この記事は時事通信社『地方行政』2022年3月24日号に掲載された記事です。
時事通信から転載許諾をとって掲載しております。


 

 本誌の読者は地方自治体の関係者やエリア(地域)マーケティングをされている方など、さまざまと聞いている。新型コロナウイルス禍で各自治体の首長の主体的な判断や行動が注視され、地方独自のルール作りなどが試みられる中、ローカルエリアにおける意見のくみ取りとそれに対する独自の対処に、人々の賛否がはっきりと表明された経験も多々あったのではないだろうか。
 本連載の前半では観光誘致や物産プロモーションなどを目的に、エリアの魅力を域外に発信して耳目を集める事例を並べたが、後半では障がい者対応や「LGBTQ+」などダイバーシティー(多様性)を推し進めたり、現在の住民と新たなルール作りに取り組んだりすることで、住みやすさをアップデートしていく挑戦を紹介した。
 住民を巻き込んだ取り組みで域内の生活者の満足度を高め、その満足感が自然と域外に発信され、共有されることで対外的評判も向上し、ブーメラン効果によって良い循環が継続・拡張されるといったものだ。まさに首長の代弁者として、住民がそのレピュテーション(好意度)向上を担ってくれる「自走システム」が出来上がることで、中長期で持続性のある活動が可能となっている。
 そこで最終回は、コロナ禍で「コミュニティー」への帰属意識が強まる中、各エリア固有の環境を背景に新たな価値観が芽生え、それが新常態(ニューノーマル)を紡ぐきっかけとなっている事例を幾つか紹介したい。

生活実感に寄り添う知事動画─九州・山口

 各自治体のトップである首長が、政治的判断のみならず、人々の生活実態に寄り添い、コミュニティー内の相互理解を深める動きが広がっている。
 象徴的な取り組みとして思い出されるのは、2016年に公開された啓発動画「知事が妊婦に」だ。これは「九州・山口 ワーク・ライフ・バランス推進キャンペーン」(注1)の一環として、山口、佐賀、宮崎の各県知事が妊婦ジャケットを着用し、その不自由さや日常での不具合を体感するというもので、その学びから行政として改善できることはないかと考え、居住者へのサービス充実に生かし、より住みよいまちづくりに役立てようとする取り組みだ。海外でも話題となり、十数カ国で共有され、動画の再生回数は公開後1カ月間で2000万回を超えたという。
 そして、今年1月31日の「愛妻の日」には同様の取り組みとして、佐賀、宮崎、鹿児島の各県知事が「見えない家事」に挑戦する啓発動画「知事家事 チャレンジ」(注2)が公開された(写真1)。

写真1(佐賀市提供)

 「見えない家事」と同様のコンセプトではあるが、住宅メーカーの大和ハウス工業が17年、家庭内の家事分担に関する調査を行い、「名もなき家事」という概念を世に知らしめるキャンペーンを展開した。「料理」「洗濯」「掃除」「ごみ出し」といった主要な「名前のある」家事とは別に、「トイレットペーパーを取り替える」「ごみを分別する」「調味料を補充する」「ベッドを整える」など、ささいなことだが、時間と手間が掛かる一連の仕事の存在を浮き彫りにし、世に提示したことで話題になった。
 取り立てて分担することもなく、女性にその負担が掛かっていたため、これが可視化されたタイミングで女性たちも「これがモヤモヤの原因だったのか!」と留飲を下げたものだ。夫が家事だと思っていない「名もなき家事」の存在を示し、「家事の定義」そのものに夫婦間のギャップがあることを明らかにした。また同調査では、夫婦で家事を平等に分担しているつもりが、どうにも女性の方に負担が多いという状況を把握。「やってるつもり」だった夫の家事参加率と、妻がやってもらっていると思っている家事の量に大きなギャップがあることも浮き彫りにした。
 「知事 家事 チャレンジ」で3人の知事がちょっとした家事に四苦八苦し、そのたびに失敗してボヤく姿は、視聴する分には爽快だ。一方で身につまされる感覚が湧き上がりもする。最後のオチとして各知事のパートナーが登場し、その悪戦苦闘ぶりをいたわりつつ、今後は夫婦で協力して家事に取り組む「共家事」宣言を行う。
 名称は若干変わっているが、主体は同じく九州・山口の各県と地元経済界が協力する九州地域戦略会議が立ち上げた「九州・山口 共家事推進プロジェクト」だ。個別の県での取り組みもあるが、このような広域連携の活動が継続し、共感の醸成を重ねているのはとても素晴らしいことだ。

