日本では、海外の渡航制限が緩和され、インバウンドの観光客が増えるなど、徐々に観光需要が増加しています。一方で、中国はアフターコロナの政策に苦戦しており、各地で市民の不満が噴出、習近平政権三期目のスタートがスムーズなものとはなっていません。米国はいち早く通常の経済に戻しており、マスクの着用もほとんどなくなりました。政治的には、中間選挙で当初想定されたよりも共和党の得票が伸びず、バイデン大統領はレームダック化を辛うじて回避することができましたが、社会的にはライフスタイルの変化やZ世代の台頭、インフレで社会トレンドが大きく変わりつつあります。
この10月に、ニューヨークに2003年から在住し、アメリカの社会・経済・政治状況やトレンドを発信している国際ジャーナリストの津山恵子氏が来日、電通PRコンサルティングでご講演されました。津山氏のようなジャーナリストの方や有識者、シンクタンクなどから最新の情報収集を行うことは日本企業のグローバル経営にとっては欠かすことができません。海外の状況やイシュー、リスク、足下の社会現象などを早期に把握するパブリックアフェアーズ活動が今後も重要となってくるでしょう。
アメリカ社会はポストコロナ時代へ
アメリカは完全にポストコロナの時代に突入したと考えています。私の住んでいるニューヨークは2020年の冒頭に地獄を見ました。近くの病院では、死亡者のための保冷車・コンテナが4台も並んでいました。その後、かなり激しくワクチン接種を進め、また感染者も多かったことから、現在では85%程度の人たちが免疫を持っている、つまり集団免疫を確立した状態になっています。
それに伴って、6月末くらいからマスクなしの生活に移行しています。街角で無料のPCR検査をしてくれるテントがあるのですが、そこで検査してくれるスタッフもマスクをしていません。
ライフスタイルの変化
以前のような、会社に100%出社するという状態には戻らないと考えています。ニューヨーク市内の出社率は、9月の調査では1日平均49%、ハイブリッド(週に2~3日の出社、あとは自宅やカフェで仕事)が中心になっていて、5日出社している人はわずか9%ということです。
働き方が以前には戻らない理由としては、今、人材不足で「売り手市場」ということがあげられます。AERAのWebに記事を書きましたが、「The Great Resignation=大退職時代」になっています。コロナで今までの働き方を見直し、自分らしいワークライフバランスを改めて考えて、もう少し心地よい働き方をしたいという人が増えているのです。このような人たちが、「大退職」していると言っていいでしょう。
インフレ、景気への不安
9月の消費者物価指数は8.2%、6月は9%を超えていました。日本どころではない、大変な物価高です。何でも10%以上、高くなったという印象です。
マンハッタンのアパート賃貸料は平均5000ドルを超えていて、今の換算レートだと70万円にもなります。日本から来た駐在員の方も1LDKくらいでこのくらいは払っていると思います。
一方で、リモートワークが5割ということで、オフィスの賃貸料は大きく下落しています。小さいオフィスへ移転する企業も多いです。
また、アジアンヘイトのような治安悪化も大きな問題になっています。ゴールドマン・サックスのCEOが市役所とニューヨーク市警に対して、社員が安全な通勤ができるようにと安全確保を要請していて、それができなければ、出社しないリモートワークにするということも発言しています。アメリカでは、社会の分断およびこのような治安の悪化について「Civil War=内戦」という表現も使われています。
アジアンヘイトに対するデモ
市民生活は今、バブルなのか危機なのか
物価が非常に上昇しており、体感的には10~20%上がっています。レストランのメニューもとても高いです。先月の文藝春秋に「ニューヨーク物価高ライフ」という巻頭随筆を書きましたが、本当にニューヨークの生活は厳しくなってきています。
グランドセントラル駅にあるレストランのメニューは、イカフライ(カラマリ)が20ドル(2800円)、パスタが35ドル(4900円)、グラスワインが20ドル(2800円)を超えているような状態です。これに、税金とチップがつくのでさらに25%くらい高くなります。しかし、アメリカ人の所得もあがっているため、常に満席です。生活に苦しんでいるのか、バブルなのか、よくわからない状態です。
