はじめに

トレンドを理解し、PRやマーケティングに活用するためには、そのトレンドがどういうステージにあるのかを知る必要があります。加速期にあるのか、定着したのか、かつてのトレンドへの回帰なのか、それとも、終わりを迎える消滅段階にあるのか。7つのテーマについて各界のオピニオンリーダーに取材し、様々なトレンドをこの4段階に分類しつつ、直面しうるコミュニケーション課題を考えます。

「ファッション・ビューティー」篇

第3弾のテーマは、『ファッション・ビューティー』です。
WWDJAPAN編集長の村上要さんにお話をお伺いしました。
2021年11月にWWDJAPANは、「2022年春夏トレンドブック」を発行しました。その表紙には「新たな始まりのファッションは、もっと自由に、もっと大胆に。」とあります。コロナ禍を経て、自己表現としてのファッション・ビューティーに対する生活者の意識はどう変わっていったのか、最先端のトレンドで起きている、次なる美とは何か。そして、企業に求められる資質とは何か。村上氏の話をもとに、電通PRコンサルティングが、今後のトレンドや押さえておくべきポイントを読み解きます。

1:<加速>個人の『自律』とサステナビリティ意識の勢いは止まらない

#『自律』の流れが加速。一人一人が自分のスタイルを突き詰めるように
<加速>という面から見ると、『自律』の流れはこれからもさらに強まると思います。一人一人が、自分はどう生きたいのか、自分とは何かを考え、抱いた自分なりの価値観にのっとって生きていくライフスタイルはより鮮明になるでしょう。ファッション・ビューティーにおいても、トレンドに右往左往せず、自分のスタイルを突き詰め、好きなように装う流れは加速していくと思われます。 

#画一的サステナブルから脱却する 「やりたいことをサステナブルに」
コロナは、人々が少なからず抱いていた「地球ヤバい」「何の疑問もなく生きていてはヤバい」という考えを強める契機になりました。生活者のサステナビリティへの意識はさらに高まっています。 
ただ、企業側の表現やコミュニケーションが画一的な点には、個人的に物足りなさを感じています。ファッションでいうと、生成りっぽい色、リラックスシルエットのジェンダーレスなアイテムにミニマルなディテール。ビューティーであれば自然光と植物で表現するナチュラル感。商材もトンマナも画一的です。
画一的なのは、「サステナブルなことをやる」ことが目的だからかもしれません。本来であれば「やりたいことをサステナブルに」であるべき。そうすればブランドごとに世界観も表現も変わると思います。 
消費者側は既に「サステナブルだから買う」のではなく、「買いたいものがサステナブルだったから買う」という感覚をつかみ始めています。それはますます広がるでしょう。

#真のサステナビリティの実現には、ビジネスモデルのダイナミックな変換が必要
サステナビリティの実現という観点でいうと、現状は、既存のマーケットシステムから脱却した発想になれないから行き詰まっていると感じています。 
そもそもモノを製造する活動は、環境負荷を完全にゼロにすることはできません。ところがファッション・ビューティーがアバターを装うことも自分たちの役割と認識して本気になれば、デジタル上の活動については環境負荷が限りなくゼロに近づきます。既存のマーケットシステムからの脱却とは、そういうレベルの話。もっとダイナミックな発想の転換が必要です。

 

2:<定着>意識が自身の内面に向かったことで、変化のスピードが加速

#死に対する恐怖感が、“健やかみせ”欲求に
2021年は、新型コロナウイルスによる感染者数の爆発的増加に伴う死への恐怖から、人々の意識が「心地よく暮らす」から「健康的に暮らす」に深まったと感じています。装うことにおいても、健やかな血色感を引き出すようなビューティーアイテムや、肌触りだけでなく肌を痛めずにすべすべになるような機能性繊維が注目されました。
また強制的な外出自粛による隔離生活で意識が自分自身の内面に向かい、SNSを中心とするプラットフォームで自分らしさを発信する流れもこれまで以上に広がり、結果ダイバーシティ&インクルージョンやSDGsがより頻繁に語られるようにもなりました。 
個人的には5年先の未来だと思っていたことが、コロナ禍の2年で実現した。このスピード感は、この先も変わらないと思います。 

