はじめに

トレンドを理解し、PRやマーケティングに活用するためには、そのトレンドがどういうステージにあるのかを知る必要があります。加速期にあるのか、定着したのか、かつてのトレンドへの回帰なのか、それとも、終わりを迎える消滅段階にあるのか。7つのテーマについて各界のオピニオンリーダーに取材し、様々なトレンドをこの4段階に分類しつつ、直面し得るコミュニケーション課題を考えます。

「メディア」篇

第6弾のテーマは、PRやマーケティングに携わる方にとって最も関心があると思われる『メディア』篇です。昨年に引き続き、ジャーナリストで株式会社メディアコラボの代表・古田大輔さんにお話をお伺いしました。「フェイクニュース」という言葉が広く知られるようになり、情報の信頼性がより問われる時代において、発信者の不用意な一言で炎上したり、社会の混乱をもたらしたりする危険性もあります。知っておくべきこと、注意すべきことは何か。そして、成長の機会はどこにあるのか。本質に立ち返って情報発信の在り方を考えます。

1:<加速>データ分析を生かした本質的なデジタル化へ

#デジタル発信やツールの導入だけではDXではない
メディアの世界でデジタル化が加速していますが、より本質的な変化が生まれています。これまでのデジタル化は、紙に載せていた記事をネットに載せる、地上波で発信していたコンテンツをYouTubeで流すなど、それまでのコンテンツをデジタルに焼き直すことにとどまるものが多かったのですが、それでは本質的な意味でのDXにはなりません。

#進化するデータ分析技術を活用
メディアのDXの本質は、質の高いデータとその分析によって、ユーザーが抱える課題の解決につながるデジタルコンテンツやサービスを生み出し、その企画・制作・配信から組織構成やワークフローまで、全てデジタルに最適化した形にトランスフォーメーションさせることです。戦略を立て、改善していくPDCAサイクルもデータ分析なしでは実現できません。この数年でデータ収集と分析のツールと手法は素晴らしく進化しています。コンテンツ制作、ディストリビューション(配信)、エンゲージメント(関与)の3つの段階に十分生かすことが可能になっています。それがユーザーの信頼獲得や収益にも結びつくことが、国内外の様々な事例で分かってきました。

#陥りがちなPVへの偏重
データ分析の初手で陥りがちなのが、例えば「PVの偏重」です。PVだけを分析しても、自分たちがターゲットとしているユーザーとより良い関係を結んでいるかを知ることはできません。下手をすればPVが伸びるからとパッと目を引くものにばかり注力したり、やたらとコンテンツ数を増やすことで、本来のメインターゲットが離れていくことすらあり得ます。今年1月、世界のメディアリーダー246人を対象にした調査レポートがロイタージャーナリズム研究所から発表されました。2021年は全体のPVは落ちたけれど59%が増収、2022年の見通しは75%が自信ありと回答したそうです。PVが単純に収益に連動するわけではないということが、こういうデータからも分かります。

 

2:<定着>情報汚染に対する認識や危機感 情報発信者に求められる日常的対応

#情報汚染の定着
2016年の米国大統領選挙をきっかけにフェイクニュースという言葉が世界中に広がり、日本でも「情報汚染」とそれに対する人々の認識や危機感が完全に定着しました。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)が2020年9月に国内で実施した調査によると、「フェイクニュース」という言葉の認知度は86%(n=5991)で、その定着ぶりが分かります。同年1月に実施された調査では「フェイクニュースは深刻な社会問題なので、何らかの対処が必要」と答えた人が81%。この数字は人々の危機感を示しており、2021年のワクチンを巡る議論はさらにその危機感を深めたと言えるでしょう。

#情報汚染の三定義〈ミス〉〈ディス〉〈マル〉
では、フェイクニュースとは何なのでしょう。この言葉は曖昧な上に、意見の違う相手を攻撃するために用いられがちで、専門家は別の言葉を好みます。情報汚染に関わる次の3つの言葉は、メディアに携わるプロならば覚えておくべきでしょう。「ミスインフォメーシュション」「ディスインフォメーション」「マルインフォメーション」です。

