はじめに

トレンドを理解し、PRやマーケティングに活用するためには、そのトレンドがどういうステージにあるのかを知る必要があります。加速期にあるのか、定着したのか、かつてのトレンドへの回帰なのか、それとも、終わりを迎える消滅段階にあるのか。7つのテーマについて各界のオピニオンリーダーに取材し、様々なトレンドをこの4段階に分類しつつ、直面しうるコミュニケーション課題を考えます。

「暮らし」篇

第7弾のテーマは『暮らし』です。昨年のトレンドレポートに引き続き、家族社会学を専門とし、家族や暮らしの在り方を研究されている立命館大学産業社会学部教授の筒井淳也先生にお話を伺いました。
「コロナ禍はあらゆることを試す実験的機能を有する」と語る筒井先生に、今後起こり得る暮らしの変化や企業への期待について語っていただきました。

1:<加速>コロナショックがもたらした、格差の拡大とケアの負担

#所得だけではないコロナショックの影響で広がる家族関係の格差
約20年間にわたる共働き世帯の増加で世帯間の所得格差が広がっています。格差の広がりが夫婦2人分で倍になるからです。その格差をよりあらわにしたのがコロナショックです。2008年に起きたリーマン・ショックは、年齢、性別、職業にかかわらず人々に負の影響をもたらしました。一方、コロナショックは職業や働き方によってその影響の度合いが異なることが特徴です。
テレワークも可能な共働き世帯であれば、所得もそれほど下がらず維持できているかもしれませんが、世の中にはテレワークが絶対不可能な職種の方が多く、夫婦共にコロナの恐怖にさらされざるを得ない生活をし、打撃を受けた家庭も少なくありません。「テレワークが進んだ」と言われますが、高所得者と低所得者では進み方が約10倍違うともいわれるほど、偏った傾向なのです。
それに伴い、家族関係、特に夫婦関係の好転と悪化という二極化傾向は逃れられない面もあるといえます。家族・夫婦関係は働き方に強く影響されます。

#テクノロジー投資で解消できないケア負担が加速
コロナの影響により、家事とケア(育児や介護)の両面で家庭の仕事量が増え、女性の負担が増大したことは明らかな事実です。
私が参加している「内閣府 コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」の調査では、第1回目の緊急事態宣言中に「家事・育児の時間が増えた」と実感する女性は3割以上に上りました。また、負担意識のギャップも夫婦間で広がったという調査もあります。男性が家事・育児の時間を増やしていても、それで女性の負担感が減っていません。
中でも、学校や保育施設に通う子どもや介護を必要とする家族を持つ家庭は、負担を外部化できていた施設側に通園・通学、利用などの制限が生じ、ケアの負担が増加しました。
家事は、テクノロジーの進化によって多少なりとも負担を軽減できますが、育児や介護といったケアは人が人に対してやることが多く、テクノロジーを導入しても負担はなかなか解消できません。負担を軽減するには分担か外部化が主な手段ですが、変異型「オミクロン型」による感染が拡大する中、家庭内でのケアに要する時間が増えることが懸念されます。

#気の合う者同士のシェア型生活もケアが鍵に
気の合う独身同士でのシェア型生活は、将来的にさらに広がる可能性が高いと思っています。
ただし、シェア型生活においても、ケアは重要なポイントになります。気の合う者同士の同居は、お互いが自立可能な上で一緒に暮らしていることが多く、だからこそ関係が成り立っているといえるでしょう。
しかし、同居者の誰かが重度の障害を負ったり、介護を必要とするようになったときにどうなるか。血縁や婚姻関係にあれば、守る、支える感情も生じやすいのですが、互いが自立していることが前提の関係ではそこを期待することが難しくなります。
シェア型生活の形は広がるかもしれません。ただ、「家族」の深い意味をアップデートすることまで想定するとしたら、いざというときに婚姻関係でも親子関係にもない同居人を身体的・経済的に支える覚悟が求められるでしょう。

 

