この記事は時事通信社『地方行政』2022年1月6日号に掲載された記事です。
時事通信から転載許諾をとって掲載しております。


 

 PR(Public Relations)には、行政の施策や観光資源などを内外に周知する「攻めのPR」もあれば、行政に関わる事件や事故が発生した際におわびし、注意喚起を行い、原因や再発防止策を周知するといった「守りのPR」もある。本稿では、危機が顕在化した際に適切に対応することで行政機関のレピュテーション、すなわち良い評判や信頼の毀損を最小限に食い止めるための危機管理施策の一端に触れてみたい。
 2021年7月に発生した某県某市の某地区における土石流は、多数の死傷者を出すなど、甚大な被害をもたらした。本稿の執筆時点(21年12月上旬)では、単なる天災ではなく、関連業者はもとより県や市による人災の要素も認められるとして、第三者による調査が開始されている。
 詳細に触れることは避けるが、現地では以前から関連業者による過剰な盛り土の危険性がささやかれていた。事後に行われた住民説明会では、行政の不備の可能性を追及する厳しい意見が噴出した。まさに県政、市政の危機である。

ハインリッヒの法則

 危機の予兆を確認・把握した時点で先手、先手で対策を施し、大きな事故・事件を未然に防ぐこと、すなわち「リスクマネジメント」は危機管理の根幹であり、これを学ぶ危機管理関連の研修で扱われる頻度が比較的高いのが「ハインリッヒの法則」だ。
 図1のように、重大な被害をもたらし、行政の信用・信頼を揺るがすような1件の事故の発端には、およそ300件の「ヒヤリ・ハット」、すなわちドキッとするような予兆や前兆が存在することを、米国のハインリッヒ技師が数多くの事故を調査して抽出した。この法則は「ヒヤリ・ハット」を発見した者が直ちに何かしらの手立てを打っておけば、エスカレートして1件の重大事故に至るのを防げることを教えてくれる。

図1
出典:電通PRコンサルティング作成

 一般的な危機管理研修では、こうした「初動の重要性」や、職員の身の回りに、あるいは縦横に配置された各部署の業務に付随するリスクの棚卸し(および分析、手当て)を普段から行っておくことの大切さ、またいざというときに備えたマニュアル整備の重要性などを説く。
 しかしながら、これらの遂行は必要条件であり、本当に大切なのは組織を構成する一人ひとりの「意識」である。まずは自分の業務範囲で危機事案を「起こさないようにしよう」という意識がなければ、さらには「大したことはない」「どうにかなる」といった正常性バイアスと呼ばれる意識を払拭しなければ、前述のような施策もたちまち絵に描いた餅に帰してしまう。
 単に法令を順守しておけばそれで良しとしがちな「コンプライアンス」。この言葉の本来の意味(法律はもとより、市民の期待や要請に誠実に応える)の再認識を含め、職員の危機管理意識や対応スキルを高めるために有効な手段の一つが、危機事案発生時の対応を疑似体験する、いわゆるシミュレーショントレーニングである。

北九州市の危機管理研修

 北九州市は例年、多くの職員を統括・管理する課長職に就いた方々を対象とした研修の一環として、この種のトレーニングを行っている。市の主たるスポークスパーソンはもちろん市長であるが、事案によっては現場の課長クラスもメディアと直接対峙することを余儀なくされる。研修では、その前半で市の報道課長が「自分の部署で危機事案が発生したときにどう動くか」といった点について、その体制やルールをレクチャーする。続いて弊社の危機管理広報コンサルタントが「危機を発生させないために」「危機が起きてしまったら」という、予防と対応(クライシスマネジメント)の両局面について心得ておくべきポイントを指南する講義を行う。これらを踏まえ、後半では危機事案対応の疑似体験をしてもらうという構成だ。
 具体的には、架空の事件や事故のシナリオを受講者に提示し、危機が発生した際に市としてのおわびや状況説明を含めた情報開示を行うに当たり、何をどのように準備すべきかを検討し、その成果として模擬の記者会見を行う。これら全体の取り組みを通じ、単に「謝罪会見」をどうしのぐかではなく、危機事案が自分の部署の周りで起こった際の対応がどれだけ重要で大変であるか、大変であるが故にそもそも起こさないこと、リスクに意識を研ぎ澄ますことの大切さを身を持って実感してもらうのである。
 日常業務での思考回路とは違った部分が多く、気付きが多かったという感想を聞く。以下に民間企業にも提供している、こうした危機管理研修でお伝えしているポイントを列挙する。

