はじめに

新型コロナウイルス感染症(以下”コロナ”)の世界的流行は、生活者の行動や価値観を大きく変えました。電通PRコンサルティングでは、この変化を踏まえ、2021年に企業や団体が取り組むべきコミュニケーション課題を各界のオピニオンリーダーと共に、先読みしていきます。

 


 

「メディア」篇

第8弾のテーマは、企業の広報や事業のPRに携わる方にとって最も関心があると思われる「メディア」、お話を伺ったのは、ジャーナリストで株式会社メディアコラボの代表・古田大輔さんです。

古田さんには、コロナ禍がメディアにもたらした影響や予測される報道姿勢を踏まえ、企業側に求められる広報活動のあるべき姿について伺いました。

Photo:Shunichi Oda

 

 

1. メディアの変化と展望

 情報環境は「欠乏から過剰へ」、ゲームチェンジしたデジタル社会の中でレガシーメディアは“新・新興メディア”になれるか

一般的に、新聞、雑誌、テレビといったメディアを「レガシー(先祖伝来の)メディア」、ネットを軸に展開するデジタルメディアを「新興メディア」と区分しがちです。しかし、日本の新聞社や出版社が運営するオンラインメディアも多くはすでに10年以上の歴史とネット専業メディア以上の実績を持ち、この5年でその動きがさらに加速している中で、私はこの定義自体が古いと思っています。全てのメディアはデジタル化していきます。その方が便利だから。注目すべきは、歴史的に豊富なリソースを持つレガシーメディアがその力を生かして、「新・新興メディア」といえる存在になれるか、です。

 

#世界で最も有名なコロナに関するデジタルコンテンツは新聞社が作った

コロナとメディアという関係でいうと、改めて明らかになったことは「人は情報を求めている」ということです。Web解析ツール「チャートビート」は、世界中のニュースサイトで3月上旬からコロナ関連の記事のページビュー(PV)が急増しているというデータを発表しました。

 

《注釈》 その他の記事(青地部分)のPVはほぼ変わらないのに対し、2月下旬に入りコロナ関連の記事(オレンジ部分)のPVが増え、全体のPVを1.4倍に押し上げている。

 

ひときわ注目を集めたのが、アメリカの大手新聞紙「ワシントン・ポスト」が3月に公開した「なぜ、コロナウイルスのような感染症は指数関数的に広がるのか、そして、その急拡大を抑制するには(英文)」と題した記事です。ロックダウンによって人の移動を制限すれば、どれだけ感染スピードを抑えられるのかをシミュレーションに基づいて視覚的に表現したこの記事は、オバマ元大統領や著名人、各国の首脳たちもシェアし、ワシントン・ポストのデジタル版で史上最も読まれた記事となりました。紙では不可能な広がりです。

新聞社のDX(デジタルトランスフォーメーション)といえば、「ワシントン・ポスト」以上に有名なのが「ニューヨーク・タイムズ」。世界で最高のデジタルコンテンツを作っており、いずれ新聞の印刷をやめるという声すら上がっています。新興メディアに読者を奪われ、倒産の可能性さえ指摘された10年前とは打って変わって、世界最先端の「新・新興メディア」として、成長を加速させています。

日本の大手新聞社やテレビ局は、大手インターネットメディアの100倍規模の収益を挙げています。海外のメディアと同様、デジタル化を進めていますが、紙や地上波であまりにも巨大な成功を収めていただけに、その変化の始まりも速度も遅いものでした。諸外国で見られるように新・新興メディアとして生まれ変われるかは、これからが勝負です。

 

#デジタル時代の情報環境の根本的な変化は「欠乏から過剰へ」

コロナによるニュース消費時間の爆発的な増加は夏以降、沈静化しています。それ自体は一過性の現象でしたが「人は情報を求める」というシンプルな本質は変わりません。その中でも重要なのは、ただ情報を求めるのではなく、「信頼できる情報を求める」という点です。

インターネットだけでなく、スマートフォンとソーシャルメディアによって、誰でもいつでも情報を受発信し、拡散できるようになり、流通する情報量は2010年ごろから爆発的に増えています。かつてはマスメディアが情報の発信と流通の大部分をコントロールし、それで情報環境の多くが完結していました。それがあっという間に、マスメディアは情報流通のごく一部にすぎないという状況になりました。情報環境は「欠乏から過剰へ」と変わり、少ない情報を集めるのではなく、玉石混交の情報氾濫の中で、どうやって信頼できる情報にたどり着くかが重要になりました。

