はじめに

トレンドを理解し、PRやマーケティングに活用するためには、そのトレンドがどういうステージにあるのかを知る必要があります。加速期にあるのか、定着したのか、かつてのトレンドへの回帰なのか、それとも、終わりを迎える消滅段階にあるのか。7つのテーマについて各界のオピニオンリーダーに取材し、様々なトレンドをこの4段階に分類しつつ、直面しうるコミュニケーション課題を考えます。

「教育」篇

第4弾のテーマは、社会を支える人材を育成するために欠かすことのできない『教育』です。教育行政などが専門で、『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)などの著書でも知られる、日本大学文理学部教育学科 教授 末冨 芳さんにお話を伺いました。
教育現場は一斉休校やオンライン授業の実施など、コロナの影響を大きく受けました。思うように学校に通えないなど他業界と同じく急激な変化に直面する中で、学校が持っていた本質的な機能を大切にする人が増えました。そして、この不確実な社会で特に重要視されるのが主体性を育む教育です。加速・定着・回帰・消滅を具体的に見た上で、今後の提言をまとめていきます。

1:<加速>対面とオンライン、子どもの主体性を育てる教育

#対面とオンラインを併用する「マルチトラック教育」
小中高では今後、オンライン授業と対面授業を併用するマルチトラック形式の教育スタイルが進んでいくでしょう。義務教育においては「周囲が勉強しているから勉強する」という「仲間効果(peer effect)」も高い年齢なので、メインストリームは対面授業になるかとは思いますが、オンライン授業であれば不登校児童に代表されるこれまでリーチできなかった生徒にリーチすることも可能です。このメリットは非常に大きく、オンライン授業をメインに実施し、卒業までつなげようとする自治体の取り組みもでてきています。

#企業による特化型サービスと、遅れるルール整備
オンライン授業の関連では、子どもに寄り添うさまざまなサービス形態が民間企業から生まれています。「ギフテッド」と呼ばれる特定の分野に天才的な才能を持つ子どもや発達特性がある子どもに特化した学校や支援サービスなども登場しており、成長市場として期待しています。
一方、これらの加速の障壁もあります。たとえばオンラインで子どもと接する学習産業等が一定以上の児童生徒の悩みやプライバシーに踏み込みづらいことです。例えば、子どもたちからいじめの相談を受けていながら、最悪のケースを止めることができなかった場合、企業側になんらかの責任が生じてしまう場合があります。これらの境界は非常に曖昧ですが、ルールの整備は遅れています。子どもを取り巻くリスク対応についてのルール整備については、業界団体や経産省・文科省等が連携して進めていくなど、早急な整備が必要だと思っています。

#世界の教育のトレンド「エージェンシー」を理解しよう
世界の教育界のトレンドとしてOECD(経済協力開発機構)が掲げた「The OECD Learning Compass 2030」の中で提唱する「エージェンシー」という言葉が注目されています。エージェンシーとは日本語で「主体性」と訳される場合が多いですが、「変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力」のことを意味します(2030 年に向けた生徒エージェンシーによる定義)。自ら進んでいくべき方向性を設定し、目標達成に向けて行動する力を必要とすることから、私はエージェンシーを日本語で言うなら「変革力」と説明しています。
例えば、このコロナ禍で、子どもに「あれはダメ、これもダメ」と言い続け、子どもが外で遊ぶことを禁止しがちな親も多いと聞きますが、好ましくない例です。子どものやりたいことをやみくもに否定するのではなく、子どもの主体的な判断を尊重しながらポジティブに活動させることを、なるべく大切にすべきなのです。親自身も考え、判断しながら子どもたちをサポートする必要があります。この「エージェンシー」の概念は、これからの教育に重要なテーマとして注目されていくでしょう。

#企業が「Education 2030プロジェクト」で果たすべき役割
「エージェンシー」は企業にも深く関わる話です。先に述べたとおり、エージェンシーとは、2018年にOECD(経済協力開発機構)が、2030年に向けた教育の在り方をまとめた学習の枠組みの中で打ち出された言葉です。注目すべきは、OECDはすでに経済成長至上主義のモデルではなく持続可能な地球・国家やコミュニティーの実現手段として教育を語っているということです。OECDが、教育を重点分野として置く理由は、子どもたちが将来の成長を支える柱になるからです。OECDが打ち出したこの枠組みは、学びのモデルとして学校で推進されることが期待されるというだけではなく、家庭や非営利セクター、そして、ビジネスセクターでも尊重すべきモデルだと考えています。
子どもたちに「エージェンシー」を発揮してもらうためには、教師や仲間たち、家族のみならず民間企業も含めた幅広いコミュニティーとの相互作用的・互恵的な関係性が必要とされます。こうした子どもと大人・社会の関係が「共同エージェンシー」と定義づけられています。自治体や学校と比較して実現力と推進力を持つ民間企業には、子どもたちと一緒に考え、成長し、行動して、変革を図る共同エージェンシーの一員として力を発揮していただきたいと願っています。

