この記事は時事通信社『地方行政』2022年3月10日号に掲載された記事です。
時事通信から転載許諾をとって掲載しております。


 

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で、私たちの生活は大きく変わった。移動や経済・文化活動の制限、新常態(ニューノーマル=New Normal)への適応を強いられる一方で、経済的豊かさを求めてきた近代の価値観から「人と人とのつながり」「人生における幸福感」が、次の時代の主流な価値観となりつつある。またデジタル化の進展で、一人ひとりの働き方や生き方の選択肢が増えて多様化が進むなど、大きな転換期を迎えている。
 「情報爆発時代」ともいわれる現代において、伝えたいメッセージをいかに届け、生活者の意識や行動の変容につなげていくかは、多くの企業・団体にとって重要な課題となる。今回は滋賀県が取り組んだ、コロナ禍における若者向けの価値創造啓発プロジェクトを紹介する。17世紀の科学者アイザック・ニュートンが「万有引力の法則」を発見した際のエピソードとされる故事を題材に、滋賀にちなんだユーモアを交えながら、他者を認める心のゆとりを持つよう訴求し、若者の意識や行動の変容を促した事例である。

長期戦に備える

 新型コロナの感染拡大を受け、7都府県に2020年4月7日、初の緊急事態宣言が発令され、同16日には対象地域が全国に拡大された。これを受け滋賀県は、県民に外出自粛を呼び掛ける「滋賀5分の1ルール」を提唱し、「週に5日の外出を1日にしよう」「家族5人で買い物に行くのではなく、1人で出掛けよう」と訴えるなど、対策に乗り出した。感染状況はその後、いったん落ち着いたものの、7月初めごろから再び拡大する「第2波」が襲来し、長期戦が予想される展開となった。
 そうした中、滋賀県は県民一人一人が自らの生活習慣に感染予防対策を取り入れ、コロナとの共存を図る新常態の在り方について、特に若年層を中心に啓発する必要があると考えた。取り組み方針として、単なる感染予防対策の「お願い」「呼び掛け」ではなく、新しい価値観やライフスタイルとして共感を呼ぶよう、若年層との親和性が高く、広く拡散されるポテンシャルを有する動画というツールを活用し、主にソーシャルメディアを通じた効果的な発信を企画することとした。

「ソーシャルハンティング」を活用

 若年層に何をどう伝えれば、意識や行動の変容につなげることができるのか。まずは、若年層の価値観やインサイト(隠れた心理)の把握に向け、各種調査を実施した。それらを通して見えてきたことは、10代や20代は新しいことへのチャレンジ意欲が圧倒的に強い世代であること、また「持続可能な開発目標(SDGs)」をはじめとする社会課題にも意識が高い層であることだった。
 さらにソーシャルメディアを活用し、リアルな声も収集した。ツイッターなどでは日々、膨大な投稿がなされ、定量的にリサーチを行っても「これからトレンドになる兆し」「静かに発露される不満・鬱憤(=着目されていない課題のタネ)」が見逃されてしまうことも多い。このため、「感情が発露している」あるいは「トレンドの兆しを感じる」ツイートを捉え、インサイト把握やコミュニケーション活動に生かすソーシャル分析手法「ソーシャルハンティング」を取り入れた。その結果、ソーシャルメディア上には、経済や将来、学業などについて一人ひとり異なる悩みがあり、若い世代には若い世代なりのストレスが存在することが分かった。
 出口の見えない状況では、一方的な「お願い」や「呼び掛け」、あるいは根拠のない「頑張れ」などといったメッセージを投げ掛けられても響かない。自分と向き合う時間が多くなり、新しいことに取り組む意欲がある層に対し、「若い世代=無関心」という決め付けを行うことなく、いかに応援するムードを醸成し、メッセージに共感してもらえるかを重視して企画を進めていった。

