この記事は時事通信社『地方行政』2022年2月3日号に掲載された記事です。
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好循環なまちの原点

 JR山陽線の起点である神戸駅から西進して間もなく、コバルトブルーの海原が視界に広がる。淡路島が眼前に近づくと、世界最長のつり橋「明石海峡大橋」がさらにパノラマを演出する。大阪湾と播磨灘を分けるこの海域はマダイ、マダコ、ノリに代表されるブランド海産物の宝庫として知られる。近年は環境の変化が生態系に及ぼす深刻な影響を食い止めるため、豊かな漁場を守り育むためのさまざまな取り組みが続けられている。
 11月に開催される「第41回全国豊かな海づくり大会兵庫大会」の会場ともなる兵庫県明石市は、地域行政の情報サイト「生活ガイド .com」が昨年10月に発表した「全国戻りたい街ランキング2021」で、第1位に輝いた。調査では、都会と田舎のバランスの良さ、利便性、自然環境、食のまちとしての魅力などを評価する意見が目立ったという。それを裏付けるように、同市は9年連続で人口が増え続けており、直近の国勢調査では中核市における過去5年の増加率も全国一となった。ただし、この現象はいわゆる先天的に備わったまちのポテンシャルによるものだけではない。
 近年、明石市が選ばれる幾つかのポイントに共通したキーワードは「安心」と言える。とりわけ、所得制限を設けない中学生(現在は高校生)以下の医療費無料化や、第2子以降の保育料完全無料化から動きだした「こどもを核としたまちづくり」が、子育て世代の支持を得て大きな活力源となっており、出生率も上昇している。こうした人口増加はまちのにぎわいや地価の上昇をもたらし、市民税や固定資産税、都市計画税などの税収が市財政を潤す。それを的確に政策へつなげれば、まちの活気に拍車が掛かるとともに、より市民サービスが向上し、安心が生まれる。これが好循環都市の構造だ。
 同市はさまざまな境遇の子ども、高齢者、障害者、さらには認知症発症者、ひとり親、ひきこもり、犯罪被害者、そして更生支援に至るまで、誰一人取り残さない「やさしい社会を明石から」をコンセプトに、新しい施策を次々と生み出している。「明石から」には就任から10年が経過した泉房穂市長の、国に先駆けて、そして全国の地方自治体に広げていくという、先進性と普遍性を備えた熱意が表れている。

インクルーシブなまちづくり

 2020年に内閣府から兵庫県内初の「SDGs未来都市」に選定された明石市は、「SDGs未来安心都市・明石〜いつまでも すべての人に やさしいまちを みんなで〜」と銘打ったSDGs未来都市計画を策定。間もなく、22年度から30年度までの9年間を対象とした「(仮称)あかしSDGs推進計画(明石市第6次長期総合計画)」がまとまる。
 並行して「すべての人が自分らしく生きられるインクルーシブなまちづくり条例」(略称「あかしインクルーシブ条例」)の検討も進んでいる。これは子どもや高齢者、障害者ら、先に挙げた多様な人々を横断的に包み込むもので、「持続可能な開発目標(SDGs)」の土台にある人権尊重の理念と合致した指針だ。その特色は、ともすれば支援が必要な人を年齢や性別など、特定の属性によって固定化しがちになるところを、加齢や病気、けが、失業などで誰もが支援を必要とする状態になり得るという観点で、多様な当事者の参画を柱とする点にある。主管する政策局SDGs推進室は、例えば施設改修に際して障害者による現地視察や意見交換の場をコーディネートし、それを踏まえた改善案の検討・調整と検証を行う「インクルーシブアドバイザー制度」をモデル的にスタートさせている。
 「あらゆる施策はマイノリティーへの支援としてではなく、当事者が抱える暮らしづらさの解消に向けた取り組みをまちづくりの一環と捉え、みんなで進める」。この考え方は多様性を認め合うインクルーシブ社会の根幹を成す定義と言えるのではないだろうか。