地元ロイヤルティー向上作戦─福島

 11年に東日本大震災が発生した後、自身の故郷・福島県の復興を目指し、さまざまな地元イベントを仕掛け続ける「風とロック」の箭内道彦氏に話を伺う機会があった。
 箭内氏は個人的に支援活動を続けながら、15年には同県のクリエーティブディレクターに就任し、その地域活性化を主導。震災前の09年に始めた音楽フェスティバルは、10年には現在の「風とロック芋煮会」(次㌻の写真2)と名称を変え、今年で14年目を迎える長期プロジェクトとなった。自身も「猪苗代湖ズ」というバンドのメンバーとしてイベント出演するなど、県出身者が機会あるごとに顔を出し、経済のみならず、人々の気持ちを盛り上げるために協力し合う場を創り出している。長らく離れていたとしても「故郷のためなら」と労をいとわずに集まり、貢献するその姿に深いロイヤルティー(愛着心)が感じられる。

写真2(風とロック提供)

 人口減少で市町村としての運営維持が危ぶまれる地方都市では、ついつい移住者を増やすことを目的に、これまでとは違った新たな魅力を創り出し、その土地を知らない、マーケティング的に言えば「新規顧客」にアプローチしようとしがちだ。それまでのベネフィット(便益)では振り向かれなくなった商品やサービスを、その存在を知らない人にぶつければ、購買・採用してもらえるのではないかと期待するのは致し方ないことだ。
 とはいえ、そこに期待するほどの新たな出会いがあるかと言えば、そうでもないというのが常だ。情報はさまざまな経路で輻輳的に流通しており、実は知らないわけではなく、興味がなくて捨て置かれているだけという場合が多い。しかし、その商品やサービスを熱烈に推奨する存在が身近にいたら、どうだろう。関心が増し、また食指が動くのではないだろうか。そうした心理を突き、推奨者の輪を広げていくのが、先のような「地元ロイヤルティー向上作戦」である。
 これは単に地元愛を高めるだけでなく、それが紡ぎ出すネットワークやリレーション(関係)、そして協働意識に注目してもらうためのものだ。先述した「風とロック芋煮会」はここ2年ほどのコロナ禍で、当然のことながらリアルな開催はできなかった。しかし、年1回のこのイベントを楽しみにしている地元住民の期待もさることながら、それ以上に強いモチベーションを持つ出演者の気持ちは決してくじけなかったという。
 「世界で一番、観客と出演者の距離が近い」「全国から福島県出身者が集い、気持ちを一つにする」イベントとして活動し続けてきたが、コロナ禍では「集まる」ことが最も敬遠される事柄になってしまった。リアル開催は諦めつつ、しかし何か熱が伝わることがしたいと、オンラインでの開催を模索した。ここで強力なパートナーとして存在感を高めたのが、地元メディアだった。
 そもそもイベントが開けない状況下では、電波やデジタル回線に載せてコンテンツを届けるしか方法が見つからなかったのだが、その「熱い思い」を伝えるために挑戦したのが20年の6時間にわたる生放送だ。聞くだけでも疲れそうだが、そのような高い目標が掲げられると、人は頑張ることができるものなのかもしれない。そして、その思いにつられるように地元テレビのみならず、新聞やラジオに加え、ユーチューブライブや「LINE LIVE-VIEWING」「Rakuten TV」なども手を挙げ、21年には横断的に協力し、もともとやっていたイベントスケジュールの4日分、計72時間の放送を実現したという。
 まさに従来メディアと新興のデジタルメディアが一致団結し、一つのゴールを達成するために併走する仲間となり、コミュニティーとしてつながりを強固にした瞬間であり、また始まりでもあったのだろう。ここでは自然とそうした仲間意識が湧き起こり、共同体としての活動がごく自然にスタートしたようだが、今後コミュニティーにどのような仲間が加わって新しい状況を生み出していくのかという点は、これからの自治体戦略において、しっかりと検討すべき領域だろう。

