当社は、2020年7月より『月刊広報会議』誌上で「データで読み解く企業ブランディングの未来」と題した連載を展開しています。その第22回(5月号)は、「グローバルメディアの潮流とPR」をテーマに解説しています。
本トピックスでは、内容をより深掘りしていきます。

 

PRとメディアリレーションズ

PR業界でPESO(Paid、Earned、Shared、Owned)メディアモデルという統合的なアプローチが登場したのは2010年ごろであった。PRの実務家がニュースメディアとの関係だけではなく、広告、オウンドメディア、ソーシャルメディアにおける情報流通全体を管理していくという発想である。その後、ブランドジャーナリズムが注目されるようになると、ニュースメディアを飛び越して、直接ターゲットにストーリーを届けることに重きが置かれ、オウンドメディアの重要性が増した。平時おいてはオウンドメディアでSDGsなど「ブランド・ニュース」を直接生活者に届けることができる。発信したい情報はコントロールでき、伝えたいストーリーは伝えたい形で発信できる。しかし、リスク発生時など、「リアル・ニュース」が発生すると、PRの実務家はニュースメディアと対峙たいじせざるを得なくなる。

さらに、フェイクニュースや誤情報、ミスリーディングな情報が飛び交う中、プロフェッショナルなジャーナリストの作り出すコンテンツへの信頼は高まるばかりである。PRの歴史において、その重要性がいくら変わろうとも、「信頼される第三者によるコンテンツ」としてニュースメディアに企業やブランドの情報を伝えてもらうという仕事は、いまだコアな業務領域となっている。メディアや情報消費のスタイルの変化、それに伴うジャーナリズムの変遷とともに、メディアリレーションズは今後どのように変わるのか。本稿では、先進的なグローバルメディアの潮流から、ジャーナリズム、そしてメディアリレーションズの未来について考察する。

 

情報消費の変化

2011年からスマートフォンが普及し始め、ソーシャルメディアの利用が広がると、日本でも情報消費に大きな変化が起きた。特に大きな曲がり角となったのは2013年3月。東京メトロや都営地下鉄の全線で走行中の車内から携帯電話回線に接続可能となった。翌年の2014年3月には、大阪市営地下鉄においても全区間で携帯電話が使えるようになると、「地下鉄=圏外」ではなくなった。テクノロジーの進化と社会インフラの整備はジャーナリズムにどのような影響をもたらしたか?これまで通勤で紙の新聞を読んでいた人々が、スマートフォンの画面をのぞき込むようになったのである。2017年新聞通信調査会調査によると、ネットニュースを閲覧している人は71.4%となり、新聞の朝刊を読んでいる人(68.5%)を初めて上回った。

 

ニュースのコモディティ化

わざわざ新聞を購読しなくとも、朝刊1面のニュースは朝の6時ごろにはYAHOO!ニュースを見れば無料で読むことができる。一部有料コンテンツを含む記事もあるが、「ニュースは無料」という前提が生まれ、同じようなニュースが幾つも同時に並ぶようになった。このことから大手メディアの報道するストレートニュースのコモディティ化が進んだのである。発行部数の低下に加え、ニュースのコモディティ化により、新聞は広告媒体としてだけではなくニュース媒体としての価値も低下した。日本新聞協会によると、新聞社総売上高のピークは2005年度の2兆4,188億円であったが、2020年度には1兆4,827億円と、ピーク時の61.3%にまで落ち込んだ。

 

デジタルファースト、サブスクリプションファーストの海外メディア

現時点で経営悪化とは無縁、またはコロナ禍であっても軽微なダメージしか被っていないのは、デジタル化とグローバル化が進んでいる海外のメディアである。例えば、アメリカのニューヨーク・タイムズ。2021年末にデジタル版の有料購読者が800万5000件を超えたが、「デジタルファースト」「サブスクリプションファースト」を進め、アメリカの地方紙からグローバルメディアへと変容している。イギリスであれば2016年に紙版を廃止したインディペンデント、そしてフィナンシャル・タイムズ(FT)などである。FTは3月1日付プレスリリースで、有料デジタル版購読者のみで100万人を超えたと発表している。FTは、もともと景気の動向によって上下する広告収入に左右されない経営を目指してきたが、電子版購読者の開拓に力を入れ、その購読者は半数以上が英国外にいる。FTでは経営努力と同時に、ニュースのコモディティ化からくる収益悪化を防ぐため、コンテンツ制作にも改革を試みている。

 

