はじめに

トレンドを理解し、PRやマーケティングに活用するためには、そのトレンドがどういうステージにあるのかを知る必要があります。加速期にあるのか、定着したのか、かつてのトレンドへの回帰なのか、それとも、終わりを迎える消滅段階にあるのか。7つのテーマについて各界のオピニオンリーダーに取材し、様々なトレンドをこの4段階に分類しつつ、直面しうるコミュニケーション課題を考えます。

「働き方」篇

第2弾のテーマは『働き方』です。昨年のトレンドレポートに引き続き、これまで1,000社以上の働き方改革を成功に導いてきた株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長小室淑恵さんにお話を伺いました。
コロナはこれまでデジタル化が遅れてきた日本社会にテレワークやペーパーレスなどの急激な変化をもたらしました。それを「覚悟の改革」に結びつけられるのか。コロナを組織変革の機と捉え、日本社会の伝統的な制約で難航していた組織イノベーションを促進できるか。二極化が進むと指摘する小室さんが重視するトレンドを一つずつ見ていきます。

 

1:<加速>コロナ禍で働き方改革を徹底した企業が功を奏し始めた

#働き方改革は“しのぐ”と“覚悟”で二極化が進む
2020年にコロナ禍での働き方改革への取り組みが始まり、この約2年でテレワークも普及した結果、“しのぐ働き方改革”と“覚悟の働き方改革”で二極化が進んでいます。いまだにコロナ禍での変化を「感染拡大による一過性の変化」「コロナが収束すればまた元の会社生活に戻る」と考え、“しのぐ働き方改革”として対応している企業も少なくありません。
一方、企業規模や投資金額とは関係なく、コロナ禍を機に覚悟を決め、改革に成功している企業もあります。2021年は、“しのぐ働き方改革”と“覚悟の働き方改革”で二極化したといえるでしょう。

#利益体質の改善や非効率な慣習の見直しをやり切れるか
これまで慣習としてきた非効率な業務を見直し、利益体質の改善を図る企業が出始めています。積極的な企業は「これまで通りの事業環境では稼ぐ会社にはなれない」とコロナ禍で気付いた企業です。この動きは、2021年後半から見られますが、2022年はさらに加速するでしょう。
12月に改正電子帳簿保存法における電子保存義務化に2年の猶予期間を設けることが発表されましたが、政府の指示に受け身で対応していては、利益体質の改善は望めません。この機をプラスに捉え、ペーパーレス化、電子契約書、スマートHRなど総務的なIT化まで本気でやり切れるかは、事業継続という意味でも大きいと思います。

 

2:<定着>日本に数十年染み付いた仕事の価値観がコロナ禍で動いた

#大企業変化が中小企業の非効率を変えた
コロナ禍で大企業が働き方改革を実施したことで、中小企業の働く環境も効率化しました。実はコロナ禍前から働き方改革を実施したい中小企業は多かったのです。できなかった理由は、大企業側のルールや慣習です。例えば、中小企業が大企業側に来社するのが筋、押印して資料を郵送すべし、とする慣習です。中小企業の意志では変えられなかったことが山ほどありました。コロナ禍で大企業側もテレワークを導入するなど環境が変わったことで、これまで非効率を強いられてきた中小企業が効率的な取引に変わった例を山ほど見ました。「上が変わらないことには下も変わらない」という日本社会の大きなピラミッドが動いたのがコロナ禍でした。動いたピラミッドが元に戻ることはなく、定着したといえるでしょう。

#仕事を休む抵抗感が下がった
ほかに定着したこととして、仕事を休む抵抗感が大きく下がったことが挙げられます。これは新型コロナウイルスの流行や、働く時間や場所が柔軟になったから生まれた意識の変化です。今の若い世代は、年収よりも働く環境がいかにぜいたくかで幸せを感じ、企業に誇りを持ったりする世代だということもあり、長期休暇、週休3日、育休を戦略的に打ち出す企業が増えています。
これらはとてもいい変化ですが、その一方で自由度を与えながらも成果を出すという新しい高度なマネジメントも求められるようになります。そこは企業としては少しかじ取りが難しくなっているかもしれません。

 

