電通PRコンサルティングのZ世代社員が、ソーシャル・イノベーターと共にNEXT社会課題を発見し、企業連携で解決する方法を探っていく連載、「NEXT社会課題」。
今回は、大阪を拠点にLGBTQ+であることによる社会的格差の解消に取り組む認定NPO法人 虹色ダイバーシティの村木真紀代表・理事長にインタビューを行いました。
企業への研修やコンサルティング、社会調査などと並行して、今年(2022年)4月には大阪初の常設LGBTQ+センターとなる「プライドセンター大阪」をオープン。待望の活動拠点を得た先に描く未来とは?
認定NPO法人 虹色ダイバーシティ:https://nijiirodiversity.jp/


 

5回の転職で心が折れ、「誰もが自分らしく、安心して居られるよりどころが必要」と実感

虹色ダイバーシティの立ち上げ。それは自身が勤務先から感じた疎外感・パートナーへの罪悪感がもとになっていた。

■虹色ダイバーシティの設立のきっかけについて教えてください。

(村木代表:以下、村木さん)
私自身がレズビアンで、女性のパートナーと同居しています。大学卒業後に初めて勤めた会社が、いわゆる男性社会で飲み会大好きな文化。若い女性社員は男性の上席の隣に座らされてお酌して・・・当時は職場でカミングアウトするなんて考えられない時代でした。

異性愛者でシスジェンダーの人はプライベートと仕事がつながっていて、職場で「結婚します」「子どもができました」と周りにお知らせするのは普通。なのに私は「同性のパートナーがいます」とカミングアウトできない状況でした。だんだんと同僚やパートナーへの罪悪感が募り、限界を感じると職場を離れる。その繰り返しで結局5回も転職をしました。

そして30代後半に勤めたIT企業でとうとう心がポッキリと折れて・・・。仕事を休んでいるときに、同じように仕事を中断したLGBTQ+の仲間が大勢いることを知りました。その時に、しんどさの根源にはLGBTQ+の問題もあるのでは、と気付いたんです。社会側にも問題があるのではと。私のキャリアの中で企業向けコンサルタントの仕事は一番合っていたので、企業向けにLGBTQ+も働きやすい職場づくりのコンサルタントになろうと思い、NPOを立ち上げました。

■近年のコロナ禍で活動に影響はありましたか?

(村木さん)
コロナ禍はマイノリティーにとってものすごく逆風
です。LGBTQ+が集まれるリアルな場が少なくなってしまった。ゲイバーやレズビアンバーは真っ先に営業が困難になり、行政のLGBTQ+支援事業もコロナ対策でイベント中止やオンライン開催となるなど右往左往しました。Wi-Fi環境がない、端末がない、家族の前で参加できないなど、現代でもネットでつながれないLGBTQ+が大勢いて、オンライン化で多くの人をふるい落としてしまった。

■コロナ禍になりSNSに向き合う時間が増え、ふと目に入る言葉で傷ついてしまう人も多いですよね。そんな今だからこそ、心のよりどころになる場所の重要性が高まっている気がします。

(村木さん)
そうですね。大阪・天満橋に設立した「プライドセンター大阪」は、誰もが自分らしく、安心して居られて、心のよりどころになる場所です。オープンしてまだ1週間(インタビュー当時)ですが、10代から60代までいろいろなセクシャリティの人が来てくれます。子どもがLGBTQ+というお母さんがずっと本を読んでいて「こういう場所があって本当に良かった」と言ってくれて。やることは山積みですが、本当につくって良かったなと思っています。

 

企業のダイバーシティ推進は次のステップへ。うわべだけ整えてもダメ、二枚舌は通用しない時代へ

虹色ダイバーシティのベース活動は企業への研修・コンサルティング活動。そこで感じた日本企業の課題を伺った。

■まだダイバーシティ推進の取り組みについて必要性をあまり理解していない企業もあるかと思います。研修やコンサルティング活動で通じて企業に対してどう感じますか?

