はじめに

トレンドを理解し、PRやマーケティングに活用するためには、そのトレンドがどういうステージにあるのかを知る必要があります。加速期にあるのか、定着したのか、かつてのトレンドへの回帰なのか、それとも、終わりを迎える消滅段階にあるのか。7つのテーマについて各界のオピニオンリーダーに取材し、様々なトレンドをこの4段階に分類しつつ、直面しうるコミュニケーション課題を考えます。

「食」篇

トレンドレポート第1弾のテーマは、生きる上で欠かすことができない『食』です。昨年に引き続き、食に関わるあらゆるジャンルに精通する食業界のコンサルティングファーム 株式会社ひめこカンパニーで代表を務める山下智子さんにお話を伺いました。

2年以上にわたるコロナ禍と度重なる緊急事態宣言で、私たちは外食する機会が劇的に減りました。家にこもる時間が長くなることで、自分に最適化された食の追求が進みました。その中で起きてきた加速・定着・回帰・消滅を具体的にみた上で、今後への提言をまとめています。

 

1:<加速>完全栄養食も自分最適化、定番✖︎アレンジのFun Foods

#完全栄養食も自分最適化される時代へ
もともと日本人は「これひとつで1日に必要な栄養素が・・・」といった完全栄養食を好む傾向が強いところがありますが、2021年は完全栄養おやつを謳うクッキーやチョコレート、カップケーキなどが次々に登場しました。背景には、自宅時間が増えたことによる運動不足からくる肥満への不安、おやつを食べる機会の増加といったことが考えられます。
一方、ダイエットなどヘルスケア市場では、自分に最適なものを求めるパーソナライズ志向が強まっています。完全栄養食も、これからは画一化されたものではなく、自分最適化された完全栄養食のニーズが伸びてくる可能性があります。

#安定の定番商品、だけでは足りないFun Foods
不況や先行き不安な社会状況になると、消費者は失敗したくないという気持ちになり、食市場は必ず保守的になります。そこで売れるのが「定番商品」です。コロナ禍で見られた新しい兆しが、こうした定番商品を企業自らが「超越アレンジ」して提案する動きでした。
「どん兵衛」のつゆと「綾鷹」で炊き込みご飯をつくる、ケンタッキー・フライド・チキンの骨で鶏がらスープを取る、ミシュランシェフが考案した「雪見だいふく」を使った「#禁断の雪見トースト」など、これまで考えられなかったようなアレンジを企業が提案し、SNSなどで話題になっています。
汎用性をアピールすることは、食品会社にとっては常套手段ですが、定番商品でも古さを感じさせないような斬新なアレンジで消費者の気持ちを楽しくしたり、ワクワクさせたりする。これらは、昨年から続いている「Fun Foods」の流れを汲んだものといえるでしょう。

#食が心身に与える影響に注目、ヴィーガン、ヴェジタリアン、サウナ飯
自分に向き合う時間が増えたことで、食を選ぶ意識にも「食が心身に与える影響を考える」という変化が生まれました。動物愛護、また環境問題やSDGsの観点から、人と地球にやさしいとされるヴィーガン食やヴェジタリアン食を選ぶ人も増えてきています。これも食を選ぶという行為が、自分の生き方や哲学にもつながることが意識されてきた、ひとつの現象だといえます。
自粛生活が続くなか、幅広い世代で第三次サウナブームが起きていますが、サウナでカラダを整えて食事を楽しむ「サウナ飯」もそのひとつだといえるでしょう。

#家事を外部化する「家事ファスティング」で自分を自由に
コロナ禍で、テイクアウトやデリバリー、ミールキットの活用が増え、家事代行サービスの需要も高まっているといいます。私は、家事、特に料理を労働にしてはいけないと思っているので、心身に負担をかけてしまうような家事をやめ、外部化する「家事ファスティング」はとてもいいトレンドだと思っています。
特に若い人ほど、家事をしっかりやるべきだという考えを持っている人が多いので、「家事ファスティング」の流れがさらに定着すればいいと考えています。

 

2:<定着>自分を大切にするヘルシー料理と家事ファスティング

#漢方薬膳、複合的魅力で定着
すでに定着していると言えるのは、食における普遍的なトレンド「ヘルシー志向」です。その中でもコロナ禍でひときわ脚光を浴びたのが漢方。スパイスやハーブをリッチに使った「薬膳」が人気です。日本では長年スイーツを中心に台湾グルメブームが続いていますが、漢方・薬膳が根付いている台湾では、当初コロナを抑え込むことに成功していたことから注目されました。
また、薬膳の生薬は、その人の体調に合わせて用います。その考え方がまさに自分最適化をイメージさせることも、ブームを下支えしているのではないでしょうか。
様々な要素が融合したハイブリッドなヘルシートレンドは、一過性のブームに留まることなく、残り続ける傾向があります。自分最適化志向が高まるなか、ヘルシー、台湾ブーム、漢方といった、複合的要素を持つ薬膳は、定着していくと考えています。

#食の二極化は定着し、より一層進む
昨年のトレンドレポートでも予測した食市場における二極化は、より一層進むとみています。日本の平均賃金はここ30年間横ばいであるのに対し、食品の原材料価格が世界的に高騰し、食費の負担が大きくなっています。経済的事情による二極化はますます進むといえるでしょう。そういった背景もあり、食にこだわる人とそうでない人の二極化、また今日はおしゃれなレストラン、明日は胃袋に入ればなんでもいいといった、個人の日常生活における食の選択の二極化も進むと思われます。

 