引用:First Draftの図を元に古田氏作成

3つの定義と関係性を示したのが上の図です。誤っているか、意図があるか、その2軸で考えます。実際には、その情報は間違っていると言えるのか、意図はあるのかなど正確に区別するのは難しいこともあります。しかし、概念として、この3つの情報が混然一体となって情報汚染が広がる現状を理解しておくことが、状況分析のために重要です。

#情報汚染に影響されない・広げないための7のチェックポイント
その情報は信頼に足る正確な情報か。信じたり、シェアしたりする前にチェックすべきポイントについて、WHOが公開している7つのポイントがあります。
ニュースメディアに限らずPRプロフェッショナルやマーケターなど情報発信者は、この提言を逆から考えたら良いでしょう。見出しと本文に矛盾はないか。筆者を明示し、その筆者は信頼に足る人か。裏付けを明記しているか。発信者自身のバイアスをチェックしているか、などです。これらを日常的に実践することで、自分たちが情報汚染源になってブランドを毀損(きそん)するリスクを避けるだけでなく、信頼できるソースとしての評価を勝ち取ることができます。
バイアスは全ての人間にあります。自分の思考の癖、何に好意や嫌悪を感じるか。それらのバイアスを理解した上で、広く信頼され、愛される発信について考えることで、炎上事案などを防止することにも役立つでしょう。

引用:World Health Organization

 

3:<回帰>アルゴリズムによるパーソナライズへの反発 人力への見直し

#機械的パーソナライズがエコーチェンバーを生み出す要因にも
回帰というのは、トレンドがある種の“臨界点”に近づいているときに起こる現象だと思っています。今、臨界点に達しつつあるものは、メディアを含むあらゆるITサービスの世界を席巻してきた機械学習のアルゴリズムによる「現状のパーソナライズ」ではないでしょうか。
パーソナライズ自体は素晴らしい技術です。コンテンツがあふれかえる中で、24時間休みなく働いてくれるアルゴリズムによるパーソナライズがあるからこそ、人は自分にとって関係性がより深いと思われるコンテンツを見つけやすくなります。
しかし、行き過ぎるとその人に心地よい情報や偏った情報しか通さない「フィルターバブル」の中に人を囲い込み、そうやって偏った人同士で意見が先鋭化していく「エコーチェンバー」にもつながります。社会の分断につながるのではないかという批判も広がるようになっています。

#信頼できる人やメディアへの回帰 セレンディピティーへのノスタルジー
アルゴリズムによるパーソナライズに違和感や疲れを持ち始めた人の中には、自分が信頼できる人・メディアを自ら選び取りたいと考える人もいます。まだ日本では本格的ではありませんが、米国では個人が発信できるメールマガジン配信プラットフォーム「サブスタック(Substack)」やポッドキャストが人気を博している理由の一つも、そこにあるでしょう。
自分の過去の行動の分析からレコメンデーションを受けるパーソナライズを突き詰めるのではなく、もしかしたらこういうコンテンツも好きかもしれないという「セレンディピティ(偶然の出会い)」を大切にする。効率性だけではない情報の摂取という、かつては当たり前だった、より人間味のあるメディア接触へのノスタルジーも生まれているのでしょう。

#必要な状況理解と中長期的な思考
パーソナライズ自体は便利なものですし、世の中からなくなることはありません。情報受信者としても発信者としても、自分たちの情報環境がアルゴリズムによるパーソナライズで多大な影響を受けているという状況を認識する必要があります。その上で、個々のユーザーは何を求めているのか、社会的に求められている情報提供とは何かを、近視眼的にならず、中長期的にも考える必要があると思います。

 

4:<消滅>マスという幻想はどこへ メディアに求められるパーパスに基づくイノベーション

#マスメディアによる情報寡占の崩壊とコロナによるつながりの希薄化
マスメディアは今も大きな影響力を持っています。しかし、インターネットに始まり、スマホ、ソーシャルメディアの普及により、誰でもいつでもどこでも情報の受信・発信・拡散が可能になり、マスメディアが情報を寡占する状態はここ数年で完全に崩壊しました。そしてそれを取り戻すことは不可能です。さらにコロナ渦で社会全体のデジタル化が加速し、人々のリアルなつながりはさらに希薄化し、20世紀にはメディアが所与のものとして考えてきた「マス」の存在を感じることが難しくなったのがこの1年ではないでしょうか。