(村木さん)
企業のダイバーシティ推進施策には疑問を感じることもあります。「なぜうちにLGBTQ+施策が必要なの?」「今までカミングアウトしてきた人なんていないよ」と。そもそもカミングアウトできる環境にないから誰もしていないのだ、ということに気付いていない担当者がいます。ダイバーシティ部門も、企業によっては「コストセンター」と見なされていて、しっかり予算や権限がついていません。ダイバーシティ施策に本気でないということは、差別を温存することです。それは現状維持のつもりでも、もう持続可能ではないと思います。LGBTQ+の友人がいることが当たり前の若者たちが、そうした職場に魅力を感じるでしょうか、と問いかけてみてほしいと思います。

■ダイバーシティは認知されているイメージでしたが、実態は違うのでしょうか?

(村木さん)
ダイバーシティは多くの人に知ってもらえた。でもインクルージョンがセットになっていません。それでは元々が不利な状況からスタートするマイノリティーの人々は気持ちよく働けません。マイノリティーについての基礎知識とともに、多くの人に「マジョリティー特権」を意識してもらわなくては、と思っています。

生まれが男性、自認も男性、パートナーは異性、日本国籍、日本語がネイティブ、見た目で黒人ではない、身長が高い、大学を卒業した・・・多くの職場で、こうした属性は働く上で、そうでない人より有利になります。それが「特権」です。一人一人が自分自身のマジョリティーとしての特権に目を向けなければ、他人を不用意に傷つけてしまいます。会社に虹色の旗を立てるだけではそれは解消されないのです。

LGBTQ+施策は、次の段階にきています。外資系企業で本国ではやっているけど日本法人はやっていない、社員向けにはやっているけど取引先や顧客にはアプローチできていない、LGBTQ+フレンドリーを標榜していながら婚姻の平等には賛同していないなど、一貫性のない活動は誠意が疑われる段階にきていると思います。

 

次のステップに向けて。具体的なアクションのヒントは、『全方位=あらゆるステークホルダー』で捉えることと『得意分野を生かす』こと

■実態を伴っていないとウオッシュになってしまう危険性がありますね。真の意味でダイバーシティを推進するために、企業は具体的にどう対応すべきなのでしょうか?

(村木さん)
例えば大企業が大々的にプレゼンテーションする機会はあります。しかし、自身の周囲の環境と、社会や企業が先進的に動いているというアピールの差で傷ついてしまう人もいるのではないかと感じます。まずは、「プライドセンター大阪」のような市井の当事者が集まる場に足を向けてみること。その実感をもとに、職場の隅々まで、現場を変えていくこと。基礎知識の涵養に加えて、ケーススタディー等を通じて一人一人の行動変容を後押しすることが求められています。

その中で重要なのは、全方位、すなわちあらゆるステークホルダーを捉えて、考えるということです。それは、社会全体の不平等をなくすことにつながる。そこにしっかりコミットしてほしいです。

例えば、私の試算では、LGBTQ+支援活動に関するお金の8割以上が東京に集中しています。LGBTQ+は全国に住んでいて、もしかすると地方のLGBTQ+の方が同調圧力の強さに苦しんでいるかもしれない。東京もまだまだですが、東京にだけ企業がお金を出していたら、地方の当事者はますます絶望してしまう。東京に出すなら、それ以上に地方も支援しないとこの格差が埋まりません。そうした現状も踏まえて、長期的かつ全国的な視野でアクションを展開してほしいと思います。例えば、地方の企業がLGBTQ+についてアクションを起こせば、そこで働きたいという当事者も出てくるでしょう。地元でのLGBTQ+の就労を増やすのも支援の形です。

また、企業それぞれの得意分野を生かしてサポートしてくれるとうれしいですね。金融機関ならばLGBTQ+カップルで住宅ローンを組みやすくするとか、医療系の会社が医療での問題解決に動いてくれるとか。住宅会社がLGBTQ+の家づくりの相談に乗るのもいいと思います。

■全方位で捉えることは、SDGsの「誰一人取り残さない」という原則に通ずるところがあると感じました。企業のアクションで印象的だったものなどはありますか?

