当社は、2020年7月より『月刊広報会議』誌上で「企業ブランディングの未来」をテーマに連載を展開しています。その第33回(2023年4月号)は、「広報視点で捉える法改正・ルール変更と広報環境」について解説しています。
本トピックスでは、内容をより深掘りしていきます。


 

ルール形成への積極的な取り組みが企業の成長性を後押し

経産省が行った企業調査では「ルール形成型 市場創出」に積極的に取り組んできた企業は成長率が約4%(上位37社)となっており、日本企業の平均0.8%とは実に5倍程度の開きが見られます。
パブリックアフェアーズ活動は企業の事業活動が関与する規制やルール等について政治的な活動と密接な結びつきがあることから、一部では距離を置くといった動きを見せる企業も少なくありません。しかしながら、生活者にとって時間がかかる、手続きが煩雑で不便だと思っているサービス(例:医療制度、税制に関する諸手続き、行政の認可を必要とするサービス等)について、ルール変更で不便さを解消することでマーケットが創出され、新たなビジネスチャンスが獲得できる経営施策ともいえます。自社の事業を取り巻くルールをよく見据えた上で、チャンスとリスクを予見し、検証することが経営者には求められます。広報担当者も「自分ゴト」として捉え、社内で経営者、経営企画、渉外、広報セクションが一丸となって“ルール形成”に取り組んでいくことで、自社の優位性確立に向けた事業展開の可能性が創出されるといえます。

※CAGR:Compound Annual Growth Rateの略。「年平均成長率」を指します。「CAGR(年平均成長率)」は、複利の考え方をベースに過去数年の成長率から1年あたりの平均を割り出しています。
出典:2022/3/23 経済産業省・日本規格協会「新しい市場創出のためのルールメイキングセミナー」

 

法改正は広報として注視すべきタイミング

2023年4月は多くの法改正があり、社会環境も大きく変わるタイミングとして広報担当者は自社の事業領域に及ぼす影響についてしっかりアンテナを張る必要があります。業界にかかわらずワークライフバランスや男性育児休業の取り組みなども、人的資本の情報開示義務化の動きと合わせて見ていく必要があります。情報開示そのものが目的ではなく、企業のパーパス、ミッション・ビジョン・バリューとの関連付け、企業として目指す姿に向けた成長サイクルとの整合性が重要であり、広報担当者も社会環境が変わる「潮目」を見極めていく必要があります。
自動車、MaaS業界における注目の法改正として「道路交通法」が挙げられます。近年、自動運転技術の進化には目を見張るものがありますが、自動運転が可能になれば宅配需要の高まりに対するドライバー不足という課題解決につながるだけでなく、さらなる流通革命につながるといわれています。完全自動走行の“レベル5”までの道のりは決して平坦なものではありませんが、スマートシティ全体での管理体制が整備されればイノベーションが一気に進むことも期待できます。

2023年4月に施行される主な法改正・ルール変更
●道路交通法   ●育児・介護休業法
●個人情報保護法 ●民法
●食品表示基準  ●不動産登記法
●労働基準法   ●相続土地国庫帰属法

 

グレーゾーン解消制度とは

政府の「スタートアップ育成5か年計画」が2022年11月に発表されましたが、スタートアップ企業にとってマーケット全体の投資環境は悪化の一途をたどっており、2023年もこの傾向は続くと考えられます。現在、スタートアップ企業に強く求められているのは、生活者が法律やルールに抱いている不平不満の解決に自社のサービスがどう役立つのか、生活者に向けたメッセージを分かりやすく提示していくことです。ここで注目したい制度が「グレーゾーン解消制度」です。事業者が新しい事業創造において阻害要因となると推測される規制については、その規制を管轄する省庁に対して解釈の確認と規制が適用されるか否かを確認できる制度です。スタートアップ企業はこの制度を活用して、事前に自社の事業性の検証および確認を行い、その後事業計画を立案するステップを踏むことができます。スタートアップ企業の広報担当者は、事業計画や経営戦略の動きも見据えてパブリックアフェアーズ活動と広報活動の両輪を回していかなければなりません。

 

ルール形成と世論喚起

ルール変更新ルールの形成などにおけるパブリックアフェアーズ活動の一つに“行政や国会議員等のルールメーカーとの関係構築”があります。これを後押しするのが世論であり、自社の事業領域に対する社会からの期待、応援、要請があることをアピールする必要があります。それらを裏付けるデータや事例の創出においては、広報部署が業界団体などと連携し、一企業の都合ではなく社会的な観点に立った情報として発信することが重要です。企業広報戦略研究所の調査データでは「規制緩和やルール形成を目指し、世論喚起に向けた広報活動を行っている」と回答した上場企業は6.7%と日本企業ではまだまだ低い実施率にとどまっています。このように、法改正などのルール変更は事業存続の要となるだけでなく、企業広報をより強く推進していくチャンスともいえます。短期的な事業・サービスの周知という狭い観点ではなく、一段視座を上げてパブリックアフェアーズ活動と広報活動を連動させることで企業価値向上にも寄与するのではないでしょうか。

実際に取り組んでいる広報活動(実施率)
~PA(パブリックアフェアーズ)活動への取り組みは現状では最下位に

調査対象:日本の上場企業3765社 広報担当責任者、有効回答数:450社、調査方法:郵送・インターネット
調査、調査期間:2022年6月27日~8月5日、「新・企業広報力調査2022」より(企業広報戦略研究所調べ)

 

OPINION 「両利き経営」を下支えするインテリジェンス機能

立教大学
経営学部経営学科、ビジネスデザイン研究科
安田直樹 准教授

日本企業が既存事業を深化させながら同時に新しい新規事業やスタートアップを推進することは、「両利きの経営」を行う上で不可欠だといえます。
新規事業やスタートアップの推進は、人的資本のリスキリングにもつながり、新しいワークエンゲージメントやモチベーションを従業員に生み出すだけでなく、組織全体の変化に対する適応力や厳しい経営環境に対するリスキリングにもつながります。
あくまでも民間が主導していくことが前提ですが、厳しい経営環境を生き抜くためにも企業として経営環境を先読みするインテリジェンス機能は重要であり、ルールと対峙(たいじ)していく姿勢は今後さらに重要なものとなっていくのではないでしょうか。

 

執筆

中 憲仁(あたり のりひと)
企業広報戦略研究所 上席研究員
コミュニケーションに関する調査、広報効果測定から、調査結果にひも付いた広報戦略立案、企業広報アドバイザーとして幅広く従事。BtoC企業、自治体、官公庁、インフラ企業、メーカー等幅広く手掛ける。2022年1月よりパブリックアフェアーズ担務。