施策のスタートライン

 言うまでもなく、これは性的マイノリティーの「LGBTQ+」についても同様で、明石市の施策は差別や偏見に苦しむ人への支援はもちろん、市民や事業者、地域団体などの「自分ごと」化の推進が基本方針となっている。このため、同市のLGBTQ+施策の起点には「SOGIE(ソジー)」への理解浸透が位置付けられている。これは身体的特徴に基づく性別だけでなく、性的指向(Sexual Orientation)、性自認(Gender Identity)、性表現(Gender Expression)を加えた四つの要素の組み合わせは千差万別であり、すべての人が当事者であるというものだ。その多様な性の組み合わせの中でLGBTQ+が差別されることなく、ありのままで生きられるまちを目指している。
 同市のLGBTQ+に関する取り組みは、18年4月に市民団体が結成されたことに端を発する。翌19年に初開催された「明石プライドパレード」には88人が参加した。市はこの直後に本施策を担う専門職員を全国から募集し、20年4月に採用者2人を含む「LGBTQ+/SOGIE施策担当」がSDGs推進室内に発足。同7月には専門相談窓口「明石にじいろ相談」が開設された。ちなみに全国的に例のない、この専門職員の公募には99人のエントリーがあった。

多様な家族のために

 LGBTQ+/SOGIE施策には、①相談②ネットワーク③制度④研修・教育⑤啓発──という、大きく五つのミッションが設定されている。
 ①相談……前述の「明石にじいろ相談」で当事者や家族、事業者などからの相談に対応している。これまでに受け付けた相談は約200件に上る。
 ②ネットワーク……医師会、医療機関、商工会議所、青年会議所、宅建協会、地縁組織で構成するネットワーク会議を20年8月に設置。中でも医療機関とは検討や意見交換を重ね、20年12月に市民病院など3医療機関と、21年4月には市医師会と連携協定を締結した。
 ③制度……「明石市パートナーシップ・ファミリーシップ制度」を21年1月に施行し、これまでに18組が届け出ている。従来のパートナーシップ制度はパートナーである2者の関係を証明するにとどまっていたが、明石市の制度では新たにパートナーと一緒に暮らす子どもを含めた家族の関係性も証明する。これにより連携医療機関での対応、市営住宅や市内の県営住宅・県公社住宅への入居、市営墓地の使用・継承、犯罪被害者等遺族支援金の給付のほか、住民票世帯が同一のパートナーによる税証明書の申請、同居パートナーによる保育施設の入所申し込みが認められるようになった。住民票の続柄を「同居人」から「縁故者」に変更することもできる。
 パートナーシップ制度の施行は、15年11月に風穴を開けた東京都の渋谷区と世田谷区から数えて74番目。東京都も22年度の導入を表明している。一方、子どもを含める制度は明石市が全国初で、徳島市、東京都足立区、福岡県古賀市、愛知県豊田市、埼玉県入間市、徳島県三好市、埼玉県川島町の8自治体に広がっている。
 また、多様なニーズに寄り添うために6種類の届け出様式を用意したのも明石市独自のこまやかな取り組みだ。「パートナーシップ届」「ファミリーシップ届」のほか、「結婚届」「家族届」「事実婚届」、そして「◯◯届」部分が空欄で、自由に記載できる様式を選択できる(前ページの写真1)。さらに従来の各種申請書類について、性別記載欄のある様式を洗い出し、全373件のうち225件で廃止が可能と判断、ガイドラインの策定と様式の改訂がなされた。併せて条例や規則、要綱、マニュアル類の改正も行われた。

写真1
「パートナーシップ・ファミリーシップ制度」の届け出用紙 (提供:明石市)

 加えて、市職員がこの制度を利用する場合、従来の結婚関係と同様の特別休暇や互助会などの福利厚生を得ることができるとし、民間企業などに手本を示した。
 ④研修・教育……制度関係とセットで進めなければならないのが研修だ。対象は職員、学校教職員、保育士をはじめ、市関連施設の従業員、地域の人権教育推進員、民生児童委員ら多岐に及ぶ(写真2)。一方、子どもを核とした、やさしいまちづくりを進める市として最も注力しているのが、児童・生徒への教育だ。SOGIEを一人ひとりの大切な個性として尊重し合う日常が若い世代に根付くことは、目指す未来像の実現に大きな役割を果たす。このため、子ども向けウェブサイトの作成とその案内カードの配布、教職員研修や関連図書の配布などとともに、学校への出前講座を積極的に実施している。ただし、出前講座は地域団体や民間事業者に対しても行っているため、人手の限界がある。研修用の動画も用意されているが、市の専門職員や外部講師が伝道師となり、ボトムアップを図ることを課題としている。