 

3:<回帰>“女性性”への回帰による、ダイバーシティ&インクルージョンの進化

#ジェンダーレスへの過剰意識からの解放
ダイバーシティ&インクルージョンは、人種、性的指向、そして体型と広がりを見せています。分かりやすい例でいうと、下着ブランドの「リング(REING)」といったアップカミング(これからきそう)なブランドは、発信するビジュアルに男性も女性もゲイもレズビアンも招き入れ、ジェンダーニュートラルなスタンスを表明しています。 
一方でWWDJAPANは、“女性らしさ”への回帰も否定しません。2021年10月に発行した号の特集は「女性性を開放せよ。」でした。正直、22年春夏のミラノ&パリ・コレクションを取材した記者からこの言葉をタイトルとして提案されたときは逡巡(しゅんじゅん)したんです。「誰の視点から見た女性なのか?」「誰が思う女らしさなのか?」などを考え続けた結果、自分自身がジェンダーニュートラルにとらわれすぎていたんだと思います。 
しかし「プラダ(PRADA)」は、かつて女性の自由を奪ってきたコルセットを女性らしさの象徴として再解釈。ニットポロにはブラカップが潜み、バストラインをあらわにしています。「ディオール(Dior)」は、肌見せをいとわないミニ丈のオンパレードです。それらは女性であることの喜び、女性ならではのカラダを見せようという、行き過ぎたがゆえにジェンダーニュートラルという価値観が支配的になり始めていた時代や私自身への警鐘のように思えました。 
つまり、「女性性」さえ多様性の一つの表現として、もう一度受け入れ、解放しようという流れです。この号の制作を通じて、私はダイバーシティ&インクルージョンが、もう一歩、次の次元に進んだと実感しました。

 

4:<消滅> 最大公約数を求めるマーケティングが通用しない消費者

#20世紀的な最大公約数マーケティングの終焉(しゅうえん)
『自律』の流れがさらに強まっていることを受け、消費者全体を網羅するコミュニケーションはますます難しく、もはや不可能になりました。コロナ前のような生活、ビジネスを思う人は多いようですが、この最大公約数に向けた、コロナ前のマーケティング手法を再開する企業が増えないことを願っています。
ファッション・ビューティーブランドに限らず、特に日本企業は、最大公約数に向けた効率のよいマーケティングで高い費用対効果を求める傾向があります。しかし、コロナ禍で大規模イベントによる集客や店頭キャンペーンは難しくなり、“バズる”を目指した主戦場はSNSにシフト。企業やブランドは“バズる”ための刹那的なコラボレーションに必死で、それこそサステナブル(持続可能)じゃありません。異なる価値観を持つ人々に、自分たちの思いやスタンスを語り掛け、共感してもらう時代だと思っています。
そんなパーパスやビジョン、思いの発信を2年間頑張ってきたんだから、コロナが収束しても、それぞれがそれぞれの思いを自由に発信できる社会づくりに貢献し続けてほしいんです 。
最大公約数に向けて画一的なメッセージを発信し続けることは、私には否定する権利なんてない一つの選択肢だとは思っています。でも、それで消費者までも過去に連れ戻してほしくない。個人的には、そんな風に考えています。 

#メーカーの一方的な“推し”では共感を得られない
もっとも企業が最大公約数を求めても、もう消費者は追従してくれないでしょう。上述の通り、人々が『自律』し始めたからです。
それをうまく感じ取り、ビューティー業界は製品やコミュニケーションを変えてきました。カラーコスメでは、以前ならメーカーが「今年のピンクは、このピンク」と一方的に決めつけていましたが、今は同じ色でも「このピンクが、あなたの血色感を引き出すんです」という、消費者の魅力を引き出したいという思いを打ち出しています。
カネボウ化粧品のプレステージブランド「SUQQU」は昨秋、クリームファンデーションを一新し、これまで「標準色」と呼んでいた最大公約数に向けた色を無くした一方、カラーバリエーションを増やして23色をそろえました。「標準色」は、最も多くの人にマッチするであろう色で、おそらく最も売れていた色です。しかし標準色を買わない人は、「私って、普通じゃないのかな?」と考えてしまうかもしれません。そこで「標準色」という言葉を廃しただけでなく、その色さえなくしてしまったんです。 
今後企業が多くの人の共感を得るには、一方的に発信するのではなく、何となく「なりたい自分」を思い描いている消費者側に「私たちに相談してください。あなたの個性を引き出す選択肢を持っていますから」というムードを発信する必要があるでしょう。