2:<定着>家庭の職場化がもたらした空間と家事の負担

#テレワークはコロナとテクノロジーの進化がもたらした「職住“再”接近」
テレワークの普及という「家庭の職場化」は、コロナの影響とテクノロジーの進化がもたらした「職住“再”接近」です。
テレワークの普及に格差はあるものの、ある一定の層では確実に「家庭の職場化」は定着すると考えられます。日本の歴史的な背景を踏まえると、通勤が当たり前になった職住分離は高度成長期以降に顕著になった特徴で、長い目で見ればわれわれ人間は、その多くが農業や家業を営み、職住近接で暮らしてきた歴史があります。コロナの影響とそれを可能にするテクノロジーの進化で職住が再び接近した状態が今です。テレワークは今後も一部で残り続ける不可逆的な変化とみており、「職住再接近」は定着したといえるでしょう。

#「職住再接近」で生じる“家の使い方”ストレス
現在の日本の住まいは、そのほとんどが職住分離を前提とした空間設計であるため、リモートワークするには部屋数が足りないなど空間的配置の問題が難しく、ストレス要因になりやすいことが課題です。特に夫婦共にリモートワークで働ける共働き世帯でその課題が顕著です。今後は職住が近くても暮らしやすい空間かどうかが重視されると思いますが、今の家のままストレスを軽減するとなると家の使い方を工夫するしかありません。マンションの共用部や住まい周辺の環境の活用、さらにはリモート会議の画面に家族が見えてもいとわない、互いの許容範囲を広げていけば、さらに「家庭の職場化」した暮らしに自然と慣れるのではないでしょうか。

#コロナと衛生意識の高まりで家庭が多忙化
衛生意識の高まりで新たな家事が増えたほか、「職住再接近」によって家庭でやるべきことが増えました。
100年続いてきた近代化の中で育児や教育、食事などが外部化していきましたが、コロナの影響やテレワークの進展でこれらの一部が再び家に戻ることになります。さらに、これまで家庭内の衛生・健康管理は女性が担ってきた背景がある中で、女性の負担は一段と増えてしまうことが考えられます。家事のアウトソーシングも家電などによるテクノロジー投資もお金のゆとりがないと難しい中、増えた負担を同居メンバーがどのように分かち合うのかということが課題です。
残念ながら、現時点では男性が女性の家事への負担感を減らせるほどの貢献はできていませんが、男性の家事・育児の取り組み次第で女性の負担感も変わるのではないでしょうか。

 

3:<回帰>ショックが終息すれば多くは元に戻る、戻れないことに注目

#100年かけた合理的な行動はコロナ終息後に再び戻る
コロナ禍はある意味、新しい生活のお試し期間です。そこでメリットに感じたことは加速・定着するでしょうし、潜在欲求として残るものは元に戻っていくでしょう。
テレワークとそれに伴う家庭への影響は、不可逆的な変化と考えていますが、それ以外の面に関しては、コロナ前に戻りやすいと考えています。なぜなら私たち人間は100年近い時間をかけ、コストパフォーマンスや利便性、楽しさといったメリットから、合理的な選択として生活を家庭の外に外部化してきたからです。その積み重ねた経験は、すぐに変わるほどやわなものではありません。
長期的に労働時間の減少も続く中、コロナが完全に終息し自由に外で行動できるようになれば、趣味を楽しんだり、リアルなコミュニケーションを求める多くの行動が元に戻ると考えています。

#巻き戻せない時間と残り続けるコロナショック
一方、コロナショックが永続的に影響するケースもあります。
一つは、テレワークのようなメリットの発見によるものですが、もう一つが取り返しのつかない体験によって強い影響を受けた人たちです。入社してもリアルな交流ができない新入社員、学校生活の大半がコロナ禍となった学生、時間を巻き戻すことができない中、彼らには永続的に影響が残る可能性があります。
ショックは一時的に大きな影響を及ぼすものの、収まれば多くは元に戻るというのが私の持論ではありますが、むしろこうした不可逆的な現象にこそ注目したいと思います。

 

4:<消滅>コロナ禍のお試しで終わるか、終わらせないか

#本来の価値が得られないコロナ禍トレンドは続かない
コロナ禍で生まれたオンライン○○・おうち○○といったトレンドは本来求める価値が得られるかどうかに存続が懸かっています。
例えば、テレワークと同じオンラインコミュニケーションであっても、オンライン飲み会は、本来の目的が異なるため、定着しないと思われます。仕事における会議は、リアル、オンラインにかかわらず会話の焦点が定まっており、発言する人がいれば他の人は聞くというルールがあります。しかし飲み会の場合、リアルでは会話のテーマが自由に組み替えられ、複数の会話が同時進行しつつワイワイとしゃべることができるのに、オンラインではなかなかそうはいかず、本来の楽しさが享受できません。
今後メタバースがさらに進化して一般化すれば別ですが、オンライン化することで本来の価値が下がる、機能しなくなるようなことは一過性に終わる可能性が高いと考えられます。これはオンラインのみならず、コロナ禍で試されたあらゆることに共通するでしょう。

