はじめに

新型コロナウイルス感染症(以下”コロナ”)の世界的流行は、生活者の行動や価値観を大きく変えました。電通PRコンサルティングでは、この変化を踏まえ、2021年に企業や団体が取り組むべきコミュニケーション課題を各界のオピニオンリーダーと共に、先読みしていきます。

 


 

「エンターテインメント」篇

「電通PRトレンドレポート」の第6弾は、コロナの感染拡大により、市場全体に大きな影響と変化をもたらした「エンターテインメント」がテーマです。

お話を伺ったのは、「エンターテック」というビジョンを掲げ、エンターテインメントとテクノロジーを結び付ける数々の事業を手掛けるParadeAll代表取締役社長の鈴木貴歩さん。コロナ禍がもたらした「エンターテック」の進化を踏まえ、今後の企業コミュニケーションへの活用について、電通PRコンサルティングがそのトレンドを読み解きます。

 

鈴木さんは、「コロナによって、4Gから5Gへの移行期間は一気に縮まり、表現もビジネスもリアルとバーチャルのハイブリッド化が進むだろう」と予測しています。

コロナ禍がもたらしたエンターテインメント市場におけるファンの行動変化、来るべき5G時代を見据えたコンテンツやビジネスの変貌予測について鈴木さんにお話をお聞きしました。

 

 

1. コロナ禍でのファンの意識と行動変容が、エンタメビジネスの進展に貢献

かねてエンターテインメントコンテンツは、CDやDVDの所有というかたちから、YouTubeに代表されるクラウド上のコンテンツにアクセスする楽しみ方へと移行してきましたが、対価を払うところにはハードルがありました。しかし、今回のコロナで、そのハードルが大きく下がったのは大きな変化です。

視聴者側の意識と行動の変化とコンテンツ提供側の機能の進化、この両者の変化によって、エンターテインメント業界のマネタイゼーションの仕組みが大きく進展しました。

#ファンの変化と配信機能の進化が新しいマネタイゼーションの仕組みに

私は「配信ライブ」と呼んでいますが、有料の無観客配信ライブは、十数年前のブロードバンド時代からトライされてきたものの、一部の大物アーティストを除いては、なかなかビジネスとしては成立していませんでした。しかし、コロナ禍でライブを行う、見ることが難しくなる中、アーティストの活動を支えたいというファン心理が生まれ、配信ライブに対価を支払う心理的ハードルが大きく下がりました。

また、配信側の機能の進化も普及の大きな要因です。YouTubeなどのストリーミングサービスでは投げ銭(スーパーチャット)が可能となり、アーティストは、チケットと投げ銭という二つのマネタイゼーションの仕組みを得ることができました。ぴあやイープラスといった既存のチケット企業に加えて、サイバーエージェント、U-NEXTのようなネット企業が続々と参入し、有料チケット制の配信ライブプラットフォームが一気に整備され浸透しました。

一方、事務所に所属していないインディーズアーティストの瑛人さんは、音楽ストリーミングサービスで「香水」を配信し、TikTokで火が付き、独立系アーティスト初の国内チャート1位を獲得しています。PCさえあれば音楽制作から流通まで一人で完結でき、多くの人の心を捉えたコンテンツが認められる、真の意味でのエンターテインメントの「民主化」が起きたことも、コロナ禍を象徴する出来事といえるでしょう。

 

#エンタメ市場は、リアルとライブを組み合わせた「ハイブリッド」なビジネスモデルに

現在、ライブやスポーツ観戦も一定条件の下に解禁の動きが出てきています。今後のスポーツ・エンターテインメント市場においては、リアルと配信ライブを組み合わせた「ハイブリッド」が一つのビジネスモデルとなってくるでしょう。

コロナ禍で配信ライブが広がったことで、都市部から離れたところに住む地方の人もエンターテインメントにアクセスしやすくなりましたが、私は、単にリアルの代替としての配信ライブにとどまらず、オンラインならではの体験の創出も必要だと思っています。

 