 

5:2022年以降のファッション・ビューティー業界~企業へのメッセージ~

#パーパスを全うする強さ、炎上しても次につなげるたくましさ
企業にとってパーパスが重要であることは、このレポートを読まれている方はよくご存じだと思います。パーパスは、企業の意志そのもの、パーパスがなければ共感してもらえません。
何のために存在しているのかを突き詰めれば、そのブランドにしか語れないパーパスが見つかるはずです。
考えにそぐわない人からは、反論されるかもしれません。社会性も不可欠なパーパスを全うすることに疲弊するかもしれません。しかし、モノでは差別化できない、意志がなければ差別化できない時代を考えると、疲れても、嫌われても、折れない強さが欲しいと思います。
ただし、「パーパスや発信方法が、どこかで、誰かを傷つけているかもしれない」という配慮は必要です。配慮が十分でない場合は、炎上することもあるでしょう。そのリスクを回避するには、いろんな人と対話をしながら、「あなたを傷つけていないですよね」「違和感ありますか?」と確認していく、問いかけのステップが重要です。
でも、それでも炎上することはあるかもしれません。そのときは、「その声は、これまで抑圧されていたり、発することができなかったりした叫び」と捉え、内省の材料にすることが必要です。炎上しても、反省して、次につなげていけばいいと思うぐらいのたくましさは欲しいですね。 

#「一緒に見つける」「寄り添う」「引き出す」がコミュニケーションキーワード
カラーコスメの話の通り、これからは「あなたの個性を引き出しますよ」というメッセージが共感につながると思います。
ただ、「新しい自分になってみたい」と思う人はいても、そのイメージをヘッドトゥトウで(頭からつま先まで)思い描けている人は多くありません。そこで求められるのが、カウンセリングにも似た「一緒に見つける」「寄り添う」「引き出す」接客やアプローチです。
ヘアサロン業界では、数年前はTikTokなどのSNSで上手に集客できる若手スタイリストが人気でしたが、今は30~40歳代の経験豊富なベテランスタイリストの人気が再燃しています。それは、どこに出掛け、どんな服を着るのかといった自分のライフスタイルを理解してくれながら、「なりたい自分」を一緒に考えてくれる姿勢と、それ以上に仕上げてくれるという実力があるからです。
ヘアサロン業界の現象は、ファッション・ビューティー業界全体で起こるでしょう。「一緒に見つける」「寄り添う」「引き出す」コミュニケーションは、これからの当たり前になると予測しています。

 

【電通PRC 編集部の視点】

村上さんのインタビューから、コロナ禍で自分に向き合う時間が長くなり、『自律』の流れが加速したことがファッション・ビューティーの面でも大きな変化をもたらしていることが分かります。マスの最大公約数に訴えかける従来型のマーケティングやメーカーの一方的な「推し」は共感を得られなくなっていく。しかし、そこに新しい可能性を村上さんは感じています。自分で自分の内面を見つめてもなかなか見つけにくい自分の望みや本質。それを「一緒に見つける」「寄り添う」「引き出す」企業やサービスこそがこれから伸びていく。ヘアサロン業界の変化から村上さんが見通すこれからのトレンド、これは消費者から見ても楽しみな未来ではないでしょうか。

(監修・協力=ジャーナリスト・古田大輔)

電通PRコンサルティング トレンド予測レポート 編集部
高橋 洋平
YOHEI TAKAHASHI
第2プランニング&コンサルティング局 6部
今井 慎之助
SHINNOSUKE IMAI
情報流通デザイン局 SD5部
佐藤 佑紀
YUKI SATO
第2プランニング&コンサルティング局 4部
鶴岡 大和
YAMATO TSURUOKA
情報流通デザイン局 データソリューション開発部
上運天 ともみ
TOMOMI UEUNTEN
情報流通デザイン局 SD3部