 

#新・新興メディアとネットメディアはまだまだ成長する

なぜ、100倍の規模があるレガシーメディアがデジタル社会の情報環境の中で新興のネットメディアに読者を奪われてしまうのか。それは戦うゲームが根本から変わってしまったからです。かつてのように少ない情報を自分たちで取材して届けるというだけでは、その取材対象自身も直接発信ができる世の中では、独自の価値を発揮しづらい。だからこそ、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズはデジタル時代に適応し、最高のデジタルコンテンツを生み出す組織に生まれ変わりました。

新しいゲームを戦う体制さえ整えば、経営規模が大きく、豊富な人材と蓄積があるレガシーメディアは新・新興メディアとして力強く復活するでしょう。日本においても日本経済新聞やNHK、そして、出版社系の媒体にその萌芽が見られます。一方で新興のネットメディアは規模で勝てなくても、小規模だからこその小回りの良さで、変化の激しいトレンドに乗っていければ、まだまだ成長の余地があります。なんといっても、インターネットは広告だけでなく、Eコマースでも課金でも、まだまだ成長していく市場ですから。

 

 

2. これからのメディアに求められること

拡散社会においてメディアのファクトを見極める力がカギに

コロナ禍で、人々がニュースを熱心に読む一方で、不正確な情報や誤った情報が多く流れました。WHO(世界保健機関)は、こうした状況を「パンデミック」になぞらえて「インフォデミック」と呼びました。誤った情報の爆発的な拡散を意味します。

その対抗策として、情報を発信する側のメディアや研究機関などがインフォデミック対策を講じる動きも世界的に広がりました。

 

#コロナ禍で「フェイクニュース」への対抗力が強まる

私が編集長を務めた「BuzzFeed Japan」がローンチした2016年は、アメリカ大統領選挙の年でした。SNSの拡散力を悪用し、事実とは異なる情報を流して選挙を錯乱させる「フェイクニュース」問題が話題になり、真実が大切にされない「ポスト・トゥルース」という言葉も生まれました。情報の真偽を検証する「ファクトチェック」は元々、欧米のメディアを中心に実践されていましたが、2016年を分岐点として、その重要性への認識が高まり、本格的な取り組みが国を超えて広がりました。

私は認定NPO法人 ファクトチェック・イニシアティブの理事も務めていますが、そこでは世界の報道機関と連携して、フェイクニュースを食い止めようとしています。このように、フェイクニュースの問題が大きくなる一方で、それに対抗する力も強まっていますが、欧米だけでなく、アジアの国々と比べても日本のニュースメディアの動きは遅いのが実情です。

 

#発信者の倫理を持ち、ユーザーに信頼されるメディアが求められている

誰もが情報を発信できるようになり、それまで情報の発信や流通をほぼ独占してきたマスメディアは常に検証され、疑われ、信頼を得ることが難しくなっています。ニュースに限らず、グルメやファッション、ライフスタイルなどあらゆる分野のメディアでいえることです。

もちろん、検証や批判する側が常に正しいとも正確とも限りません。情報を活用する人たちという意味で僕は読者や視聴者を「ユーザー」と呼びますが、ユーザーにとってもつらい状況です。何を信じていいのか分からない。

こんな状況で、十分な検証もなしに一方を「フェイクニュース」とレッテル貼りしたり、敵認定するような行為は、相互不審を深め、社会の分断につながります。アメリカ大統領選挙だけでなく、日本でもコロナに関する意見対立などに分断の深まりが見られます。

だからこそ、メディアは発信者の倫理を高く持ち、根拠に基づく質の高い情報を発信し、ユーザーの信頼を獲得しないといけないし、そういうメディアを求める声がかつてなく高まっています。

 

#メディアよりも個人の方が信頼を得やすい矛盾の時代

今、米国では自社メディアではなく、個人としてニュースレターを発信する記者が増えています。読者も「このメディア」ではなく、「この記者」が発信する情報を求める傾向が強まっています。YouTubeやInstagram、TikTokなどを見ても、あらゆる情報発信において、個人レベルでの発信がメディア以上にファンを集め、力を持つ例が増えています。

なぜ、組織的な力も、歴史的な積み上げもない個人が伝統的でリソースが豊富な大手メディアよりも好まれるのか。それは記者やYouTuberの方が個人レベルでユーザーとつながり、「自分が求める情報を与えてくれる」という信頼を獲得しやすいからです。これがメディア単位となると、ユーザーから見たら「この記者は信頼できても、他の記事は嫌い」などという状況が生じやすくなります。