3:<回帰>出社を望む管理職と反発する現場社員

#出社でコミュニケーション問題を解決しようとする管理職
対面型の働き方に戻る動きも生まれています。特に、戻ろうとしている、戻りたいというのは管理職(マネジメント)層に多いです。緊急事態宣言が9月末に解除され、Twitterで「強制出社」がトレンド入りするなど、テレワークをしていた社員に出社を求める企業が増えていることが話題になりました。「強制出社」のトレンド入りは、まさに対面型の働き方への回帰を望むマネジメント層と現場社員の意識の乖離を表しているといえるでしょう。ただ、社会全体が出社中心のスタイルに回帰したとは思っていません。
テレワークの弊害としてコミュニケーションが取りづらい、一人暮らしの社員の孤立といったことも言われていますが、私はすべてがテレワークによるものではなく、コロナ禍以前からあった問題だと考えています。「飲みニケーション」として、部下を連れ出しても結果的に上司が自分の意見しか言わない、社員の仕事に対して適切なフィードバックをしていない、こうしたコミュニケーション環境では、たとえ対面に戻っても、問題は解決されないのではないでしょうか。

#テレワークの弊害ではなく、利点に目を向けよう
実際、テレワークでも上手に人材育成をしている企業は、先輩のオンライン商談に新人が同席することで先輩の商談技術を勉強したり、高い成果を出している社員の商談をZoomで録画して教材にする、逆に若手社員が自分の営業の様子を録画し、フィードバックを求めるといった取り組みをしています。定期代の支給を廃止し、出社の都度、清算すると決めたある企業は、今年過去最高益を出しました。社員が出社することに固執せず、その日の成果を出すのに最適な場所を自分で判断して、生産性を最大化した結果です。
マネジメント層の皆さんには、テレワークの弊害ばかりに目を向けるのではなく、テレワークだからできるようになったことに目を向け、さらなるコミュニケーションの円滑化と進化を図っていただきたいと思います。

4:<消滅>働き方改革は数年でその意味が変わった

#もはや「働き方改革=残業削減」ではない
コロナ禍で働き方改革の意味するところが残業削減ではなくなりました。
働き方改革は、2019年4月に働き方改革関連法が施行されたことから本格化しました。当時は長時間労働の是正に焦点が当てられ、時間外労働の規制が義務付けられるなど、「働き方改革=残業削減」だったといえるでしょう。
しかし、コロナ禍で働く時間や場所に柔軟性が求められるようになり、企業は社員の就労状況を全て管理、監視、指示・命令をするやり方には限界があることに気付きました。さらに、通勤をはじめとするさまざまな拘束が生産性の向上を阻んでいたという、根本的な問題にも気付いたのです。
これからは、働く時間や場所に柔軟性を担保しながらも、リモートワークでも社員が意欲を高め、成果につなげていく。それを支えるマネジメント側の心理的安全性の担保がより重要になるでしょう。
 

#働き方に対する価値観の変化は後戻りできない
働き方に対する価値観はもう元に戻ることはないとみています。
“覚悟の働き方改革”を進めている企業は、トップ自らが先陣を切り推進していますが、自らの働き方を変えた体験から「この働き方や価値観の変化は後戻りできない。市場も大きく変わる」と感じ、それがドライバーになって、さらなる改革の推進を進めています。オンラインでの意思決定、人事評価、社員とのフラットなコミュニケーション、そうしたところまで踏み込んだ企業も少なくありません。
前の働き方改革に戻すことに何の意味があるのかということに気付いている企業もあります。

 

5:2022年以降の「働き方」 ~企業へのメッセージ~

#誰が休んでも回る組織づくりと「インターバル」の徹底
マネジメントのかじ取りで徹底して問われるのが、誰が休んでも回る組織づくりです。
かつては、屈強なプレイヤーが最初から最後まで一人でボールを持ってトライを決めるようなスタイルでしたが、今は、育児や介護を両立させながら働く人も多く、また価値観も多様化している中、お互いの事情や価値観を内包したまま、短いパス回しの美しさで以前のスタイル以上の成果を上げられる仕組みを持つことが求められます。そのためには、ボールが落ちないように、情報共有のためのクラウド等への投資は惜しまず行った上で、これまで縛っていた時間や場所の概念を会社が手放し、働き方の柔軟性を徹底的に高めていくことが重要だと考えられます。
ただし、睡眠時間の確保まで手を放してはいけません。すでにEUでは、高いクリエイティビティやイノベーションの源泉となる「睡眠、食事、余暇」を確保できるよう、終業から翌日の始業までの間、企業が社員に最低11時間の「勤務間インターバル」を設ける義務を労働基準として定めています。日本でも2019年から努力義務としていますが、厚生労働省の最新調査結果では、「制度を導入済み」の企業はわずか4.6%、「導入予定はなく、検討もしていない」が 80.2%と意識の低さがうかがえます。11時間というと、随分大変そうに聞こえるかもしれませんが、実は毎日11時間空けても、月間では100時間の残業ができてしまいますので、命を守る最低限ギリギリのラインだということが言えます。
インターバルは、社員の心身の健康を守ることにつながる上、生産性にもつながるので、2022年はぜひ「インターバル」が大きなトレンドになってほしいと思っています。
 