 

2. 5Gは、エンタメ体験「真のオンライン化」のラストワンマイル

リアルでも配信ライブであっても、「一緒に盛り上がりたい」というファン心理は不変です。配信ライブであっても、ライブ会場やスタジアムで味わうような一体感や没入感をファンは本来欲しているはずです。しかし、こうしたニーズに応える決定版といえる機能やサービスがまだ出てきていません。

私は、コロナ禍で欧米と日本の配信ライブを50コンテンツぐらい見てみましたが、リズムを照明で表現するなど、音楽の要素を分解して視覚と聴覚への刺激を最大化しようという演出や、ライブ中のスクリーンショットを撮ることをOKにし、スクショすると“シェアしましょう”と促す機能もあり、日本には無い工夫を感じました。今は、サポートしたいという心理でファンも対価を払ってくれていますが、アフターコロナも視野に入れながら、配信する側もファンの感情移入を促す工夫がもっと必要になると考えています。

 

#バーチャル空間のプラットフォームが影響力を持つ媒体に

オンラインでエンターテインメントやスポーツを楽しむ上で、キーワードになるのが「バーチャル体験」です。

バーチャル空間を活用した新しい試みで話題になった、横浜DeNAベイスターズの「バーチャルハマスタ*1」、ゲームソフトの「あつまれ どうぶつの森(あつ森)*2」、バトルロイヤルゲーム「フォートナイト*3」、これらに共通するのは、熱烈なファンを基盤としたプラットフォームの活用です。

まだ事例は少ないですが、バーチャルならではのプラットフォームの空間の中で、いろんな人がアクセスし動く場に、アーティストが自分たちの表現を持ち込んだり、エンターテインメントを提供する新しいアプローチは、今後どんどん増えてくるでしょう。

*1: 横浜DeNAベイスターズとKDDIが実施した、VR空間内で実際のプロ野球の観戦体験ができるというもの。ただリモートで試合観戦するのではなく、バーチャル空間の中にアバターがいることで、グラウンド上で動き回ったり、記念撮影ができる。

*2:無人島で仲間との交流と暮らしを楽しむNintendo Switchのゲームソフト。ユーザーの拡大によりアート界やファッション業界からのコンテンツ提供が相次いでいる。今秋行われた米大統領選では、ジョー・バイデン氏の陣営が「あつ森」の中に「選挙本部」を開設し、話題となった。

*3:Epic Gamesのバトルロイヤルゲーム。過去に、米国の人気ラッパーTravis Scottをはじめとした世界的アーティストがスペシャルイベントを披露している。2020年8月には、日本人アーティストとして初めて米津玄師が出演し、話題を集めた。

 

 

#「5G時代のエンターテインメント」は、デバイスの普及と新世代の表現者によって生まれる

バーチャルエンターテインメントにおいて効果的なストーリーテリングで没入感や共感を得ていくためには、おのずとXRなどテクノロジーの力を借りることになります。中でもファンとの一体感、インタラクティブ性を生み出すには、時間的なずれのなさが重要です。そこを担うのが、超低遅延、超多接続の5Gで、インタラクションを埋めるラストワンマイルになっています。

5Gのネットワーク上に、AIとxRとブロックチェーン、これらの3要素が組み合わさることで5G時代ならではのエンターテインメントが生まれてくることになると思いますが、それを加速させるのが受け取る方のデバイスの普及です。私はコロナ前は、4Gから5Gへの移行に5年はかかるとみていましたが、コロナによって一気に移行期間が縮まり、今は早くて3年とみています。

受け取る側の環境が整い、5Gを活用した新世代のアーティスト、クリエイター、ビジネスマンが出てくることで、「5G時代のエンターテインメント」のメインストリームが見えてくるでしょう。

 

《鈴木氏が考える5G時代のエンターテインメントの3要素》

https://note.com/novaexp/n/nbeacc3d05705

 

 