地元スポーツチームを核に─北九州・千葉

 大規模なプロスポーツリーグのみならず、地元の小さなプロリーグ所属のチームを応援し、その成長を住民と共に促していくといった取り組みも、あちこちで耳にするようになった。
 実業家の「ホリエモン」こと堀江貴文氏が設立した新球団「福岡北九州フェニックス」は、北九州市を本拠地とするプロ野球の独立リーグ「ヤマエ久野九州アジアリーグ」に参加し、活動していくという。独立リーグなりの新しい楽しみ方を目指し、飲食やエンターテインメントを交えた観戦スタイルを実現する「ボールパーク」運営を掲げている。
 米国で定着する野球観戦だけでない、さまざまなエンターテインメントイベントを提供するボールパークは、各種のテーマパークと同様、地域のファミリー層などを集客できる装置となる。野球というコアコンテンツをベースにしつつ、地域貢献や地域創生なども包含した地元密着スタイルは、今後のコミュニティー経済圏の可能性を見越したものと言えるだろう。
 オンラインコミュニティーの先駆けとして知られる「ミクシィ(mixi)」も、千葉を拠点とするプロバスケットボールチーム「千葉ジェッツ」の運営会社「千葉ジェッツふなばし」と資本提携している。チームを応援し、スポンサーとしての情報発信に活用していくのはもちろんだが、24年春には千葉県船橋市に1万人収容のアリーナ開業を目指しており、音楽コンサートやスポーツイベント、展示会にも使える多目的施設とすることで、ビジネス的に当該エリアの成長が期待できる。
 こちらもスポーツコンテンツとその既存のファンをベースにしつつ、「千葉県をバスケットボール王国にする」という千葉ジェッツふなばしのビジョンの下、競技人口の増加や地元からのプロ選手輩出なども含めた地元密着型経営をうたっている。この共創型のマーケット拡張戦略には注目したいところだ。
 どちらも今後は他の地元企業を含め、地域経済圏活性化のための新たなチャレンジを見せてくれるのではないだろうか。

ステークホルダーは誰か?

 筆者は20年11月、日本経済新聞社が主催した「日経SDGsアイデアコンペティション」の審査員長を務めたが、そこでトップに輝いたのが「時限絶景遺産」という企画だった。これは各地の観光名所が気候変動でいつ「絶景」としての価値を喪失してしまうか分からない状況で、それを地元中心に保全していこうというキャンペーン企画だ。
 観光資源は各エリアの経済的資産でもある。観光業を軸にさまざまな商品やサービスが存在し、地域生活を支えていることも多い。コロナ禍のみならず、着々と進む気候変動でその存在が危うくなれば、地域の経済圏が瓦解してしまう可能性がある。この点をしっかりと理解し、「環境問題に取り組むことが自分たちの生活も支える」という意識を惹起し、地域と住民の共生・共存を促すわけだ。実はこの企画も実現に向け、稼働し始めている。
 議論の中で出てくるのは、そのステークホルダー(利害関係者)は誰かということだ。地元の行政はもちろん、メディアや企業、そして広域連携可能な近隣自治体や環境省なども関わってくる可能性がある。さらには航空・鉄道会社やツアー会社なども関連ビジネスを抱えており、企画に賛同してくれればサポートをお願いすることもできるだろう。

キーワードは「仲間づくり」

 「コミュニティー」は、物理的なエリアで限定されるものではない。それぞれが持つ帰属意識を軸に、そのグループが同一の目的を持って活動できる「よりどころ」と捉えれば、味方はいくらでも増やすことができるはずだ。個々の生活者も、クラウドファンディングなどを通じて参画できるだろう。
 これからのコミュニケーションの軸となる視点に、「仲間づくり」というキーワードは重要だ。その目的を共有し、併走し、成し遂げる。そんな目線を持ち、地域ならではの「コミュニティーリレーションズ」を創り上げてはいかがだろうか。

注1=「九州・山口 ワーク・ライフ・バランス推進キャンペーン」サイト
 http://www.kyushu-yamaguchi-wlb.com/
注2=動画「知事 家事 チャレンジ〜知事見えない家事を知る〜 九州・山口共家事推進プロジェクト」
 https://www.youtube.com/watch?v=5k2qDqGMW9s

筆者

電通PRコンサルティング・井口理