「欠乏から過剰へ」「フェイクニュース」、これらのトレンドの中で「信頼」がキーワードとなり、むしろ個人の方が信頼を獲得しやすくなっている。だけど、組織のバックアップがない個人は本当の意味で「信頼」に値するコンテンツを作れているのか。一気に人気者になってしまう現状では、ユーザーに親しまれ、好まれていても、本当の意味で「信頼」に値するコンテンツを出す能力がまだ不十分な人もいる。そこに現在の情報環境の矛盾が存在します。

 

 

3. これからの企業広報に求められること

情報の客観性、透明性、トレーサビリティーへの取り組みは必須

メディアも企業の広報も、情報を発信しているという意味では同じ立場にあります。これまでの広報はいわばBtoBでメディアに情報を発信し、それをユーザーに記事として届けてもらう形でしたが、ソーシャルメディアや自社サイトやオウンドメディアで自ら発信する機会も増え、メディアと同様に常に検証される存在になりました。

同時に自分たちもユーザーがいま何を望んでいるのか、検索の動向やソーシャルリスニングでつかみやすい状況になり、この動向をつかんでいる企業は、コロナ禍でも的確なパブリックリレーションズを展開できていると思います。

 

#世の中の関心と自分たちの事業を結び付けられるか

例えば、コロナが話題になった際に人々が関心を持ったことの一つに室内の換気がありました。感染予防策として、どう換気をすれば良いのか。そのタイミングで換気に関する商品を取り扱ってきた企業が自社サイトやソーシャルメディアで専門的な知見を公開した例がありました。その企業のイメージは高まりますし、社会にとってもプラスになりますし、商品の認知も高まるでしょう。素晴らしいPRです。

しかし、もしその情報が誤っていたら、逆に信頼を一気に失います。社会のニーズに敏感であると同時に、発信する情報の客観性、透明性、トレーサビリティーに配慮した取り組みが必要だと思います。

 

#信頼できるメディアとの関係性と高度な効果検証

自ら発信ができるようになっても、メディアを通じたPRの重要性は変わりません。ただし、「欠乏から過剰へ」と変化した情報環境の中では、かつてのように「多く取り上げてもらった」というだけでは価値を生み出しにくくなっています。デジタル技術により、PRの効果をより細かいデータで検証できるようになっています。信頼される情報を発信するメディアと関係を築き、より効果の高いPR施策を打つことが重要です。

コロナでオンラインのミーティングが増え、コロナ後もオンラインでやれることはやるという傾向は続くでしょう。ただ、新しく関係性を結んでいくような状況においては、対面に勝るものはありません。その点ではメディアと広報の関係も変わらないと思います。

 

#自社の存在意義やビジョンの発信

私は、今回の「電通PRトレンドレポート」の監修者としても協力させていただいていますが、インタビューに答えていらっしゃる方の多くが、これからの企業には、パーパス(存在意義)やビジョンの明確化とそれに基づくコミュニケーションや行動が求められるといったことを発言されています。私も同意見です。パブリックリレーションズにおいても、企業のパーパスやビジョン、そして、個別の商品やサービスと情報発信にも、それにつながるものがあることがユーザーの共感や信頼につながるでしょう。

メディアの世界において組織よりも個人の方が信頼を得やすいのと同様に、企業のトップが自分たちのパーパスやビジョン、ミッションを魅力的に語ることができれば、ユーザーの親しみは増すでしょう。ただ、ユーザーは検証の目線と手段を持った手ごわい存在でもあります。関係者の認知や行動の変化を生み出すために、どういう情報発信が効果的か。客観性や透明性はあるか。時代に沿ったものか。そこが不十分であれば、炎上につながるということは理解しておく必要があります。

 


今回の古田さんへのインタビューを踏まえ、次回は、電通PRコンサルティングが、「企業広報のニューノーマル」をテーマにお届けいたします。

 

 

 

 

 電通PR トレンド予測レポート 編集部
   植野 友生 TOMOMI UENO

 情報流通デザイン局 コミュニケーションデザイン部

 今井 慎之助  SHINNOSUKE IMAI
 情報流通デザイン局 ソリューションデザイン3部 兼 コミュニケーションデザイン部
 高橋 洋平 YOHEI TAKAHASHI
 情報流通デザイン局 コミュニケーションデザイン部