写真2
出前講座の様子(提供:明石市)

 ④啓発……明石市が掲げた「LGBTQ+フレンドリープロジェクト」のキャッチコピーは、「ありのままがあたりまえのまちづくりをみんなで」。前述の通り、その啓発のベースをSOGIEに設定している。そこで学校教育の現場、SOGIEなどの言葉に親しみにくいと思われる高齢者や地域団体など、誰もがこのテーマに触れやすくするため、自分のSOGIEも他人のSOGIEも大切にできる人を「ソジトモ」と呼び、その輪を広げるスキーム(枠組み)を考えた(写真3)。
 その一つが「ソジトモドリル」である。レベル1はSOGIEとは何かを学習し、レベル2はソジトモとして、どのように行動すべきかを学ぶ。学習用に動画が用意されており、「ソジーってなに?」「ソジーにまつわるギモン」「LGBTQ+の困りごと」「カミングアウトされたらどうする?」という四つのチャプター(章)で構成されている。三つ目のチャプターは学校編、病院編、事業所編に分け、アウティング(本人の性の在り方を同意なく第三者に暴露すること)や、SOGIEハラスメント(ソジハラ)の知識も得られる。レベル1でソジトモになり、レベル2をコンプリート(完成)すると、バッジやステッカーがもらえる仕組みだ。

写真3
「ソジトモ」啓発イラスト(提供:明石市)

 また、パートナーシップ・ファミリーシップ制度のキックオフ後、LGBTQ+/SOGIE施策の本気度を市民に示す「明石にじいろキャンペーン」と題したプロモーションが第1弾、第2弾に分けて展開された(写真4)。まずは駅、中心市街地、店舗、公共施設、そしてクリスマスツリーに至るまで、性の多様性を象徴する6色のレインボーで装飾し、とにかく多くの人々の目に触れる機会を創出した。
 明石駅前にそびえる再開発ビルのレインボー階段は常設化が決まった。イベントでは、市民図書館の出張ソジトモ講座、パネル展示や映画上映、関連図書コーナーの設置をはじめ、ショッピングセンターとのコラボレーションイベント、性的マイノリティーの話題を発信しているユーチューバーのかずえちゃんを招いてのセミナーなどが集中的に実施された。

写真4
「にじいろキャンペーン」で装飾された市内の様子(提供:明石市)

戦略の意義

 市は、広報媒体での定期的な特集やツイッターによる情報発信をプラットフォームとし、民間事業者、関係機関・団体、マスメディアなどを継続的に巻き込むことで、今後も制度の周知を図る意向だ。一方で制度の実効性を高める必要もある。つまり、制度の利用者が日常生活の中で実際に証明書を活用できる場面を増やし、課題やニーズに柔軟に対応していく姿勢が求められている。
 冒頭で明石市が選ばれる理由のキーワードを「安心」と記したが、それは同市が安心なまちということではない。例えば、17の世界的目標(ゴール)を掲げるSDGsには169のターゲットと232もの指標がひも付いており、それらをクリアした上で持続していくのは至難の業だ。
 19年の市民意識調査で対象者の91.2%から住みやすいとの回答を得た同市は、素晴らしくハイスコアであると評価できるが、個々の人間がそうであるように、恐らく100%の満足を獲得することはない。重要なのは、満足していない市民の中に、何らかの理由で理不尽な生きづらさを強いられている存在を見過ごさないことだ。そして、多少不完全であっても迅速に問題への対処を始めることが、取り返しのつかない最悪の事態を免れることにつながる。
 明石市のLGBTQ+施策は、性的マイノリティーを理解・支援する人(ALLY〈アライ〉)ではなく、誰もが当事者(SOGIE)であるというところからアプローチしている。その成果を着実に高めていくことは、LGBTQ+以外の課題分野にも応用できるという点で意義があり、期待と責任も大きい。(文中の情報は21年11月現在)

筆者

電通PRコンサルティング・南部哲宏