#5Gの普及により、変幻自在のバーチャルヒューマンがインフルエンサー化

人にフォーカスすると、これからはデジタル技術を駆使して作られた「バーチャルヒューマン」がインフルエンサーやアーティストとして活躍することが、当たり前になってくると考えています。

海外では、2016年に、バーチャルヒューマンのリル・ミケーラがデビューし、2019年には、米国ロサンゼルスと東京に本拠を持つスタートアップ企業「1SEC」が、日本初の男性バーチャルインフルエンサーをデビューさせました。業界ではこの動きが注目を集めていたものの、一般的にはまだまだYouTubeやTikTokなどから誕生するインフルエンサーの方が注目されていた中、コロナ禍で、バーチャルインフルエンサーの存在感がグッと高まりました。アパレルメーカー、飲料メーカー、商業施設など数々の企業がバーチャルヒューマンを起用し、「#剃るに自由を」をスローガンに掲げた、バーチャルヒューマンが“脇毛”を見せる貝印の広告はSNSでも話題になりました。

バーチャルヒューマンを起用するメリットとしては、当然コロナ禍における感染リスクの回避もあるとは思いますが、バーチャルだからできる新しい表現やリアルな人間が持つ既成イメージがないことが、よりクリエーティブな表現を可能にしているのだと思います。

 

 

3. バーチャル空間でのPRコミュニケーションが当たり前の時代は間もなく

ここまで述べてきたように、コロナ前と比較して、生活者がバーチャル空間に滞在する時間は圧倒的に増えてきました。企業もバーチャル空間でより密接に生活者とコミュニケーションが取れるコンテンツを実現できれば、よりクリエイティブなかたちで企業メッセージを伝え、効果的なプロモーションを図ることができます。既存のプラットフォームを活用するだけでなく、自社で新たなプラットフォームを開発することも可能ですし、バーチャル空間での態度変容もトラッキングすることができるようになると思います。

表現の自由度が高く、空間に制限のないバーチャル空間は、企業にとっても活用の伸びしろがまだまだあるので、ぜひ既成概念にとらわれずに取り組んでみてください。

 

#フィジカル空間とバーチャル空間を連携させた「三次元記者発表会」も可能に

コロナ禍で多くの記者発表会がオンライン化され、これまでできていた会場でのハンズオンもオンラインでやらざるを得なくなっていますが、超高速、超低遅延の5Gであれば、フィジカル空間とバーチャル空間を連携させる「デジタルツイン」をハイレベルで実現できるでしょう。実際に、実写三次元撮影(空間内の物体の位置まで記録する)を可能にする「ボリューメトリックキャプチャ技術」も実用可能になっています。

こうした技術を活用すれば、記者発表の会場でメディアにプレゼンテーションをするのと同じように、オンラインでのプレゼンテーションが可能になるだけでなく、ユーザーに向けてもこれまで店頭などが主だった商品説明やハンズオンなどの体験を、オンラインでストレスなく行うことが可能になります。

 

#ビジネスとしての仕組みにするには、体験設計とユーザーとのエンゲージメントがカギに

新たな技術を用いて「世界初」「日本初」と発信することは広報でもよく活用される手法ですが、ユーザー側にテクノロジーを試してもらうだけではなく、表現の型を工夫して継続的に楽しんでもらえる取り組みにならなければ、ビジネスとしての“仕組み“になりません。

講談師の神田伯山が展開するYouTubeチャンネルが、第57回ギャラクシー賞テレビ部門フロンティア賞を受賞しましたが、彼が支持されているのはファンにきちんと向き合い、テーマ、動画のクオリティ、アップロード頻度といった体験設計を、ファンの期待と自分ならではの表現とそれぞれうまく擦り合わせているからだと思います。

現在の環境に合わせた新しい技術の導入とともに、ユーザーがついてこられる体験設計を図り、ユーザーに向き合いながらエンゲージメントをつくっていく、そうした企業がこれから台頭してくるのではないでしょうか。(敬称略)

あとがき:

【電通PRトレンド予測レポート編集部の視点】

「バーチャル」はエンタメを皮切りに社会に実装されていく。全ての広報担当が注目すべきエンターテック=「5G」と「バーチャル」

エンタメ領域の最新トレンドとして、リアルとオンラインの「ハイブリッド化」、そして5G普及の先にあるバーチャルの一般化という未来を鈴木氏は示しました。振り返ってみると、例えば個々が連動しながら発光する腕時計型のIoTデバイスがライブ観劇やスポーツ観戦にいち早く取り入れられたことで、テクノロジーに関心の薄い生活者までもがIoTの価値を認識したように、5GとXR、AIをフル活用した「新しいバーチャル」も、エンタメやスポーツ領域から世の中への実装が進んでいく可能性が高いのではないでしょうか。現にゲーム内のバーチャル空間を、企業・団体が生活者との接点、発信の場として活用する事例は増えてきています。今後、バーチャル空間をコミュニケーションプラットフォームとして企業が活用することは、企業がSNSアカウントを運用するのと同じくらい当たり前のことになりそうです。そして表現の自由度が高いバーチャル世界だからこそ、今にも増して企業のコミュニケーションセンスによってエンゲージメント力に差がつきそうです。PRパーソンとしては、エンタメ領域の最新事例やトレンドを知ることで、次のPR手法の可能性を知ることができるでしょう。

 

広報部員がバーチャルヒューマンとして生活者と対話する時代がやってくる!まずは初めの一歩

前述の通り、コロナ禍により「バーチャル」に対するニーズは格段と高まりました。今後バーチャル世界が交流の場として定着していくということを念頭に置くと、様々なコミュニケーション手法を理解する必要のあるPRパーソンにとって、バーチャルの使いこなしも必須技能となってきます。しかし使いこなすにはセンスや経験が必要であり、今から徐々に活用していきながらノウハウを蓄積していくことが重要です。例えば記者会見ですが、最近では感染対策をしながらのリアル型での記者会見が増加している傾向にありますが、バーチャルを取り入れたハイブリッド型にしながら、対メディア、対生活者双方への発信手段としてVRを活用してみるなど、次を見据えた取り組みは注目されていくでしょう。そして近い将来、SNSアカウントを運用するようにバーチャルヒューマンを操り、直接生活者とコミュニケーションをとっていく広報担当者が一般的になってくるかもしれません。

 

コミュニケーションへの著名人の起用、これからは「推し事」視点が必要に

最後に触れたいのは企業と生活者をつなぐための著名人起用(タレントやインフルエンサーなど)についてです。マスからソーシャルまでメディアの種類を問わず、企業のコミュニケーションにとって著名人の起用はインパクトの大きいソリューションです。特にミュージシャンやアーティストなどの表現者はコロナにより既存の表現・ビジネス機会を奪われるという危機的な状況に。ファンも一緒にそれを乗り越えようと、購買や発信により活動を支えていこうという気持ちが強くなりました。これにより、SNS上を中心に文化化していた「推し事」(購買や発信で好きなタレントやクリエイター等を応援する行為)がさらに一般化したと言えるのではないでしょうか。これまでの著名人の起用といえば、ネームバリューや発信力(+もちろんブランド親和性も)を期待してのことが多かったかもしれません。しかしこれからは企業版「推し事」のようなイメージで、タレントや表現者の活動を後押ししていくようなパートナーシップ型の起用やコミュニケーション展開が時代にマッチした手法といえるでしょう。そうすることで、ファンとのエンゲージメントを一層深化させていくことができるのではないでしょうか。

 

 

(監修・協力=ジャーナリスト・古田大輔)

 

 電通PR トレンド予測レポート 編集部
   植野 友生 TOMOMI UENO

 情報流通デザイン局 コミュニケーションデザイン部

 今井 慎之助  SHINNOSUKE IMAI
 情報流通デザイン局 ソリューションデザイン3部 兼 コミュニケーションデザイン部
 高橋 洋平 YOHEI TAKAHASHI
 情報流通デザイン局 コミュニケーションデザイン部