落下する鮒ずし

 最終的なメッセージのコンセプトは、「コロナ禍の今だからこそ、新しい価値が生み出せることを、説得力のある過去の事実で伝える」こととした。「ニュートンに学ぶ、これからの滋賀ノーマル」と題する動画では、17世紀のペスト大流行の折、自粛を余儀なくされたニュートンが非日常下で自由に思考する時間を得て、リンゴが木から落ちるのを見て「万有引力の法則」を発見できたとされるエピソードを取り上げることを中心に据えた。後にニュートンは、この期間を「創造的休暇」と呼んでいる。
 滋賀県とニュートンは全く関係がないように思われるが、実は同県には「ニュートンのリンゴの木」の子孫が存在する。ニュートンのリンゴの木は、接ぎ木により後世に受け継がれているのだ。1964年、東京大の付属施設の一つである植物園で隔離栽培されるようになり、日本各地の学校や科学に関わる施設に分譲された。そのうちの2本が、同県東近江市にある滋賀学園中学・高校とびわこ学院大で、大事に育てられているのである。
 一方、滋賀県は2016年に公開したシュールな県のPR動画「石田三成CM」がヒットするなど、滋賀ならではのユーモアを生かした発信を行っており、今回の動画も「彦根城」「鮒ずし」など、県ゆかりの名所や名物がユーモラスに登場する内容とした。長短の2編を制作し、長尺バージョンでは「赤こんにゃく」「信楽焼のたぬき」「瀬田シジミ」「近江米」など、計12の名所・名物のPRをユニークに表現した。
 動画のストーリー(短尺〈約30秒〉の「鮒ずしバージョン」)は、こんな内容だ。

 青い空と白い雲を背景に、落下するリンゴとそれを見詰めるニュートン。ピアノの音色と共に「ニュートンはペストによる休校中に落下するリンゴを見て、万有引力を発見しました」というナレーションが入る。


 続いて鮒ずしが落ちてくる。それに合わせ、今度は「な〜ら〜ば〜 あなたは落下する鮒ずしを見て、何を発見しますか〜」という歌声が流れる。その後、画面は滋賀県の象徴の一つである琵琶湖に切り替わり、湖面に彦根城や信楽焼のたぬきなどの画像が重なる。


 そして最後に「想定外に変わってしまった世界。そんな暮らしの中にも未来のヒントが転がっているのかもしれません」とナレーションが入り、テロップで「滋賀を見つめる、未来が生まれる。」「今こそ、繋がりを大切に。否定より創造を。」とのメッセージが表示される。

PESOと情報流通構造の設計

 動画の制作と並行し、いかに情報を届けていくかを精緻に計画していった。「県内の若者に伝える」=「県内向けの発信」ではなく、ソーシャルメディアも活用して日本全国の「世の中的な関心事」とし、県内若年層への共感づくりを進めるための情報流通構造を設計した。
 情報は、①広告(ペイドメディア=Paid media)②報道などのパブリシティー(アーンドメディア=Earned media)③ソーシャルメディア(シェアードメディア=Shared media)④ウェブサイトなどの組織が所有するメディア(オウンドメディア=Owned media)──という「PESO」を通じ、世の中に流通する。
 ペイドメディアは第三者が所有するメディアに対価を払うことで、自社で考えたコンテンツを掲出することができ、自由なコントロールがある程度、可能だ。アーンドメディアは第三者が所有するメディアに、報道機関などのプロによるコンテンツが掲出されるので、情報発信者の側ではコントロールできない。そして、シェアードメディアは消費者が所有するメディアに、消費者が生み出すコンテンツが掲出されるので、情報発信者の側ではコントロールできない。最後にオウンドメディアは、情報発信者が所有するメディアに自ら制作したコンテンツを掲出するので、掲出するコンテンツを自由に考えることができ、自社で完璧にコントロールできる。
 情報爆発時代の社会環境においては、こうした特徴を持つPESOをターゲットに応じて組み合わせ、いかに情報を流通させていくかを考えていく必要がある。
 本取り組みでは、まず20年10月21日、オウンドメディアである県公式のユーチューブチャンネルで動画を公開した。併せて、国内の主要メディアにプレスリリースを配布し、アーンドメディアでの情報拡散を試みた。同時に県の公式ツイッター「うぉーたん」からの動画投稿を起点に、ソーシャルメディアでの情報の広がりを狙った。ちなみに、うぉーたんは県のマスコットの名前で、琵琶湖の水の妖精として、滋賀をアピールするさまざまなメッセージを伝えるキャラクターである。
 ソーシャルメディア上では、ミュージシャンの西川貴教さんをはじめ、県ゆかりの著名人らによる投稿から話題が拡散し、「ぶっとんでる」「カオス」「攻めてる」「とりあえず滋賀県最高!」など、ユニークな動画の内容を好感する投稿が広がっていった。その影響で動画の再生回数が伸び、「社会性を帯びたユニークな動画+ソーシャルメディアで話題」という文脈から、テレビやウェブニュースなどの報道を通じた2次的拡散が生まれ、動画の再生回数がさらに向上するという好循環を生んでいった。
 そして県の広報サイト(注)では、動画はもちろん、そこに込めた思いなどを記述し、単なる話題づくりのためのユニークな取り組みという受け止めに終わらないような設計を行った。サイトには、コロナ関連の事業者向け支援制度である「未来へつなぐしが文化活動応援事業」補助金や「新しい生活・産業様式確立支援事業」、学生向けの学費支援制度の紹介に加え、「人権相談ほっとライン」の連絡先も掲載した。

