当社は、2020年7月より『月刊広報会議』誌上で「PR思考で読み解く企業ブランディングの未来」と題した連載を展開しています。その第35回(2023年5月号)は、「企業への多様化する期待 イシュー起点のPRが鍵」をテーマに解説しています。
本トピックスでは、誌面に書き切れなかった「イシューとコミュニケーション」を深掘りしていきます。


 

イシュー起点のコミュニケーション攻略のカギを探る

広報のターゲットがマルチステークホルダーに広がる中、コーポレートコミュニケーションにおいて「イシュー」に向き合う重要性が高まっている。
ここではその背景や手段について、データなどを用いながら解説をしてみたい。

 

イシューへの取り組みは、生活者の行動も喚起

それぞれに異なる、さまざまなステークホルダーの期待に応えていくためには、より多くの人にとっての関心ごとである「イシュー」に向き合う姿勢の発信がカギとなる。例えば「エネルギー」「物価上昇」「人財(人的資本)」など、世の中の関心の高いイシューに対して自社独自のアプローチで良いインパクトをもたらすことができれば、顧客だけでなく、株主、就活生、業界全体など、さまざまなステークホルダーからのレピュテーション向上につながるであろう。
また、企業としてイシューに向き合う重要性はそれだけではない。企業広報戦略研究所(電通PRコンサルティング内)が実施した「2022年度ESG/SDGsに関する意識調査」において、生活者に対し、企業のESGの取り組みを知った後に取った行動を聴取したところ、43.8%の人が「企業のサイトを検索」「家族や友人に話す」「商品・サービスを購入」をはじめとした行動を起こしていた(図1)。このように、企業のイシューへの取り組みが伝わることで、レピュテーションのみならず、さまざまな効果を及ぼすことにつながるのである。

 

図1:企業のESGの取り組みを知った後、取った行動

 

生活者にとって身近なビジネスイシューにフォーカス

企業がイシューに向き合うに当たって直面する悩ましいことの一つは、果たしてどのようなテーマのイシューに絞り込むか、という点であろう。
近年の社会価値(Social Value)への注目の高まりを踏まえると、イシューへの取り組みも、その延長線上には社会価値の実現を当然、意識したい。この観点から考えると、生活者にとっていかに身近であり(切迫しているか)、かつ、その企業が取り組むべきと感じられるものであるか(事業活動との親和性)が重要となる(図2)。
例えば、2023年3月より「有価証券報告書」における非財務情報開示の義務化が開始となったことを受け、企業経営の重要テーマとなっている「人的資本」。従業員側にとってみれば待遇などに関係するため比較的多くの生活者にとっても身近なものであり、かつ、企業に取り組みが期待されるものである本テーマは、イシューの観点からも、取り組む必要性の高いものであると考えられる。

 

図2:社会価値を生む企業活動の類型(企業広報戦略研究所作成)

 

「人財」への注目はコーポレートコミュニケーション強化のチャンス

また、人財のテーマは、コーポレートコミュニケーションの領域の一つ、インターナルブランディングと関係性の深い領域だ。改めて、従業員起点のブランディング浸透・強化に取り組む契機とするチャンスともいえる。
企業広報戦略研究所が2021年に実施した「第2回インターナルブランディング®調査」によると、エンゲージメントの高いビジネスパーソンは、退職意向や会社への不安・不信感が低くなるという結果が出ている(図3)。さまざまなステークホルダーに良いインパクトを波及させていく第一歩として、このように、企業にとって一番近いステークホルダーである従業員とのコミュニケーションから着手するというもの一案だ。

 

図3:エンゲージメントを高めることによって、期待できる効果

 

広報部門は、メッセージ・ストーリー力の強化に注力

また、近年の広報部門が抱える課題感の観点からも、イシュー起点のコミュニケーション攻略のヒントを探ってみたい。
ここでは、企業広報戦略研究所が2022年に実施した、上場企業の広報部門の責任者を対象に、広報活動実態について聴取した「企業の広報活動に関する調査」のデータを参照してみる(図4)。同調査の「今後強化したい項目」では、クリエイティブ力がトップとなった。さらに内容を細かく見てみると、ステークホルダーに応じたコンテンツ制作に加えて、「メッセージ・ストーリーの策定力を強化したい」という意向の強さが浮かび上がった。
本稿を読まれている方の中にも、例えばブランディングにおいて、パーパスやナラティブに関する議論をされたことがある方もいらっしゃるのではないだろうか。そうした議論の中では、メッセージ・ストーリー策定、および、社会の関心事としてのイシューの分析は、必ずと言っていいほど必要になるポイントである。そして、イシューの分析は、広義の「パブリック・リレーション」を担う広報部門が本領を発揮しやすい分野であり、まさに今の時代、ブランディングにおいてその強みが求められている状況にある。

 

図4:上場企業の広報責任者が回答する「今後強化したい項目」

 

イシューはタイミングが命、事業活動との接点を常に意識

最後に、イシューの「賞味期限」にも着目したい。当然、コミュニケーションの照準を定めるイシューの内容にもよるが、その時々によって、特に社会の注目が集まるイシューは変化していく。従って、広報部門としては、その変化のトレンドをいち早く察知し、できる限り効果的なタイミングで、イシューに関連する企業の取り組みの情報発信を設計していきたい。
広報部門におかれては、情報発信の予定を整理した「カレンダー」を作成し、運用されていることも多いと思う。イシューに向き合う情報発信の設計においては、こうしたカレンダーをアップデートし、イシューとの接点を定期的に確認しながら、効果的な内容・タイミングを探るということも、非常に重要となる(図5)。

 

図5:イシューと連携させたカレンダーのイメージ

 

本稿では、イシューを絞り込む観点、ブランディングやメッセージ・ストーリー策定との接点、情報発信のタイミングを図る重要性の観点から、イシュー起点のコミュニケーション攻略のポイントを整理してきた。コミュニケーションにおいてイシューの活用を考える機会にしていただけたら幸いである。

 

執筆

坂本 陽亮
企業広報戦略研究所(電通PRコンサルティング内) 上席研究員
広告会社の経営企画部門、コンサルティング会社を経て、2014年に電通PRコンサルティング入社。PR戦略の立案スキーム開発、PR起点のコーポレート・ブランディングモデル開発などを担当。近年は、「価値づくり」広報のテーマにも取り組む。