#集合体でパフォーマンスを発揮できる「心理的安全性」の高いチームビルディング
さまざまな事情や価値観がある人を内包した、混成チームの集合体で成果を出すには、「心理的安全性」は欠かせません。心理的安全性を徹底しなくては、先ほど「回帰」の章で述べたような、デジタルツールの利点を生かすこともできません。
心理的安全性の高いチームビルディングをする上で、キーパーソンになるのは粘土層になっている可能性があるマネジメント層です。彼らを対象に心理的安全性の社内研修を行うとき、挙手性では意味がなく、むしろ「時間がない」と言い続け、「自分はきちんと対応できている」と思い込み、参加しない管理職の方ほど参加してもらう必要があります。研修担当者のフォローアップも重要で、徹底している企業は、受講するまで欠席者を追い続けています。
新しいマネジメントスタイルへの一斉転換は、企業のパフォーマンスを上げる上で今後の鍵になります。まだ着手されていない企業は、2022年にぜひ取り組んでいただきたいと思います。

#理由を問わない休みが「ワークライフシナジー」を加速させる
最後のキーワードが「ワークライフシナジー(仕事と生活の相乗効果)」です。各自がライフの時間の中で多様なインプットをし、仕事に新しい価値観を持ち寄ってくれることは、今後の企業の成長の大きな要になると考えられます。
例えば、東京大学の研究チームの画期的な発表によると、テレワークが週1日増えると、男性の家事・育児にかける時間と、家族と過ごす時間のいずれもが6%ほど増加するといいます。働く時間や場所の柔軟性が、人の行動を変えた顕著な例だといえるでしょう。行動が変わることで、見えるものが変わり、価値観が変わり、それがいい商品や企画を生むということに会社が気付き、シフトしていけるかが勝負です。ワークライフシナジーの加速は間違いありません。
その時にポイントになるのが、休みの与え方です。ワークライフシナジーにおけるライフシーンというと、育児や介護をイメージしがちです。しかし、社員には会社がイメージできないほど多様なライフシーンがあります。障害を持つ子どものケア、不妊治療、病気の治療、不登校の子どもの対応など、なかなか組織に言い出しづらいものも多いのです。「誰が休んでも回る組織」にも通じることですが、これまでの日本社会は、休むためには名目が必要でした。その感覚で、●●休暇、と一つ一つの休みに名目をつくってしまうと、対応できていない事情の人にとっては不公平の始まりにもなってしまう。休んで何をするかは社員の自己判断、思い切って手を放して休ませる方が、大きな投資になって返ってくると思います。
今後、有給や育児・介護といった名目ありきの休みとは別に、理由を問わない柔軟に使える休暇制度が広がっていくことを期待しています。

【電通PRC 編集部の視点】

新型コロナウイルスの流行によって多くの企業が働き方改革に取り組みました。昨年のインタビューでのお話よりも、各社の明暗に差が生じていると感じました。明暗が分かれている点として「企業トップ自身がワークとライフの変化による体験から社会が後戻りできないことを痛感して本気で取り組んだかどうか」と小室さんが語っているように、ワークに限らずライフの体験から自社の成長を懸けた変革が始まっているように感じました。
小室さんのお話にも挙がった「理由を問わない休み」も、一人一人のライフの多様性を広げることで会社にイノベーションをもたらす機会と捉えると、企業自身の成長戦略の一つとして見過ごせないトレンドです。もはやコロナ禍に適合した働きやすい働き方を模索する段階は終わり、ワークライフシナジーの後押しで社員も企業も双方がプラスになる戦略的な働き方改革にシフトする必要がありそうです。

(監修・協力=ジャーナリスト・古田大輔)

電通PRコンサルティング トレンド予測レポート 編集部
高橋 洋平
YOHEI TAKAHASHI
第2プランニング&コンサルティング局 6部
今井 慎之助
SHINNOSUKE IMAI
情報流通デザイン局 SD5部
佐藤 佑紀
YUKI SATO
第2プランニング&コンサルティング局 4部
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YAMATO TSURUOKA
情報流通デザイン局 データソリューション開発部
上運天 ともみ
TOMOMI UEUNTEN
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