#紅白歌合戦にみるマス概念の消失
さらにここへ来て、テレビ業界では構造的な変化が起きているのです。視聴率の指標としてマスではなく、「コア視聴率」と呼ばれる世代(13~49歳ぐらいの年代)の視聴率が重視されるようになってきたのです。その世代のほうが広告効果が高いとされているからです。
2021年のNHK紅白歌合戦は、マス概念の消滅を示す出来事の一つだといえるでしょう。過去最低の世帯視聴率を失敗や敗北と分析する人もいますが、NHKが若者世代にリーチする人選や番組づくりをし、その狙いがある程度は実現した結果とも言えます。
世帯視聴率が下がっても、若い世代の視聴率が上がっているというデータもあるためです。
マス=全体ではなく、自分たちのターゲットをより明確化して届ける。世帯視聴率よりも個人視聴率や自分たちがこれまで届かなかった層にリーチする戦略をとる。マスメディアも、社会全体の変化、マス概念の消失を感じており、従来のアプローチとは異なる方向に向かっているのです。

#パーパスに立脚としたDX戦略
紙や地上波の時代のコンテンツ制作や流通、ユーザーとの関係性構築の在り方は、デジタル時代には根本的に変化する必要があります。新聞社で言えば、100年続いたやり方を劇的に変化させることになります。
昨年のトレンドリポートでも多くの識者が口にした言葉があります。それは企業の存在意義「パーパス」です。ユーザーは企業のパーパスを見ています。新しい企業が生まれる時だけでなく、組織が変革する際にも、そもそも自分たちの存在意義は何なのかという「パーパス」を考える必要があります。
地方紙や地方局などのローカルメディアや、分野に特化したメディアはオーディエンスが明確なのでパーパスも明快にしやすい。ところが全国規模のメディアの場合、日本や社会のためとなると対象が広すぎてイメージがつかみにくい。その中で各社がどのように自分たちの存在意義を定義し、イノベーションを起こしていくのか。楽しみな時代でもあると感じています。

 

5:2022年以降のメディア業界 ~企業へのメッセージ~

#パーパスに立脚した議論とDXがもたらす成長
誰にとっても100点満点のデータ分析方法はありません。何のためにデータを分析し活用するのかを考えるカスタマイズが必要だからです。まさにそこで重要なのはパーパスの議論です。データ分析は、ユーザーにより良い価値を提供する、より良い関係を築くためのものであるという意思統一の下、パーパス(どのような価値を提供し、どのような関係性を結びたいのか)に基づいたデータ分析による本質的なDXが不可欠です。
マスメディアによる情報の寡占が崩壊する中、情報発信は、より多くの人に注目されたり、知ってもらうことだけが目的ではなくなっているはずです。自分たちのパーパスに立ち返り、本質的なDXのための大きな方向性を示す改革と地道なPDCAを回し続ける泥くさい作業こそが、メディアの生き残り・成長をもたらすでしょう。

 

【電通PRC 編集部の視点】

マスメディアによる情報の寡占の崩壊という記載もありますが、生活者にとっては、ニュースメディアから得られる情報と同様に、企業自らが発信する情報も重要度が増しています。それは同時に責任が重くなっているとも言えます。“メディア”篇という形でレポートを書いていますが、ある意味“情報発信者”篇だと思っています。企業のPRパーソンやマーケターのような日々情報発信をされる方においても、本レポートにおけるメディアのあるべき姿、置かれている環境を“自分ゴト”として読んでいただければ幸いです。

電通PRコンサルティング トレンド予測レポート 編集部
高橋 洋平
YOHEI TAKAHASHI
第2プランニング&コンサルティング局 6部
今井 慎之助
SHINNOSUKE IMAI
情報流通デザイン局 SD5部
佐藤 佑紀
YUKI SATO
第2プランニング&コンサルティング局 4部
鶴岡 大和
YAMATO TSURUOKA
情報流通デザイン局 データソリューション開発部
上運天 ともみ
TOMOMI UEUNTEN
情報流通デザイン局 SD3部