今回は、「カンヌライオンズ2022」PR部門のグランプリ受賞キャンペーンを紹介します。

グランプリを受賞したのは、「THE BREAKAWAY: THE FIRST ECYCLING TEAM FOR PRISONERS(以下THE BREAKAWAY)」(※ブレークアウェイ:囚人のための最初のeサイクリングチーム)です。BREAKAWAYには脱走という意味がありますが、もちろん本当に脱走したわけではなく、バーチャルの世界で刑務所の外へ出たことを指しています。本作はベルギーからのエントリーで、ブランド(クライアント)はDECATHLON(デカトロン)というフランスに本社があるスポーツブランド、エントリー会社/アイデア・クリエーションはBBDO Belgium、Molenbeek-Saint-Jean、PR会社はWALKIE TALKIE、 Gentです。

 

動画提供:Decathlon

 

 

内容と受賞の理由

写真提供:Decathlon

「THE BREAKAWAY」は、Zwiftというeサイクリングのためのプラットフォームを使って、ベルギーの刑務所にいる6人の囚人が弁護士、裁判官、法務大臣による司法チームとレースを行った、という内容です。コロナ禍によって外に出られず、他者とのつながりが希薄になった人々の姿が囚人の状況と重なる中、スポーツを通したバーチャル空間での他者とのつながりによって心身の健康を獲得するストーリーが広く拡散し、人々に受け入れられました。さらに大規模な囚人とのeサイクリングイベントが行われたり、ベルギーの法務大臣が全てのベルギーの刑務所において今後数年間でeサイクリングを装備することを発表するなど、大きな成果を上げました。

写真提供:Decathlon

このキャンペーンには、前回紹介した審査ポイントの多くが高いレベルで含まれています。
アーンド要素では、囚人がeスポーツに挑む、囚人と司法関係者がレースをするという「PR IMPAKT(電通グループの開発したPR視点によるマーケティングコミュニケーションのプログラム)」でいうところのInverse(対立)やActor(人物)を立たせ、話題化につなげています。そして新しい技術。外に出られない囚人のため、というメタバースやゲーミングプラットフォーム活用の必然性が納得感を生んでいます。それによって本来はつながらない人同士がつながる様子が可視化されたのです。
また、メディアによる当事者への取材もメタバース内で実施された点も新しい試みです。
審査員による講評セッションでは、政府機関や非営利団体ではなく、スポーツブランド企業(デカトロン)が主導したことも評価していました。コミュニケーション業界の大きな担い手である民間企業が自社ビジネスに関連した分野で社会に貢献する、パーパス経営の好例といえます。

もちろんアイデアやストーリーの作り方も素晴らしいのですが、刑務所との調整、法務大臣をはじめとする司法関係者の参加といった、おそらく相当高いであろうハードルを乗り越えて施策を実現したことが、何よりすごいと思いました。現地審査員からも「どうやって実現させたか知りたい」というコメントがありました。また、多額の投資を必要としない施策であり、ベルギーだけではなく、世界各国の(もちろん日本も)刑務所で採用されればいいなあと思っています。

※本稿で使われている画像、および動画は、Decathlonからご提供、使用許諾をいただきました。