北九州市で行われた危機管理研修

初動の重要性

 危機事案の発生には、パワハラ・セクハラやインサイダー取引といった法令違反のように、内部でひそかに進行していて、内部告発や労働基準監督署などの監督官庁の調査によって明らかになるものもあれば、施設の老朽化や火災、交通事故など、ある日突然起こるものがある。
 危機は普段からどんなに予防していても、たった一人の悪意やうっかりミス、手抜きなどで簡単かつ唐突に発生する。いざ危機事案が発生した際には慌てず、的確かつ冷静な「初動」が何より重要となる。事態の軽視や放置、隠蔽や責任転嫁で初動を誤れば、対応は後手(守勢)に回ることになり、組織に致命的な結果をもたらしかねない。この発生・発覚の初期段階でまず急がなければならないのは、何が起こったのかという「事実確認」と「報告」である。
 「事実確認」のキーワードは「5W1H」。言わずと知れたメディア報道の構成要素である。「WHO(誰が)」「WHEN(いつ)」「WHERE(どこで)」「WHAT(何をした)」「WHY(何のために)」「HOW(どうやって)」を漏れなく把握し、抜けや漏れがあれば直ちに確認する。ただし有事には「うわさ」「伝聞」「意見(感想)」といった情報も集まってくるので、寄せられた情報の裏を取り、事実のみを扱うことが肝要である。
 これらを「ポジションペーパー」と呼ばれる書類に整理し、事案の推移に従って加筆していく。このペーパーは、危機事案がエスカレートして対応者が増えても、直ちにキャッチアップできるツールとして有効である。
 「5W1H」の要素がそろっていない段階でも、ちゅうちょしてはいけないのが「報告」である。しかるべき部署への報告、最高責任者であるトップへの連絡は、少しの遅れが事態を悪化させ、対応が後手に回る。メディアからもこの点をチェックされ、批判される要素となる。報告時の意識の持ちようで留意すべきは、①責任を回避せず、他人に押し付けない②事態を矮小化しない③加害者であることを意識する──の3点である。特に①②について、人は往々にして自分や組織全体に害が及ぶことを懸念し、ついつい「大したことはない」「もう大丈夫」といった過小報告をしがちである。しかし、ここは腹をくくらなくてはならないし、ここでしっかりとした正確な報告がなされるかどうかは、普段の危機管理意識啓発活動の成果が試されるところである。また③については、直接の加害者でなくても、住民に何かしらの迷惑や心配を掛けていることを勘案し、まずはおわびの姿勢で臨むことで当事者意識を表明することが大切になる。
 現場から寄せられた報告を受け取る側の意識も、また留意すべきポイントである。関連する部署を含め、可能な限りの情報を吸い上げることはもとより、都合のいい情報のみを取捨選択しないことや、バイアスをかけないことも大切だ。特に留意すべきは、自分の立場や組織にとってネガティブな情報こそ、しっかりと漏れなく受け取ることが肝要である。
 こうした情報収集の途上でも、メディアや住民からさまざまな問い合わせがメールや電話で寄せられる。特に記者からの問い合わせは、1対1で役所を代表してコメントしているという立ち位置を忘れてはいけない。
 また、現代はソーシャルメディアなどを通じて、インターネット上にさまざまな書き込みが集積し、瞬く間に拡散する。フェイクニュースと呼ばれる偽情報や誹謗中傷も交じり、風評被害も発生する。事態が深刻であればあるほど、かなりのスピード感をもって対処しなければならない。関係者を集めた対策本部の設置、対応要員の確保など、やるべきことは枚挙にいとまがない。中でも、ステークホルダー(利害関係者)たる住民への情報開示(おわび、状況説明など)は、昨今のコミュニケーション環境下では早ければ早いほど良いとされる。少し開示が遅れただけでも被害の拡大を招きかねず、「対応が遅い」との批判も巻き起こる。危機管理広報の教科書に「不始末よりも後始末が大事」と書かれるゆえんである。