3:<回帰>食を通じたコミュニケーションという本質的な価値への気づき

#会えなかった時間が人との繋がりという食の価値を高めた
昨年のトレンドレポートでも、コロナ禍を経て食にマインドフルネスを求めるニーズは高くなるだろうとお伝えしましたが、コロナ禍が長引いたことで、人と人をつなげる媒介としての食の価値への気づきはさらに高まったと思います。これは食を通じたコミュニケーションへの回帰であり、不変的で本質的な価値への気づきと言えます。

#個人も企業も食に愛情や楽しみを求める
度重なる緊急事態宣言で、毎日大変な思いをして食事を用意するパートナーを目の当たりにして、愛情や感謝も増したでしょうし、思うように人に会えないことから、大切な人に気持ちを伝えるためにお菓子や飲料といったカジュアルギフトの需要が伸びたことも、食を通じたコミュニケーションへの回帰の一つだといえます。企業側も食を通じて明るい気持ちになってほしいと、定番商品のパッケージにあみだくじをつけるといった「楽しませる食」の流れも出てきています。<加速>でも指摘した「Fun Foods」の一つでもあります。

 

4:<消滅>消えるオンライン飲み会、付け焼き刃サービスは定着せず

#付け焼き刃のデリバリーは消滅、オンライン飲み会も定着は見込めない
食を通じたコミュニケーションという本質的な価値への気づきによって、緊急事態宣言の解除と共に、一時的に流行ったオンライン飲み会は減っています。これは定着するとは言えないでしょう。
また、店舗側もコロナ禍での営業自粛要請で、付け焼き刃的にデリバリー対応を始める飲食店もたくさんありました。しかし、デリバリーは包材代や配達手数料もかかるほか、見せ方・つくり方も外食と違いがあり、中食のノウハウが必要です。中途半端な対応を続けていては継続が難しくなるかもしれません。

#手料理へのチャレンジ疲れ
イエナカ生活が続くなか、料理に関心を持つ人が増えました。昨年のトレンドレポートでは「時代が不安定になると、ぬか漬けが流行る」とお伝えしましたが、コロナ禍が長く続いたことで、一日中家事が付きまとう生活になり、凝った手料理にチャレンジしたり、手間暇をかけたりすることに疲れがでてきているのも事実です。
AIを使って献立を自動提案するアプリやサイトもありますが、ユーザー側からみると「これを作りなさい」と強制されているようにも感じ、重たい気持ちにさせているかもしれません。気を付ける必要があるかと思います。

#「コンビニごはんは不健康」といった既成概念は過去のものに
コンビニ食というと「カラダに悪い」と思う人も多そうですが、その考えは改めなければいけないかもしれません。コンビニのお弁当も惣菜も、ひと昔前と比べて野菜も多く取り入れられ、栄養的にも手作りに劣っているとはいえず、適切に選択する知識があれば、私は3食コンビニでもOKだと考えています。また配送段階から販売までチルド温度帯で管理することができるようになり、添加物の削減にもつながっています。
コンビニに限らず食事調達の選択肢が増えるなか、スマート家事を実現するためにも、機能的な進歩から目を背けず、既成概念にとらわれないことが大切です。

 

5:2022年以降の「食」 ~企業へのメッセージ~

#「人と人の繋がりを生む食」の再発見
コロナによって人と会えない時間、自宅で家族と食事する時間が、人と人の繋がりの媒介としての食の価値の再発見に繋がりました。加速・定着・回帰・消滅という4つのトレンドの背景にある大きなトレンドとして、まずこれを理解する必要があると思います。

#体の健康だけでなく、心の健康に影響する食
一人の時間が増えることで、「自分の内面とつながる食」も再発見されました。ヘルシー志向が体の健康だけでなく、心の健康にも広がっていった。ウェルビーイング、整える、癒しなどのキーワードはここに繋がっています。
食のスタイルが、自分の生き方、哲学にまで繋がっていく。コロナによって自分と向き合う時間が増えたことによる、一つの結果です。

#食は食にとどまらず
例えば、日本の土壌を意味する「日本テロワール」というキーワードがあります。日本の同じ土壌で育った酒、米、野菜などは合うという発想。東京を脱出して、地方での生産に取り組む人たちもいる。それは地域おこしにも繋がりますし、食にとどまらない動きになります。ネット環境の整備やECの発達がそれを後押しします。
他業界から食業界への参入もあります。価値観や哲学にまでつながる食は、これまでの食業界に止まらない広がりを持っています。新しい食業界のトレンドは、そういった食業界以外の参入から生まれ、加速していくかも知れません。

 

【電通PRC 編集部の視点】

長引くコロナ禍が食の持つ本質的な価値である「人と人をつなぐ媒体としての食」「体だけでなく心の健康を養う食」が再発見されたという指摘は、自分自身を振り返って見ても、思い当たることがあります。緊急事態宣言が終わった後に友人と久しぶりに外食したときの喜び、毎日家で食べるからこその新たなこだわりなどです。4つのトレンドには確かに、その2つの再発見が影響しているように思えます。これこそが食の本質的な価値であり、消え去らないものとして、しっかりと認識しておく必要があると感じました。

(監修・協力=ジャーナリスト・古田大輔)

電通PRコンサルティング トレンド予測レポート 編集部
高橋 洋平
YOHEI TAKAHASHI
第2プランニング&コンサルティング局 6部
今井 慎之助
SHINNOSUKE IMAI
情報流通デザイン局 SD5部
佐藤 佑紀
YUKI SATO
第2プランニング&コンサルティング局 4部
鶴岡 大和
YAMATO TSURUOKA
情報流通デザイン局 データソリューション開発部
上運天 ともみ
TOMOMI UEUNTEN
情報流通デザイン局 SD3部