いつも満席のレストラン(グランドセントラル駅)
注目される社会動向
アメリカでは、Z世代とミレニアル世代がすでに最大の消費層になっていて、企業にとっては絶対に無視できない世代になっています。Z世代が25歳以下、ミレニアル世代が40代です。この世代の特徴は、環境コンシャス(意識が高い)、ダイバーシティ、そして健康コンシャスであることです。
環境コンシャスの例としては、例えば、「食べ物では肉は食べるけど、牛肉は食べない。なぜなら、牛の飼育は最も温暖化ガスを排出するから」というものです。ダイバーシティに関しては、今のZ世代は小学生の頃から、過半数が非白人という人種構成、小学校の時点ですでにLGBTQの同級生がいるという環境で育っているので、それが当たり前として育っています。日本企業としては、この点に留意しなければなりません。
企業のESG動向
アメリカではESGは政治に非常に左右されると思います。とくに、E(環境)は州によって大きく考え方が異なります。
乗用車やトラックのゼロエミッション化について、カリフォルニア州など16州+ワシントンDC、主に民主党の地盤の州では、2050年前に中型・大型車の新車販売台数の100%、2030年までに30%にするという目標を立てています。
逆に共和党地盤の州では、トランプ支持者も共和党穏健派の人たちも「人類による地球温暖化はない」ということを信じています。だから、共和党の地盤では、とくにEはアピールしづらいところだと思います。
実はESGとかSDGsというキーワードはアメリカではあまり聞きません。個別企業からは聞くことはあるし、企業の広告でもESG、とくにEはアピールする企業はありますが、州によって違うCMを打っているのではないでしょうか。それは日本企業も同様だと思います。
注目される米企業
注目される企業を時価総額と就職したい企業に分けてみていきたいと思います。
まず、時価総額が高い企業では、アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、メタ(フェイスブック)、テスラなどのIT企業があげられます。
Zやミレニアルを中心に、就職したい企業を見てみると、WFH(Work from Home)か、ハイブリッドで仕事ができる会社。または、環境やダイバーシティに配慮している会社。もうひとつ面白いのが、自分のキャリア形成に口を出さない会社も人気になってきました。どういうことかいうと、自分は出世しなくてもいいので、ゆっくり働きたい、ワークライフバランスを重視した生活をしたいという人は1週間に30時間や35時間働けばよかったり、もっと働いて出世したい人は50時間でも60時間でもかまわないという、フレキシブルな制度のある企業というのが注目されてきました。業でいうと、パタゴニアやホールフーズ、テスラ、ウォールマートなどです。ウォールマートは意外だと思うでしょうが、シリコンバレーで勤務しているエンジニアの人たちは半永久的に出社しなくても良いということです。
「売り手市場」「大退職時代」のアメリカでは、良い人材の確保が大変重要です。選ばれる企業になるためには、数年前のBLM(Black Lives Matter)や今回の人工妊娠中絶は取り組まざるを得ないテーマです。日本人にとってはなかなかわかりづらいテーマですが、銃規制と並んで妊娠中絶の問題は、両方が譲れないという世論を真っ二つにするテーマです。Zやミレニアルの良い人材を獲得する上では、ディズニーのように人工妊娠中絶の支援を福利厚生として行わざるを得ないのではないかと思います。
日本企業がアメリカ企業との競争、グローバル企業との競争をする上では、ダイバーシティ重視の取り組みをZやミレニアルにアピールしていく姿勢が求められています。
米最高裁が人工妊娠中絶権を認めた判決を破棄したことへの抗議デモ
(本記事は(一社)日本能率協会のオウンドメディア"JMA GARAGE" サイトに寄稿したものです)
執筆
許 光英
コーポレートコミュニケーション戦略局パブリックアフェアーズ戦略部
シニア・チーフ・コンサルタント