取締役の責務は経営の監督や業務執行の決定

コーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえれば、取締役はステークホルダー(利害関係者)の利益代表として、業務執行の「決定」や「監督」をするのが主要な役割・責務といえます。しかし日本企業の場合、社内出身の取締役は「出世の延長線上のポスト」との認識が強く、業務執行を兼務するケースも少なくありません。社長や会長の部下との感覚からなかなか抜け切れないのが現状です。

コーポレートガバナンス・コード対応の課題はほかにもあります。コードは「取締役・監査役のトレーニング」の実施も求めていますが、こちらもなお二の足を踏んでいて、実施企業は大手に限られるのが実情です。

意思決定や危機管理のトレーニングも

学者や弁護士らを招いた社外取締役の場合は、まず、所属する業界やその企業の個別状況についての「基本的な知識を補う」メニューから始まることもあるようです。社内出身の取締役に対しては逆に、業務に精通した執行者から、経営の監督者への意識改革がトレーニングの中心になるでしょう。就任時に他社のベテラン取締役やコンプライアンスに詳しい有識者らによる講演などを用意し、取締役として迅速・果断な意志決定ができるよう支援するトレーニングが多く見受けられます。会社法やコーポレートガバナンス、コンプライアンス(法令順守)に関する、大手法律事務所が主催するセミナーに参加させるケースも多いようです。

さらに企業が絡む不祥事発覚が後を絶たない現況を踏まえ、リスクマネジメント(危機管理)に関する研修に力を入れる企業も増えてきました。自身の担当する部門で不祥事や製品事故が発生すれば、取締役は部門責任者として対応を迫られます。適切な社内調査を行って事実関係を把握し、その原因を分析して再発防止策を講じていくなどのノウハは、取締役にとって必須のスキルです。企業によっては緊急対策本部の設置・運営方法、記者会見を含むシミュレーショントレーニングなどもメニューに入れています。

取締役は「経営の顔」に

消費者に直接販売する製品を持っている企業などでは、不祥事対応で経営トップ自らがメディア向けに釈明記者会見を行うのが一般的です。トレーニングではトップや担当取締役が、ステートメントやメディア対応のポイントを学びます。緊急時の対応だけでなく、平時から企業価値を保つために役員のプレゼンテーションやスピーチまでトレーニングメニューに加える企業もありますが、まだまだ少数です。

  • 危機管理力調査2015より

定期的(年に1回以上)に緊急事態発生時を想定した記者会見の演習・トレーニングを実施している9.7%
https://www.dentsuprc.co.jp/releasestopics/news_releases/20150602.html

  • 広報力調査2016より

トップのプレゼンテーション力・表現力を強化するためのトレーニングを定期的に実施している 5.1%(2014年度4.0%)
https://www.dentsuprc.co.jp/releasestopics/news_releases/20160525-2.html

これらのトレーニングは私どものようなPR会社に委託されるケースもあります。
コーポレートガバナンス・コードは、取締役が特定部門の代表ではなく、会社の利益代表として、取締役会で活発に議論するよう求めています。また、機関投資家を対象にしたスチュワードシップ・コード原則と連携して、経営情報の開示とステークホルダーとの対話を促しています。取締役はまさに「経営の顔」となることが求められているのです。

執筆

img_kuroda黒田 明彦 

コーポレートコミュニケーション戦略室 リスク・マネジメント部
企業広報戦略研究所 主席研究員
日本PR協会認定PRプランナー

経営課題(経営計画、事業再編、研究開発、危機管理、政策課題、等)に関する広報戦略の立案、実施に携わる。