(村木さん)
私が良いなと思ったのは、P&Gジャパンの「パンテーン『#PrideHair』プロジェクト」です。特にトランスジェンダーが就活で苦しんでいる状況がありますが、そうした当事者の元就活生の体験談をもとにドキュメンタリー風の動画を制作することで、就活時の悩みに寄り添ってくれました。ブランド理念「あなたらしい髪の美しさを通じて、すべての人の前向きな一歩をサポートする」の下、「自分らしさを表現できる」就活について考えるきっかけを提示してくれています。

■このキャンペーンは4月の就活時期という社会的モーメントに着目したものでしたよね。企業として、その他注目すべき社会的モーメントはありますか?

(村木さん)
10月11日のカミングアウトデーや10月第3木曜日のスピリットデーなどは良いタイミングだと思います。既存の、こどもの日やいい「ふうふ」の日なども、「LGBTQ+の目を通して見たらどうか?」と考えるとアイデアが出てくるかもしれません。

LGBTQ+が毎日を自分らしく生活していく未来をイメージしたら、今行っている企業のキャンペーンも変わってくるのではないでしょうか。お父さんが居て、お母さんが居て、子どもが居て…それだけが家族の形でしょうか?いわゆる標準家庭を唯一の型にした“家族” “幸せ”のイメージではなく、現実に合わせて、『家族や幸せのイメージの多様化』にぜひ取り組んでほしいです。

 

今からできることは「正しさを追い求めすぎないこと」

企業のLGBTQ+問題に切り込むイノベーターである村木さんは、LGBTQ+を知ってもらう段階から行動へと社会のフェーズが移りゆく中、あえて「正解を求めない、ゆるさ」を提示した。

■今、一人の企業人がすべきこと・できることってなんでしょうか?

(村木さん)
正しさを追い求めすぎないことです。

近年では特に、LGBTQ+をテーマにした企業活動が注目されつつある一方で、炎上してしまうケースがとても多いですよね。「LGBTQ+を扱うと炎上するから」と、触れてはいけない話題と捉えている人もいるかもしれません。

研修で「LGBTQ+の方々への対応の正解は?」とよく聞かれますが、いつも「LGBTQ+も多様なので、正解はありません」と伝えます。正解があると思うから、間違うことが怖い。もし多少間違っても、「ごめんなさい」でいいじゃないですか?一つ一つ、気付いたことを変えていきましょう。間違いのないように制度化・システム化しようとすると大変ですよね。LGBTQ+視点から、気付いたことを話し合っていきましょう。既存のルールや当たり前に、小さな違和感を口にできるよう、会社の雰囲気を変えていってほしいです。

「プライドセンター大阪」では、あえてのゆるさを大事に運営していこうと思っています。スタッフが忙しそうにしていると、より困った状況のLGBTQ+の人が声をかけられないし、落ち着かないので居場所にならない。忙しそうな人に声をかけられる人は、一定、強い人です。そうでない人でも、何時間もダラダラ居られる場にしておくことが私は大事だと思うんです。そこで初めて相談できるかも、と思えるんじゃないでしょうか。

 

編集後記

村木さんのお話を伺い、個人としての思考はゆるさ(余白)を持たせることが重要だと思いつつ、企業として行うべきアクションとのバランス感覚が求められていると感じました。

LGBTQ+に関する法律や条例などのハード面を整えることも重要ですが、そのためにはオープンに議論し合える余白のある場所が必要です。企業としてハード面の整備にコミットすることは難しいかもしれませんが、プライドセンター大阪のように“あえてのゆるさ”を持たせている場は、“正解を求めない”=社員をはじめあらゆるステークホルダーに目をやる姿勢にもつながり、企業文化・社風変革のヒントにもなっていくと思います。

また、企業のダイバーシティ推進を全方位で捉えていくことは、パブリックリレーションズの根幹である「ステークホルダーとのより良い関係づくり」にもつながっているのではないでしょうか?人とのコミュニケーションに正解がないように、PRにも模範解答や正解というものはありません。その上で、理念やパーパスを見つめ直し、「誰の変化をどう起こしていくのか」アクションしていくことで持続的な企業価値創造ができます。それこそが、われわれが推進する「サステナビリティ・ブランディング」です。

NPOをはじめとする外部パートナーとの連携に関するご相談は、電通PRコンサルティング「サステナブル・トランスフォーメーションセンター」まで。

【お問い合わせ】sx-center@group.dentsuprc.co.jp