2022年に世界で起きた混乱は、まさに「不確実性」が具体的な姿を現したものといえるでしょう。その混乱は間違いなく日本にも影響を及ぼし、生活者一人一人の価値観を変え続けています。では、その価値観の転換は、大きな混乱を経て迎える2023年、あるいはその“少し先”の未来においてどのように社会にフィードバックされるのでしょうか。このレポートでは6人の識者にお話を伺い、2023年に企業が取り組むべきコミュニケーション課題とそのソリューションを見いだす糸口を、五つのテーマの下にひもときます。

 

これからの[ソーシャルメディア]

キーワードはカルチャー、レコメンデーション、クリエイター

インターネットを使って個人が情報を発信する情報交流サービス、いわゆるソーシャルメディアが社会や文化、ビジネスに及ぼす影響の大きさは、もはや言うまでもありません。一方で2022年には、人員削減をやむなくされるビッグテックの苦境やメタバースの台頭、これまでの価値観を塗り替えるとされるWeb3への高まる期待が伝えられました。これからソーシャルメディアは、果たしてどのようにシフトしていくのでしょうか。アメリカの最新情報をポッドキャストなどで配信している「Off Topic(オフトピック)」の宮武徹郎さんへのインタビューを通じて探っていきます。

宮武徹郎(みやたけてつろう)/Off Topic, Inc. CEO。米・バブソン大学卒。事業会社の投資部門で主に北米スタートアップ投資に従事。Off Topic, Inc.を2021年に立ち上げ、コンテンツ制作などを担当。

 

 

新たなソーシャルメディアは、次世代のカルチャーから生まれる

ソーシャルメディア、中でもFacebookやTwitter、YouTubeといったプラットフォームは、いまも多くの企業がPRツールとして活用しています。しかし、主流となるサービスのはやり廃りも激しく、情報発信方法のトレンドも日々変化しています。

私は米国で起きているインターネットカルチャーを日本に発信していますが、ソーシャルメディアのトレンドを分析・予測するためには、テクノロジーのみならず、カルチャーに目を向けることが重要だと考えています。「Off Topic」を始めたのは2018年ですが、それ以前からZ世代(2023年時点では年齢が約14〜28歳)や、そのさらに下のα世代のトレンドや行動が、次の新しいムーブメントを形成する姿を目の当たりにしてきました。

実際のところ、若者カルチャーのビジネスに対する影響力は非常に大きいと感じます。例えば、米国を中心に、世界でも人気を集めるTikTok。その原形は、2015年ごろにアンダーティーンの子どもたちのあいだで流行したmusical.ly(ミュージカリー) というサービスに求めることができます。

昨今のホットワードで、多くの企業が注目するメタバースについても同様です。オンラインゲームプラットフォームのROBLOX(ロブロックス)では5年以上前から、そのバーチャル空間上で子どもたちが放課後に友達と待ち合わせをしてゲームを楽しみ、チャットやアイテム交換をする“バーチャルユニバース”が生まれていました。

つまるところ、世界の、ひいては日本のソーシャルメディアに訪れる“次”のムーブメントを予見しようとするならば、現在の米国の若者世代のカルチャーを見つめることが有効だといえるのです。

 

レコメンデーションメディアの台頭

では具体的に、米国ではどのようなトレンドがソーシャルメディアに生まれているのでしょうか。重要なキーワードの一つが、レコメンデーションメディアです。

レコメンデーションメディアの筆頭ともいえるTikTokは、米国では2018年ごろから若年層に広がり、2020年より社会全体に普及しました。TikTokがなぜこのような大きなムーブメントに拡大したのか、そしてそもそもレコメンデーションメディアと従来のソーシャルメディアとの違いを、歴史的な流れを踏まえて考えてみます。

そもそもソーシャルメディアが誕生する以前、人びとのコミュニケーションを形成していた媒体の主役は雑誌でした。芸能人やセレブの情報を収集し、それを話題に学校で友人と盛り上がる。情報の発信者は有名人だったのです。

