心が高く、しかし批判を避けたい若者世代は、自分たちの思いを代弁してくれる誰かが現れるのを待っているのかもしれません。

 

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監修・協力

年吉 聡太
SOTA TOSHIYOSHI

編集者。『暮しの手帖』などのライフスタイル情報誌の雑誌編集に携わったのち、
『ライフハッカー[日本版]』をはじめとするデジタルメディアの編集長を経験。
2014年コンデナスト・ジャパンに入社し『WIRED』日本版副編集長を務める(〜17年)。
2020年から、米ビジネスメディア『Quartz』の日本版創刊に参画し、日本版編集長を務めた。
2022年10月よりフリーの編集・ライターとして活動。

 

電通PRコンサルティング トレンドレポート2023 編集部
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