今回は、「カンヌライオンズ2022」PR部門のゴールド受賞キャンペーンを二つ紹介します。

THE LOST CLASS

PR部門のゴールド受賞は6件(延べ7)でした。その中で二つのゴールドを受賞したのが「THE LOST CLASS(失われたクラス)」です。米国からのエントリーで、ブランド(クライアント)はCHANGE THE REF INC.という銃規制を訴える非営利団体、エントリー会社/アイデア・クリエーションはシカゴのレオ・バーネット、PR会社はニューヨークのTusk StrategiesとシカゴのMSLです。


動画提供:Change the Ref

 

画像提供:Change the Ref

「THE LOST CLASS」は、日本人の感覚からするとかなり際どい作品です。
銃撃事件の犠牲になり、2021年に予定していた高校の卒業がかなわなかった生徒は全米で3,044人。緑鮮やかな芝生の上にその人数分の白い椅子を並べた会場に、銃保有を支持する全米ライフル協会(NRA: National Rifle Association)のデービッド・キーン元会長を招待。「ジェームズ・マディソン・アカデミー(実在しない高校。第4代米大統領ジェームズ・マディソンは武器所持の権利を定める憲法修正第2条の起草者)」の卒業式のリハーサルと偽ってスピーチをさせます。銃によって未来を奪われた若者たちに向け、「夢を実現させて」と呼びかける様子を撮影し、その皮肉な動画をソーシャルメディア上で公開しました。なお、同様の動画を、銃保持の権利を支持する活動家、ジョン・ロット氏でも制作しています。

画像提供:Change the Ref

やり方はシリアスなドッキリ。カンヌではCHANGE THE REFの創設者でかつて銃撃の犠牲になった高校生の父親であるマヌエル・オリバー氏による講演もあり、裏話も公表されました。当日カメラやドローンの台数があまりにも多いので、キーン氏らはさすがにいぶかしんだらしく、セキュリティーのためと説明したとか。また、当然本人の了解なく動画を編集、公開したわけで、会場からは「訴訟のリスクはないのか?」という質問も出ました。オリバー氏は、「彼らの弁護士は、『訴訟すればさらに多くの人にこの動画がさらされる』ことを理由にやめるだろう」と語っていました。訴訟されれば受けて立つことも想定して実施したと思われます。PR 部門の審査員が幾つかの作品に対して「Brave(勇敢な)」という表現を使っていましたが、まさに「Brave」の代表格です。オリバー氏のスピーチがうまかったのも印象的で、決して感情的に話さないのに、聞き手の心を揺さぶるものでした。

画像提供:Change the Ref

もちろんこの動画はアーンドメディアでもとても話題になり、拡散したのですが、作品の中心にあるのは動画の持つビジュアルを含めたインパクトの強さ、メッセージ性の高さであることは間違いありません。実際にカンヌの他部門でも受賞したり、カンヌ以外の広告賞も数多く獲得しています。PR部門としてはどうなのかと思うところもありますが、米国における銃規制問題の根深さへの果敢な取り組み、この静かで激しい動画をきっかけに改めてメディアを中心に国民の議論を促したことを勘案すれば、ゴールドにふさわしい作品といえるでしょう。

 

9/12 - THE UNTOLD STORY OF RECONNECTING NEW YORK

二つ目に紹介するのは、「9/12 – THE UNTOLD STORY OF RECONNECTING NEW YORK(9月12日-ニューヨークを再びつないだ、語られなかった物語)」です。ブランドは米国の大手通信会社Verizon(ベライゾン)です。エントリー会社/アイデア・クリエーション、PRもベライゾンです。

本作は、ニューヨークのワールドトレードセンターが同時多発テロによって破壊された2001年9月11日の翌日の話です。その日、14,000人を超えるベライゾンの従業員が動員され、不通となった電話回線を復旧させるための非常に危険な作業に取り組みました。しかし、これらの話はニュースにほとんどならず、ベライゾンの多くの従業員にすら忘れられていました。20年後の2021年9月12日、ベライゾンは当時の従業員をたたえるとともに、現在の従業員に会社への誇りを持ってもらうため、インターナル向けのバーチャルイベントを開催。20年前の9月12日に実際にやり取りされたテキストメッセージを時系列を追って参加者のモバイル端末に送信し、当日の緊迫した状況を追体験できるようにしました。

本作は、20年前の記憶を掘り起こし、最先端の技術を使ってそれを再現し、先達の偉業を追体験することで従業員エンゲージメントを高めることに成功した事例です。さらに社外にも公開され、企業レピュテーションの向上にも貢献しています。インターナルコミュニケーションを行う上で参考となる事例だと思います。例えば、周年事業で社史を作ることがありますが、それだけではなく過去のエポックメイキングな出来事をVRで体験すれば、どんなテキストを読むより会社の歴史を実感できるのではないでしょうか。これだけのコンテンツを用意するのは大変な手間だったと推察しますが、それを超える価値を生んだといえるでしょう。

<ベライゾン公式Youtubeチャネル>
From tragedy arose heroes.
https://www.youtube.com/watch?v=QIyJzQMrzbI

※本稿で使用した画像、動画はChange the Refから使用許諾をいただきました。