はじめに

トレンドを理解し、PRやマーケティングに活用するためには、そのトレンドがどういうステージにあるのかを知る必要があります。加速期にあるのか、定着したのか、かつてのトレンドへの回帰なのか、それとも、終わりを迎える消滅段階にあるのか。7つのテーマについて各界のオピニオンリーダーに取材し、様々なトレンドをこの4段階に分類しつつ、直面しうるコミュニケーション課題を考えます。

「ヘルスケア」篇

第5弾のテーマは『ヘルスケア』です。昨年のトレンドレポートに引き続き、ベンチャーキャピタルのCoral Capitalでシニアアソシエイトを務める吉澤美弥子さんにお話を伺いました。インタビューでは、ヘルスケア市場における今後のトレンドだけでなく、メンタルケアなど企業が抱える喫緊の課題についてもお話を伺いました。吉澤さんのお話を踏まえ、電通PRコンサルティングが、ヘルスケア市場における企業が押さえておくべきポイントを読み解きます。

1:<加速>コロナ禍のデジタル化がもたらした医療変革

#加速した「公衆衛生の発展」「オンライン診療」「医療機関のDX」「患者力の向上」
2021年のヘルスケア領域で加速したことは大きく四つ、「公衆衛生の発展」「オンライン診療」「医療機関のDX」「患者力の向上」です。「公衆衛生の発展」は、昨年から見られた兆候ですが、引き続きコロナ対策が求められる中、国民も行政の大規模なデジタルソリューションの取り組みも加速度的に進み、国民も接触確認アプリ「COCOA(ココア)」で継続的な追跡に協力しました。またフェイクニュースに惑わされず対応する知識も身に付け、公衆衛生に対するリテラシーも非常に高まったといえるでしょう。
「オンライン診療」「医療機関のDX」は、患者さんの通院控えとともに、医療現場のひっ迫と医療従事者の安全確保、人手不足に伴う医療機関内の業務効率化などが求められ、これも一気に加速しました。

#「患者力の向上」が「患者中心の医療」の進展に
「患者力の向上」とは、患者の意思決定能力の向上を意味します。よく「患者中心の医療」と言われますが、その意味は医療者側が患者さんに十分な説明を行い、患者さんのニーズや意見、人間性を尊重した治療やケアで支援を行うことです。「患者中心の医療」を実現するには、患者さん自身が意思決定能力を持つ必要があります。これまで日本では、治療を医師任せにする受け身な患者さんが多く、これが「患者中心の医療」の実現を阻む一つの要因だったと私は考えています。しかし、コロナ禍で、生活者の健康や関連情報へのリテラシーが向上し、患者力が向上したことで、「患者中心の医療」の実現に一歩近づいたと思います。

 

2:<定着>患者が自ら選び、お金をかける自由診療 保険診療との溝

#患者力の向上により、自分で選択する自由診療が定着
患者力の向上は、自分自身で考え選ぶ医療を加速させました。その顕著な例が、自由診療の定着です。保険診療のオンライン診療は、加速の動きはあっても定着までには至っていませんが、自由診療ではAGAやピルなどをオンライン診療で処方してもらい、自宅で受け取り、セルフで使うケースが増えています。美容医療では、Twitterで整形した顔を堂々と見せ「#美容整形垢」を付けて投稿するといった面白い動きもあります。
もちろん自由診療の中には、疑わしいものもあるので注意は必要ですが、患者さん自身が自分で選び、お金をかける自由診療は再生医療の進化とともにより広がりを見せると考えられます。

#クリニックのオンライン診療普及に向けた三つの課題
一方、保険診療中心のクリニックでオンライン診療を定着させるためには、三つの課題があるといえます。一つは「医療の質の担保」。これまでもオンライン診療は、対面診療よりも医療の質が下がるといわれてきました。オンライン化が進めば病院間をまたいだ連携も必要とされることから、この課題は大きいでしょう。二つ目は、オンプレミスが多い院内ITインフラでは医療従事者の業務負荷が大きいこと。三つ目は、高齢者や視覚障がい者、聴覚障がい者などデジタルソリューションから隔絶されている人たち。全人口が現状のオンライン診療を使えるわけではないということです。
国も、オンライン診療の診療報酬の見直しや初診から恒久的に認めるなど、体制整備を急いでいます。まずは最重要課題である、医療の質をテクノロジー活用によって担保できる状況がつくれれば、業務の効率化も進み、クリニックでもオンライン診療が定着していくと期待しています。

 