 

2:<定着>普及したオンライン学習の課題、新たな可能性に挑戦を

#大学を中心とした学習のオンライン化
学習のオンライン化は定着したと言えるでしょう。特に大学教育では学生側の受容性も高く、コロナが落ち着いたからといって、単純にすべてが対面の大学教育に戻ることはないかと思います。特に大人数の講義では学習効率が良いということも分かってきています。一方、小中高生を対象にしたオンライン学習には新たな課題が浮き彫りになったと思っています。先に述べたとおり、小中学生は対面であることの価値も高いことが分かってきました。周りの大人たちが「エージェンシー」の概念を理解したうえで、しっかりとサポートできているかどうかが重要ということが浮彫りになった事例だと思いますので、以下、詳しく説明します。

#求められる教師の新たな役割
小中高に関しては、2020年春の一斉休校でオンライン学習への取り組みが一気に進みましたが、対応する学校段階で、学習の質に二極化が発生しました。特に不幸なケースだったのが、高校で多くみられた、「教師たちが学校向けのオンライン学習サービスに依存」してしまったケースです。
教師は、生徒の学習へのモチベーションをつくり維持する役割を担わなければなりません。大人たちでさえ未来が見通しづらい、不確実な世の中だからこそ、子どもたちの主体性・変革力をサポートすることが重要です。しかし、実際は、そこが欠落してしまったケースが多々見られたととらえています。実際に、教師のサポートがなく機械的にオンライン学習に取り組まざるを得なかった高校生の話を聞くと「オンライン学習は最悪」という声もたくさんあります。オンライン学習のメリットを享受できなかった生徒たちは少なくないです。逆に、オンライン学習サービスを使っていても、合間合間で教師からのフィードバックや励ましを得るなど、サポートを受けながら学習を続けられた生徒は、オンラインでもモチベーションを持って学ぶことができましたし、学力の伸びを実感し、自信をつけられたと思います。
コロナ禍で間違いなく、教育現場のオンライン化は進みましたが、一方で、オンライン学習を行う際は、Zoomなどを活用した対面フォロー、学習結果のフィードバックといった、教える側のスキルアップも必要だということが認識されました。

 

3:<回帰>再認識された、教育における対面価値

#学校は子どもたちにとって安全な場所
臨時休校や学級閉鎖などの影響は「学校教育」に多大な影響を及ぼしました。学校には、勉学の場としての「学習機能」のほかにも、安全な場所を提供する「居場所機能」と、給食による栄養保証などに代表される「福祉機能」がありますが、これらすべてが大きなダメージを受けたのです。
学びや教育の質はもちろん、学校教育における「居場所機能」と「福祉的機能」の在り方が模索されています。学校を代表とする「子どもたちにとっての安全な居場所」が奪われている現状に、私は強い危機感を抱いています。

#企業だからこそ可能な若者の居場所づくりに期待
民間企業にも子どもたちと一緒に考え、成長し、行動して、変革を図る「共同エージェンシー」の一員として、「居場所づくり」に大いに活躍して欲しいと思っています。子どもたちだけではなく、居場所をなくした若者たちが、あてもなくストリートで過ごし、危ない状況が生まれています。キッザニアやアソボーノといった屋内型の子供向け施設、カラオケボックスの多用途化などの動きはありますが、もっと幅広く、子どもや若者に対して安全な、そして、民間企業にしか提供できない楽しく充実感あふれる居場所を提供する事業があるべきだと思います。
例えば、自治体から委託を受け、子ども・若者の当事者の意見も取り入れながら公園や児童館の活動の企画・運営をする、地方を中心に増え続ける空き店舗を活用した若者向けの課金型シェアスペースの展開なども効果的だと思います。もちろん利用価格は低廉に設定していただきたいですし、インターンのような形で貢献することで一定の利用時間が無料にできるなどの仕組みにも民間企業の知恵を発揮いただきたいです。
また、すでにあるライブハウスをもっと地域と一体化させ、若者のカルチャー発信の場としてオープンに、カジュアルに育てていくというアプローチもあるでしょう。子どもや若者同士が安全につながれる場が失われつつあるなか、民間企業も参入し、コミュニティーをプランニングしたり、コミュニケーションをデザインする動きが広がれば、若者たちの主体性も育まれ、日本の社会が急速に豊かになると期待しています。