そこにMyspaceやFacebookなど、初期のソーシャルメディアが登場します。すると、身近な友人が情報を発信し始めます。多くの若者にとって、遠くの有名人が伝える情報よりも、見知った友達のリアルな小ネタ、ゴシップの方が面白く受け入れられた。こうしてソーシャルメディアが流行していきます。

しかし、リアルな友人は、基本的には日々学校に通い、アルバイトやクラブ活動にいそしむような、自分と同じ生活スタイルをする人間です。毎日のように面白いコンテンツを投稿してくれるとは限りません。そこで、YouTuberやInstagrammerなど、リアルな人間ではあるがコンテンツを日々発信する“プロの友人”が現れます。つまり「優良なコンテンツを毎日つくるので、代わりにフォローしてください」というわけです。ユーザーのアテンション(関心)は、インフルエンサーにシフトしていきました。

そして現在、全世界から自分の好みに合った面白いコンテンツを見つけ伝えてくれるのは、アルゴリズムです。これがレコメンデーションメディアのベースにあるわけですが、TikTokはその頂点にいるといえるでしょう。この流れには他の多くのサービスが追随しており、例えばInstagramは、ショートムービーを作成・投稿すると他のユーザーの発見タブ内に表示される「リール」機能を押し出しています。その背景にあるのは、つまるところプラットフォーマーたちによる“アテンションの争奪戦”なのです。

 

広告モデルとサブスクリプションモデルの融合

ソーシャルメディアにおけるもう一つの大きな流れとして、収益スタイルとしての広告モデルとサブスクリプションモデルの融合が挙げられます。

従来、米国のサービス提供各社にとっての収益源は、広告とサブスクリプションのどちらかを選択するのがスタンダードでした。Facebookに見られるように、ソーシャルメディアは基本的に広告モデルです。

一方で中国では、両者をうまく組み合わせて運営する会社が多い印象があります。中国大手ソーシャルメディアのWeChat(ウィーチャット)やWeibo(ウェイボー)は、絶妙なバランスで売り上げを高めています。要因としては、中国でソーシャルメディアや動画配信サービスが普及した際、ほとんどのユーザーがPCでなくモバイルで利用していたことが挙げられます。画面が小さいため、広告との親和性が低かったこともあったのでしょう。

米国でも近年、サブスクリプションとのバランス型や、サブスクリプションへの移行が目立つようになりました。Twitterは、広告の非表示やツイートの事後編集が可能になるサブスクリプションTwitter Blueを開始しました。なりすましなどの悪用が急増したことで一時提供を停止していましたが、現在は再開しています。写真や動画の共有サービスSnapchatも、有料版のSnapchat+をスタートさせ、150万人のユーザーが課金したと報じられました。

メディア全体でも収益構造の変化は顕著です。サブスクリプションの代表格であった動画配信サービスのNetflixは、広告付きの安価版プランの提供をスタートし、広告収入を柱としていたThe New York Timesのデジタル媒体も、サブスクリプションモデルを急成長させています。

さまざまなサービスがビジネスモデルをシフトさせることで、ユーザー側の行動にも変化が生まれるかもしれません。また、収益構造の最適化に成功したプラットフォーマーは、次なる時代でも持続的に成長することが予想できます。

 

新たに台頭するサービスと若者たちの動向

では、次の時代、どのようなソーシャルメディアが台頭すると考えられるでしょうか。若年層の間で人気を集める新サービスを、三つ見ていきましょう。

まず、注目したいのがBe Real(ビーリアル)です。フランス発の写真投稿サービスですが、アプリ名通りの“ありのままの自分の姿が共有される”点が魅力です。ユーザーのスマートフォンアプリに1日1回通知が来て、その2分以内に写真を撮影し、アップロードしなければならないという制約が、このアプリの特徴です。