若者に広がった滋賀のメッセージ

 こうした取り組みの結果、県公式のユーチューブチャンネルとツイッターで計100万回以上、動画が見られ、県内メディア以外にも四つのテレビ番組、132のウェブニュース記事の露出につながった。また、ソーシャルメディアでの投稿は約6400件に上った。県の広報担当者は「予想以上に県外の方々にもご覧いただき、滋賀県のプロモーションに一役買いました。これは、とてもうれしい効果です」と語る。
 動画は、国内で最も規模が大きく、権威のある賞の一つとして知られる「2021 61st ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」のフィルム部門・Bカテゴリーで、ACCシルバー賞を受賞した。その他にも、大阪コピーライターズ・クラブ(OCC)が主催する21年のOCC賞で入賞を果たすなど、高いクリエーティビティーが評価された。

こんなときだからこそ

 22年においても、「オミクロン株」などの新たな変異株が発生し、コロナとの闘いは続いている。長期化するコロナ禍をきっかけに、今後も世界各地で新たなテクノロジーやサービスが次々と生み出されるだろう。ニューノーマル時代のイノベーション(革新)は、多様な個性と価値観がぶつかり、交じり合うことで、さらに加速化していくと考えられる。
 中世ヨーロッパは14世紀のペスト危機を経て、個人の価値観が大きく変化したことでさまざまな分野の才能が開花し、ルネサンス時代へと大きくかじを切ることとなった。
 この危機を経て、私たちはどんな未来を創っていけるのか。滋賀県民約140万人の個性や価値観が滋賀の未来を創る、そんな時代を迎えている。本動画は時代の転換点を生きる県民に向け、お互いの心を思いやる利他の心を大切にしながら、「新しい未来を一緒に創造してほしい」という県からの強い思いを込めて制作された。

 制作を担当したクリエーティブディレクターの藤井亮氏は、動画公開時に次のようにコメントしている。

「ちょっと変なことをすると、『こんなときに何をふざけているんだ』『不謹慎だ』という声が上がる今のご時世、このような映像のお題を扱うことは正直、気が重いものでした。でも、こんなときだからこそ、ちょっとしたユーモアと、他者を認める心のゆとりが必要なのではないでしょうか。そんなメッセージを込めて制作しました」

 県は今後も、メッセージ性のある動画をはじめとして、効果的な情報発信に努める考えだ。

注=滋賀県広報MEDIA「ニュートンに学ぶ、これからの滋賀ノーマルを公開!」
https://www.pref.shiga.lg.jp/media/article/newton.html  

筆者

電通PRコンサルティング・西山欣文