 

4:<消滅>主体性のない教師の消滅、学びの伴走者としての新しい時代の専門性へ

#黒板で教えるプロよりも、学びの伴走者としてのプロが求められる
教育というテーマにおいて、学習オンライン化が進む一方、対面でのコミュニケーションの価値が再認識されました。そのため何かが急激に消滅すると言うことは無いかも知れません。ですから「消滅・脱却しなければならない」という話にはなりづらいです。しかし、子どもたちも多様化し、教育のアプローチも様々な挑戦が行われることが当たり前になっている中で、現代社会で活躍する教師には子どもたちの主体性を育むべく、「黒板・チョークで教えるティーチングのプロとしての資質」よりも「子どもの主体的な学びの伴走者となるコーチングのプロの資質」が問われることになります。教師もまた、決まりきった知識だけを教えるというスタイルから脱却しなければいけないのです。
とはいえ、まだ教師を学びの伴走者として養成するための理論化やカリキュラム化が進んでいるわけではありません。そこは教育学、教育政策を含め、これからの課題と考えています。

 

5:2022年以降の「教育」を価値と役割から考える~企業へのメッセージ~

#「対面価値」と「周囲の役割」の再確認
学校に行けない時間や、人と会えない時間の増加が、教育における「対面価値」と「周囲が子どもに果たすべき役割」の再発見につながりました。加速・定着・回帰・消滅という4つのトレンドの背景にある大きなトレンドとして、まずこれを理解した上で、企業の果たすべき役割を再確認する必要があると思います。

#教育ビジネスは“エシカル”に。20世紀型資本主義からの脱却を
コロナの影響も背景に、学習の多様化が進みました。民間企業による新たなオンライン学習のサービスが登場した一方、子どもの人権侵害やいじめ対応などに対する政府のルール整備がサービスの登場に追いついていない状況が明らかになりました。企業には、政府(公共部門)の役割との間に線引きをし、金銭的利益を貪欲に追求するような20世紀型資本主義の考え方ではなく、未来を担う子どもや若者たちとともにビジネスを展開する主体としての「エシカル」な発想が求められています。
子どもや若者に関わる民間企業にもまた、この社会の中で生きる存在として、「エージェンシー」を発揮し、消費者でもあり学びの主体でもある子どもや若者たちとともに、公共性を追及していく姿勢が求められていると考えています。

#「共同エージェンシー」としての自覚を育む
子どもたちに「エージェンシー」を発揮してもらう、すなわち彼らの「変革力」をサポートするために、民間企業は大きな役割を果たすことができます。安全な居場所を用意してあげること、多様な子どもたち一人一人に最適化された学習機会の提供など、企業もまた、教師や親たちと一丸になって、子どもたちのウェルビーイング(※)達成に向けたサポートをしていかなければなりません。
*OECDでは教育の目標を「ウェルビーイング(well-being)」と幅広くとっている。それは、財産、職業、給料、住宅などの物質的な資源の獲得にとどまらず、健康や市民としての社会参画、社会的関係、教育、安全、生活への満足度、環境などの「QOL(生活の質:Quality of Life)」に資するものと捉えている。

 

【電通PRC 編集部の視点】

長引くコロナ禍が教育における「対面価値」と「周囲が果たすべき役割」を再発見されたことを起点にし、これからの教育のキーワードとなる「エージェンシー」について考えを巡らしましょう。そうすれば、子どもたちや若者たちにわれわれが何を提供し、何をサポートすべきなのかがおのずと見えてくるかと思います。
今回ご紹介した、4つのトレンドの背景には「エージェンシー」の概念へつながる流れが存在します。子どもたちの「変革力」をサポートすることこそが、教育の本質的な価値であり、これからの日本社会に必要なことであると認識しておく必要があると感じました。

(監修・協力=ジャーナリスト・古田大輔)

電通PRコンサルティング トレンド予測レポート 編集部
高橋 洋平
YOHEI TAKAHASHI
第2プランニング&コンサルティング局 6部
今井 慎之助
SHINNOSUKE IMAI
情報流通デザイン局 SD5部
佐藤 佑紀
YUKI SATO
第2プランニング&コンサルティング局 4部
鶴岡 大和
YAMATO TSURUOKA
情報流通デザイン局 データソリューション開発部
上運天 ともみ
TOMOMI UEUNTEN
情報流通デザイン局 SD3部