次に、米国の高校生の間で人気を博しているGas(ガス)にも注目しています。ユーザーはまず、自分が通う高校を選択。すると、例えば「ハロウィーンで一番イケている格好をしているのは誰か?」というような質問が投げかけられます。ユーザーが友人の名前を投票すると、結果が学内で共有される。投票は原則匿名なのですが、課金をすれば誰が自分を選んだかを知ることが可能です。ローンチ約1カ月で500万ダウンロードを達成しており、その成長ぶりに注目が集まっています。

三つ目がPartiful(パーティフル)。こちらは米国発のイベントアプリで、大学などでパーティーを開催する際、簡単にイベントページを立ち上げられるサービスです。作成されるサイトのデザイン性が高いことから、ニューヨークやロサンゼルスで流行しており、作成されたイベント数が急上昇しています。

近年のZ世代のカルチャーをひもといていくと、“オーセンティシティー(本物であること)”に重きを置いていると感じます。TikTokやBeRealではいわゆる「インスタ映え」と逆行する現象が顕著で、「あえて汚く見せる」「ちょっと失敗した自分を出す」ことで“本当の自分”を表現しようとする心理が、ユーザーの行動にも表れてきました。Instagramでも写真を加工しない「#nofilter」が流行しましたが、これもその一種だと考えられます。オーセンティシティーはZ世代の上の世代に当たるミレニアルズにも広がっていますが、日本でいう「ソーシャルメディア疲れ」とも共通したものを感じます。“次”のソーシャルメディアへとつながる、一つのキーワードになるでしょう。

オーセンティシティーの背景には、インターネットカルチャーが生み出した、ある種の“プレッシャー”の存在を見て取れます。ソーシャルメディアの中で育ったZ世代、α世代は、学生時代からInstagramのページ運用をしてお小遣いを稼いだり、スニーカーの転売にいそしんだり、場合によってはコンテンツクリエイターとして活躍する人も珍しくありません。一般企業に就職せず、自分がやりたいことを実現することが普及する一方で、「そうあるべき」というプレッシャーも生まれます。メンタルヘルスやバーンアウト(燃え尽き症候群)が課題となる中、自分のケアを重視する若者も多いです。ウェルビーイングのような言葉に関心を抱く若者たちが多いのも、無関係ではないのかもしれません。

 

次に来るトレンドと、企業のPR戦略

最後に、再びマクロな視点から、ソーシャルメディアの近未来を考えていきましょう。

人員削減が話題となったメガプラットフォームのTwitterとFacebookですが、重要なポイントはハードウエアにおける覇権争いです。収入源において広告モデルを主体としてきた両社は、結局は一つのアプリとしてしか存在できません。アップルのようなハードウエアを製造するプラットフォーマーに手数料を支払う必要があり、その点が成長の妨げになっています。さらにiOS 14のアップデートにより、トラッキング防止機能が強化され、広告収益そのものの構造改革も迫られます。両社はこうした状況をかねて予想しており、Facebookは一時期、スマートフォンをつくろうとしたこともありました。その夢こそ諦めたものの、社名をMetaに変更しVRヘッドセットを中心としたメタバース事業に注力しているのも、次なるハードウエアで独自のポジションを築きたいからでしょう。

VRやメタバースは米国も同様ですが、いまのところメガトレンドといえるまでには発展していません。例えば店舗や商業施設がメタバース空間にリアルと同じバーチャル店舗を構築し、付加価値を与えることを模索していますが、結局はリアルと同じ体験をバーチャル空間で行うことになり、いま一つユーザーがその価値を受け入れていない状況です。もっとも、インターネットの黎明期においてどんな情報が流通していたかといえば、例えば新聞の記事がそのまま新聞社および個人のブログに載っていただけだったのと同様、現時点においてはさほど目新しさがないとしても、今後大きく進化する可能性は十分にあります。VRヘッドセットをはじめ、デバイスの環境が変わっていくことも予想できるでしょう。