3:<回帰>コロナ禍でも広がった健康食品の誇大・虚偽表現

無くならないネット広告トラブル、だまされないリテラシーを
コロナ以前から「これを飲めば痩せる」といった、医薬品でもないのに効果・効能をうたう健康食品の誇大・虚偽表現は問題視されてきましたが、コロナ禍では、免疫力向上などコロナ対策を広告でうたう健康食品が多く見られました。こうした誇大・虚偽表現によるネット広告トラブルも後を絶ちません。
健康リテラシーも上がり、2020年8月には改正薬機法が施行され課徴金制度も強化されたことから、従来のようなマーケティングでは売れない時代になってきているとは思いますが、消費者の皆さんがこうしたうさんくさい商品に惑わされることがないようにと願っています。

リモートワークの長期化によりメンタルヘルス対策が再び重要視される
リモートワークの長期化で、従業員のメンタルヘルスに対する企業の取り組みが再び重要視されています。メンタルヘルスは、働き方改革の波とともにその重要性が指摘され、企業でも管理職向け研修が行われるなど対策が取られてきましたが、一時期ほどの注目はなくなっていました。
コロナ前のメンタルヘルスは、どちらかというと自殺など企業リスクの文脈で語られる傾向がありましたが、今はそれに加えリモートワーク下でのチームワークや帰属意識のリテンションといった視点が加わり、大企業だけでなく、スタートアップも積極的です。働き方の多様化が進む中、心身ともに健康であることにどうやってエンゲージメントしていくかは、社内外からの企業評価を左右する大きな要因です。就職人気企業ランキングなどで外資系が人気を占める中、日系企業でも社員のヘルスケアにきちんと対応しているということを示していく必要があると思います。

 

4:<消滅>保険診療だけで淡々と数をこなす クリニックの危機

#評価と競争にさらされるクリニック
コロナ禍での通院控えによって、クリニックの売り上げが半分~3分の1になる状況が続いています。医療機関は、社会の重要なインフラであることから、銀行融資も低金利で借り入れできるなど、守られた産業ではありますが、コロナ禍が長引き経営的に追い詰められたクリニックも多く出てきました。
また、30代・40代の若手のドクターがオンライン診療を取り入れ、専門性を打ち出した経営に取り組み、若い世代を中心に患者からの評価を高める中、保険診療だけを淡々と数だけこなすような経営では競争に勝てなくなっています。
 

#クリニックの競合が占い師になることも⁈
消費者が自分で考え選ぶヘルスケアの時代にある中、クリニックの競合は、もはや同業者だけではないといえるでしょう。
若者を中心に自費で医療を全額負担することに対する抵抗感が無くなってきていることに加え、例えばフィットネスジムではメンター付きのサービスを展開し、占い師がスマホアプリでカウンセリングをやっています。つまり、消費者が心身の健康を考えて取る行動が、どんどん保険診療から遠ざかり、違うところでお金を落としているのです。
こうした状況を考えてもクリニックは経済活動としての競争は避けて通れず、競争力を付けていく必要があります。

 

5:2022年の働き方のトレンド&企業へのメッセージ

#民間企業が医療を迅速に届ける媒介になる可能性
コロナのワクチン対応で日本は最初こそ世界の先進国と比較して出遅れたものの、配布が始まってからは、非常に早いスピードで接種を進めることができました。
幾つかの要因は考えられますが、私は企業の職域接種の対応が迅速だったことは非常に大きかったと思っています。ビジネス感覚のある民間企業が、「迅速に合理的に医療を届ける媒介」になれることが証明できた実績は、今後に生かしていけると思います。

 

【電通PRC 編集部の視点】

吉澤さんのインタビューから、自分自身で考え、医療を選ぶ患者力の向上により、自由診療が増えていることなど、医療変革が進んでいることがうかがえました。コロナ禍で健康や医療に対する社会全体の意識が高まったことが、ヘルスケアの変革を後押ししているといえるでしょう。
さらに、ワクチン接種の進展に民間企業が貢献したところに吉澤さんは着目しています。社会全体のヘルスケアも、従業員のメンタルヘルスもどちらも重要性が下がることはないでしょう。民間企業がコロナ禍での経験をいかせば、より良い医療への変革のスピードはさらに加速するのではないでしょうか。

(監修・協力=ジャーナリスト・古田大輔)

電通PRコンサルティング トレンド予測レポート 編集部
高橋 洋平
YOHEI TAKAHASHI
第2プランニング&コンサルティング局 6部
今井 慎之助
SHINNOSUKE IMAI
情報流通デザイン局 SD5部
佐藤 佑紀
YUKI SATO
第2プランニング&コンサルティング局 4部
鶴岡 大和
YAMATO TSURUOKA
情報流通デザイン局 データソリューション開発部
上運天 ともみ
TOMOMI UEUNTEN
情報流通デザイン局 SD3部