情報開示時の留意点

 住民への情報開示に当たっての大事なポイントは、「しっかりと準備すること」である。開示に慎重になり過ぎてもいけないが、慌てて「まあ大概のことは答えられる」「何とかなるさ」と楽観しつつ記者と対峙すると、要らぬ追及や批判を浴びかねない。おわび一辺倒であるのか、はたまた誤解や曲解を受けていることについて、しっかり訂正するのかなど、情報開示の目的と記者会見で何を伝えなければいけないのかという「キーメッセージ」をしっかり認識して臨むことがまずはポイントとなる。
 次に、①その時点で開示すべきこと②開示しても構わないこと③(個人情報など)この場で開示してはいけないこと──の区分けを厳密にしておくことが重要だ(図2)。こうした情報開示方針を念頭に、ステートメント(冒頭説明)や想定問答集を作り込んでいく。微に入り細に入り準備しておかないと、対応上の不備や表現上の不備(「それってどういうこと?」)を突かれて余計な批判を浴びることになる。

図2
出典:電通PRコンサルティング作成

 法律には違反していない、ルールではこうなっていたなどと、理論や理屈を振りかざして正当性を主張し過ぎるのも気を付けたいところだ。危機事案発生の際には、加害者側としての情緒的な配慮のある発言や態度に軸足を置くべきだ(「情」と「理」の配分が重要である)。
 こうした準備は、とかく広報部門に丸投げされるケースも多いが、発生源である部署はもとより法務や総務など、さまざまな部署がトップを巻き込んで連携して対応すること、総力を挙げて組織のレピュテーションを守ることが、何より望まれるところである。
 情報開示に当たってのもう一つの留意点は、目の前にいる記者よりも、その背後にいるステークホルダー、すなわち多くの住民の方々に常に目線を向けることである。メディアはあくまで情報の仲介者である。報道で情報を受け取る人々をしっかりと見据えて言葉を選び、表情を引き締め、服装を選び、姿勢を正す。ついつい記者の誘導質問や引っ掛け質問、また挑発するような質問にむきになって答えて、余計なことや心ないことをペラペラと話してしまうことは十分に慎まなくてはならない。
 事務方が用意した原稿に目を落としたままの無機的な、誠実さが感じられない説明もいただけない。昨今では、情報開示(記者会見など)の様子はテレビのニュースはもとより、ネットの動画サイトなどでも繰り返し視聴できる。言葉(バーバル)に加え、話し方や表情、姿勢、目線、手の動かし方といった「ノンバーバル」と呼ばれる要素も、住民にそれなりの印象を与えるので決しておろそかにはできない。苦笑いや机上でのペンいじり、組んだ指をくねくね動かす、また貧乏ゆすりなどは言語道断である(報道メディアの撮影班は常にこうした不規則な動作を狙っている)。
 加えて、状況説明や記者からの質問に回答する際の「分かりやすさ」も大切な要素だ。せっかく準備したおわびなどのキーメッセージも、住民に伝わらなくては意味がない。
 記者に正確に報道してもらうためには、①メモの取りやすいスピードで、メリハリをつけて話す②事案に関連する数字や固有名詞をはっきり提示する③役所内の用語や技術・専門用語を並べ立てず、一般に理解できる表現に言い換える──といった工夫が必要である。だらだらとした説明は言い訳に聞こえ、記者に都合のいい部分だけを切り取られることになる。

住民の期待に応える

 前述の危機事案を疑似体験するシミュレーショントレーニングでは、事案全体を俯瞰するところから、ややテクニカルな細部に至るまでを受講者に気付いてもらうことを目的とする。ただし、くどいようだが、そもそも危機事案を可能な限り起こさないこと、起こらないようにしておくことが、何より大事だ。そのためには、過去の事案や法令改正に合わせた体制・ルールの改善、関連施設の広い意味での定期的な点検はもとより、組織横断的なリスクの共有化など庁内のコミュニケーション、すなわち「風通しの良い組織づくり」が組織と職員、その家族を救うとともに、住民からの信用や信頼を維持し、期待に応えることにつながるということを、ゆめゆめ忘れてはならない。

筆者

電通PRコンサルティング・青木浩一