ソーシャルメディアにおける5年後の未来を考えるならば、AIの方がインパクトが大きいと思います。2022年は画像生成サービスが話題となりましたが、技術進化のスピードは非常に速く、人とAIの境目が曖昧になっていくことは間違いありません。ソーシャルメディアでいうならば、AIが作成したコンテンツが普及したり、AIによって友人をつくれたりと、現段階では考えられない世界になるはずです。

企業PRの側面からソーシャルメディアを考えるならば、クリエイターがキーワードになると思います。これまではインターネット空間で商品やサービスをプロモートしようとすると、競合他社とのアテンションの取り合いになり、結果として過剰な広告が消費者の心を引き離すという現象が多く発生していました。消費者の信頼を得るためには、最も個人が信頼をしているクリエイターとタッグを組むことが有効です。

例えば人気YouTuberのMrBeastはハンバーガーチェーンを所有しているのですが、バーチャルレストランを立ち上げてUberなどで注文できるようにしたところ、爆発的な売り上げを達成しています。もっとも、大手ハンバーガーチェーンなどがこれほどの熱狂を独自で生み出すことはほぼ不可能でしょう。企業はむしろ、クリエイターを味方につけ、広告費を支払ってプロモーション活動に協力してもらうのが有効なわけです。

こうした手法は、すでにアメリカのリテールブランドでは主流になっており、他の業界にも広がり始めています。米国から2〜3年遅れているとされる日本のYouTubeカルチャーですが、クリエイター主導のダイナミックな変化が訪れる日も、そう遠くはないのかもしれません。

 


 

■編集後記

さまざまなソーシャルメディアが乱立し、可処分時間を奪い合うコンテンツが増加している昨今、「コンテンツを探しに行く時間が惜しい」「おすすめしてくれる方が楽」という感情を抱く方も多いのではないでしょうか。見たいものがあふれた結果、日本でも“タイパ(タイムパフォーマンス)消費”がトレンドになったように、いかに効率よくコンテンツを消費できるかという点も注目されています。

記事では、現在の米国のソーシャルメディアにおけるトレンドとして「レコメンデーションメディア」というキーワードが挙げられました。レコメンデーションメディアの台頭も、上記の感情が要因になっていると考えられます。今後のソーシャルメディアのトレンドを理解する上では、このような、日々変化する若者世代のカルチャーや思考、悩みに、若者の目線で目を向けることが、大切です。

企業や団体がこれからのソーシャルメディアをどのように活用していけばよいか。そのヒントは、若者世代が重きを置く「オーセンティシティー(本物であること)」という考え方にあるかもしれません。若者たちを理解し、“飾りのない本来の姿”を投影した共感できるコンテンツを創出することで、いかに良い関係性を構築していけるか。よりパブリックリレーションズの本質が問われる時代に突入してきているといえるのではないでしょうか。

 

これまでの記事
① [ウェルビーイング]新しいビジネスモデルとしてのウェルビーイング/北川拓也さん
https://www.dentsuprc.co.jp/pr/trend/20221221.html

 

監修・協力

年吉 聡太
SOTA TOSHIYOSHI

編集者。『暮しの手帖』などのライフスタイル情報誌の雑誌編集に携わったのち、
『ライフハッカー[日本版]』をはじめとするデジタルメディアの編集長を経験。
2014年コンデナスト・ジャパンに入社し『WIRED』日本版副編集長を務める(〜17年)。
2020年から、米ビジネスメディア『Quartz』の日本版創刊に参画し、日本版編集長を務めた。
2022年10月よりフリーの編集・ライターとして活動。

 

電通PRコンサルティング トレンドレポート2023 編集部
中沢 麻衣
MAI NAKAZAWA
岩澤 俊之
TOSHIYUKI IWASAWA
佐藤 涼
RYO SATO
細田 知美
TOMOMI HOSODA
渡邊 雄紀
YUKI WATANABE
西山 大地
DAICHI NISHIYAMA
浅井 佑太
YUTA ASAI
山下 奈々
NANA YAMASHITA