当社は、2020年7月より『月刊広報会議』誌上で「PR思考で読み解く企業ブランディングの未来」と題した連載を展開しています。その第30回(2023年1月号)は、「コミュニケーションにおける“人権意識”の再考」をテーマに解説しています。
本トピックスでは、誌面に書き切れなかった「コミュニケーション デュー・ディリジェンス」を深掘りしていきます。


 

「ビジネスと人権」に起因するリスクの増加

近年SDGsやESGなど、世界が直面するさまざまな社会問題の解決に向けた取り組みが進められる中、“ビジネスと人権”に起因するリスクが増加しています。

その背景としては、人権に対する日本の価値観や意識が、世界とずれていることが考えられます。
2022年7 月に世界経済フォーラムが発表した、各国の男女格差の現状を評価した「Global Gender Gap Report 2022」では、日本は146カ国中116位(2021年は156カ国中120位)で、主要先進国では最下位です。
また、弊社内のシンクタンクである企業広報戦略研究所が先日発表した「2022年度ESG/SDGsに関する意識調査」(https://www.dentsuprc.co.jp/releasestopics/news_releases/20221108.html)では、人権尊重や平等の実現を目指す目標5「ジェンダー平等を実現しよう」や目標10「人や国の不平等をなくそう」などへの関心がまだ低いという実態が確認されました。

図:17の目標(社会課題)について、関心を持つ項目(複数回答)

 

 

価値観のアップデートにつながるコミュニケーション デュー・ディリジェンス

このような状況を打開しようと、政府や企業は人権リスクへの対応強化を進めています。経済産業省は2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定。本ガイドラインでは、企業が人権尊重責任を果たすために、“人権デュー・ディリジェンス” 実施の重要性を提唱しています。

加えて、コミュニケーションの領域における、“コミュニケーション デュー・ディリジェンス”も非常に重要性が高まっています。
“コミュニケーション デュー・ディリジェンス”とは、社内外に向けたさまざまなコミュニケーション上でのリスクを特定・改善し、ステークホルダーに向けてパブリックに適切かつ継続的な情報発信を行っていくことを指します。

時代の変化に伴って、コミュニケーションのツールや手法は多種多様に進化しています。
情報の伝達スピードはより速く、リーチはより拡大し、届けたいターゲット以外のさまざまな立場や価値観の人たちの目にも触れる機会が増えました。それに伴い、今までは見逃されていた不適切な言動がSNSを通じて可視化されやすくなり、批判や非難も増えています。
例えば、参加者が限定的な社内イベントや講演での不適切な言動、営業や採用活動での配慮に欠ける言動などが起点となり、批判を受けるケースもみられます。

“コミュニケーション デュー・ディリジェンス”の重要性は高まる一方、多様化するコミュニケーションの全てを事前にチェックし、リスクを特定し改善することは、現実的には難しいです。そのため、いかに従業員一人一人が当事者意識を持ち、リスクを低減させるかが、カギとなります。本来、「デュー・ディリジェンス」という言葉は、「(負の影響を回避・軽減するために)相当な注意を払う行為または努力」といった意味があります。どのように予測・対処するべきかに重きを置いています。
企業全体の意識変容を促すため、広報部門は率先して、コミュニケーション上のリスク感度を高め、適切に対応していくことが求められます。

図:企業のコミュニケーションにおけるさまざまな手法やツール例

 

 

コミュニケーション デュー・ディリジェンスのポイント

では、どのように“コミュニケーション デュー・ディリジェンス”を実施すべきでしょうか。
実践する上で、考慮すべき3点をポイントとして挙げます。

 

① チェックする際は表現上の留意点を意識する
時代の変化に合わせて、リスクのトレンドにも特徴がみられます。しかし、事案を細かく分析していくと、批判を生む要因は大きく変わっていません。下記のようなチェック項目を参考に、表現を分析・検討することが重要です。

 ✓事実に反する誤解を生む表現になっていないか。
  例)言葉の意味の正否、最上級・比較表現の根拠、商品・サービスを使った悪ふざけ

 ✓法令、規則、契約、権利などに違反する表現になっていないか。
  例)景品表示法、薬機法、著作権、特許権、商標権、アンブッシュ

 ✓プライバシー侵害につながる表現になっていないか。
  例)機密情報の管理、情報漏えい、個人情報保護法、秘密保持契約

 ✓差別、偏見、誹謗中傷に無配慮な表現になっていないか。
  例)人種、国籍、民族、政治、宗教、思想、ジェンダー、障がい、病気、カースト、マイノリティー

 ✓社会環境や社会情勢に無配慮な表現になっていないか。
  例)戦争・紛争、重大犯罪・事故、自然災害、環境破壊

 

②コミュニケーションの手法やツールごとの潜在リスクを洗い出す
表現上の留意点を意識した上で、コミュニケーションの手法やツール特有のリスクも特定・改善していく必要があります。中でも、多種多様な手法やツールを組み合わせている企業や団体は注意が必要です。運用・管理を行う担当部署が複数に分かれることで、意識や知見に差が生まれやすく、リスクを見逃してしまう恐れもあります。部署間での連携や情報共有も定期的に行うとよいでしょう。

また、政府や業界団体が策定している各種ガイドラインや留意点などの活用も効果的です。例えば、以下は一般社団法人SNSエキスパート協会がまとめている炎上しやすいトピックス「炎上さしすせそ」です。表現に加えて、テクニカル的な「操作ミス」などツール特有の留意点を確認することができます。

図:炎上しやすいトピックス「炎上さしすせそ」(一般社団法人SNSエキスパート協会より引用)

 


③社内外の体制や教育環境を整備し、リスクの是正・軽減・防止・改善を実施する
「万が一」の事態が発生した場合、スムーズに対処し被害を軽減するためには事前の準備が必須となります。緊急時に備え、各種判断の指標や情報開示の在り方、対応体制をまとめておくべきでしょう。

これらの施策が適切に実行されているかを確認するために、定期モニタリングの実施や全社的な教育環境(グループ会社や取引先も含められると理想)を整えることが重要です。最新の事例や情勢に触れることのできる社員研修やトレーニング等を通じて、常に意識や価値観をアップデートしていくことが欠かせません。これまでの常識にとらわれずに、変化していくことが求められています。

 

 

執筆

川合慶
コーポレートコミュニケーション戦略局リスクマネジメント部
関西圏の飲食・食品・ホテル・不動産・運輸業界、自治体などを中心に、広報戦略のコンサルティング、メディアリレーションズ、デジタルPRなどに従事。
2022年7月より現職。報道論調・SNS分析、メディアトレーニングを基に、平時および緊急時の危機管理広報、コーポレートPRなどを支援。