ストレートニュースから分析記事へ

FT東京支局長のロビン・ハーディング氏は「現在、FTのオンライン記事では短い記事か長い記事のいずれかでないと読まれません。読者はなるべく早く重要なニュースを得るか、特定の問題を深く考察したいと考えています。そのため、われわれは500ワードほどの短いニュースか、1800から2000ワードのフィーチャー記事を書こうと試みています。800から1000ワードの記事は読まれないのです。この手の長さの記事は、深く考察するには短すぎ、ブラウジングする読者には最後まで読み切れないのです」と語っている。また、オンライン版の記事のページビューから、FTでは分析記事の閲覧が一番多いことが分かってきている。単純に何が起きたかを伝えるストレートニュースの需要もいまだ高いが、新聞社にとっては他社にコピーされにくい、分析記事の方が価値は高いのである。

 

PRの実務家は解説者に

PRとジャーナリズムは持ちつ持たれつの関係である。メディアが報道する多くのニュースは、PRの実務家がもたらすプレスリリースや記者会見などで提供される情報がソースとなっている。この共存関係の下で相互の利益に資するには、PRの実務家は単に製品やサービスのファクトをメディアに届けるのではなく、その背景、意味などを理解し、説明できる解説者となることが重要となる。さらに、分析記事に寄与できるようデータを用意することもキーとなる。

 

多様性への配慮

FTでは多様性の推進という別の目的でもコンテンツ改革を試みている。同社では毎年新しい商品を生み出すため、社内でハッカソンを実施している。2017年にこのハッカソンで、女性へのエンゲージメントを高めるために「JanetBot(ジャネットボット)」(写真1)と呼ばれるボットが開発された。このボットは、オンライン記事の中で使われている人物の写真の性別を10分置きにチェックするものである。もともと読者から「FTの記事にはスーツを着た男性の写真が多すぎる」という意見が寄せられたのがきっかけで生まれたアイデアである。目に見えるかたちで自分たちの属性を代表する顔が紙面に出ている方がより女性読者のエンゲージメントを高めるであろうという仮定から生まれた。このボットのプロトタイプができた日に米財務長官ジャネット・イエレン氏の記事が3件以上FTで掲載されていたため、彼女へのオマージュとして「JanetBot」と命名された。さらにFTは翌年、「She said He said」という別のボットを発表した。このボットはコラムニストなどの性別を名前で判断し、紙面のジェンダーバランスをチェックするものである。FTはこれらツールによって、女性の声が紙面に反映されているかチェックしているのである。

写真1:JanetBotは紙面の写真に写る人物の性別を判別
画像提供:フィナンシャル・タイムズ

 

日本での報道の多様性

報道における多様性については、世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が2020年4月に「A Gender Balance Guide for Media(メディアのためのジェンダーバランスガイド)」を出している。日本新聞協会は、このWAN-IFRAに加盟しているが、日本ではまだFTのようにテクノロジーを駆使した報道の多様性への取り組みがなされているという話は聞かない。しかし、日本新聞協会によると、記者数全体の数は減っているにもかかわらず、女性記者の割合は増えており、2001年の10.6%から2021年には23.5%となった(表1)。まだまだ管理職における女性の数は少なく、編集方針を決める意思決定者は男性中心ではあるが、報道視点という面では多様性が進んでいるように見える。多様な視点による報道が読者のエンゲージメントを高め、メディアもそれに向かっている以上、PRの実務家は今後そういったことにも留意する必要がある。PRキャンペーンなどは、異なるバックグラウンドを持った人材の視点を交えて企画・実施すべきである。さらにスポークスパーソンやオピニオンリーダーなども多様性を意識して起用し、メディアリレーションズを推進すべきであろう。多様性については、男女のバランスだけではなく、LGBTQなどの性的マイノリティ―、障がい者、人種などへの配慮にも同様に留意すべきである。

表1:新聞・通信社:女性記者の人数、割合は10年でほぼ倍に増加
データ提供:日本新聞協会

 

OPINION

変貌する国際メディアとどう付き合うか?

われわれ記者は、何が起きたかを伝えるよりも、それが何を意味しているのかを伝えたいのです。そのためには、何が起きているかを知るよりも、なぜそれが起きているのかを知る必要があります。われわれがそういった理解を得るためにも記者とPRの実務家との深い会話が必要となるのです。

 

 

 

 

フィナンシャル・タイムズ東京支局長
ロビン・ハーディング氏

執筆者

 

 

 

 

藤井 京子
電通PRコンサルティングのPRを担当。日本のPR事情を海外の実務家向けに解説する英文著書『Communicating: A Guide to PR in Japan』は国際PR協会でゴールデンワールドアワードを受賞。