 

5: 2022年以降の「暮らし」 ~企業へのメッセージ~

作業時間=負担感とは限らない、作業軽減の貢献余地はまだある
家族や暮らしのオペレーションの研究を通じ、家庭全体の作業を軽減するため企業が貢献できる余地はまだまだあると思っています。
これまで企業が提供してきた商品やサービスの多くは、特定の作業の置き換えが主流でした。しかし、食事の片付けが「食器を下げる→調理器具と一緒に洗剤で洗う→洗い流す→乾かす→しまう」となるように、一つ一つの家事は作業と作業のつながりによって成り立っています。しかも、食器や器具によって洗い方やかける労力も異なります。食洗機は、このなかの作業のほんの一部を自動化したもので、しかも食器のセッティングなどの追加の作業を必要とし、食洗機にかけられない食器もたくさんあります。目立つ一部分の作業を自動化・時短化できたとしても、生活者は別のところに負担を感じているかもしれません。実は、かける時間=負担感とは言い切れないことも我々の研究から分かっています。
人々が家の作業のどこに負担を感じているかをもっと細かく観察・分析していけば、企業が貢献できる余地も見えてくるのではないでしょうか。

深層心理に寄り添い、新たな価値観の提案を
家事の省力化をメリットとするとき、よく「ずぼら」「手抜き」という言葉も使われますが、企業がメッセージを発信する際には注意が必要です。
特に女性は、家事を生活の質を高める作業であると考えるとともに、愛情表現の意味も込めていることがあります。「手抜き」と言われると、「愛情の手抜き」と捉えられかねません。日本企業は、言葉のイメージの取り扱いには長けていると思いますが、「空いた時間でもっと楽しい家族関係を」などさらに生活者の深層心理に寄り添った言葉の使い方をすれば、商品・サービスの価値だけでなく、生活やライフスタイルを変換する提案にも応用できると思います。

高まるサステナビリティ意識とケアへの不安
「職住再接近」によって、オフィスで行われてきた消費や廃棄も家の中に持ち込まれるようになることから、家における環境意識は今後ますます高まっていくでしょう。家を建てたり、マンション購入の際にも、サステナビリティを基準にする人は、増えることはあっても減ることはありません。サステナビリティは、今後長期的に人々の意識に根付いていくことは間違いないと考えています。
もう一つのキーワードが「ケア」です。2022年は団塊世代が後期高齢者になり始める年でもあります。これまで以上に「ケア」が多くの人の頭を占めるようになると考えられることから、この不安をいかに解消するかは、ますます社会の大きな課題になると考えています。

 

【電通PRC 編集部の視点】

筒井先生は、職種や企業、働き方によって影響に差があるとしながらも、テレワークの普及によって「職」と「住」が再び接近するという歴史的にも大きな変化を指摘しました。また、外部化できていた機能が家に戻ってきてしまうなど、暮らしの在り方をひっくり返す変化が家庭の負担を増やしたと語っています。コロナ前から夫婦における家事分担は課題の一つであり、社会や企業が取り組んできましたが、今後は家事とケアの分担を筆頭に、各家庭がどう変化に適応していくか家庭内でコミュニケーションを図ることがますます重要になりそうです。企業は家の中の作業を細かく分析し、解像度を上げて、具体的で詳細な困りごとや不便を発見し、解決のためのサービスを提供することが求められています。

(監修・協力=ジャーナリスト・古田大輔)

電通PRコンサルティング トレンド予測レポート 編集部
高橋 洋平
YOHEI TAKAHASHI
第2プランニング&コンサルティング局 6部
今井 慎之助
SHINNOSUKE IMAI
情報流通デザイン局 SD5部
佐藤 佑紀
YUKI SATO
第2プランニング&コンサルティング局 4部
鶴岡 大和
YAMATO TSURUOKA
情報流通デザイン局 データソリューション開発部
上運天 ともみ
TOMOMI UEUNTEN
情報流通デザイン局 SD3部