この記事は時事通信社『地方行政』2021年12月16日号に掲載された記事です。
時事通信から転載許諾をとって掲載しております。


 

 少子高齢化や東京圏への一極集中が加速し続ける中、「地方創生」が日本の社会問題として叫ばれて久しい。
 総務省が発表した2021年現在の人口推計によると、65歳以上の高齢者は過去最多を更新し、総人口に占める高齢者の割合は世界で最も高い29.1%となった。さらに内閣府の発表によると、19年時点の都道府県の高齢化率は、1位が秋田(37.2%)、2位が高知(35.2%)、3位が島根・山口(34.3%)と、地方都市ほど高齢化が進んでいる。
 また東京都の転入者数は1997年以降、超過し続け、2025年までには東京の都市人口が世界1位になるとの予測もある。そんな状況に追い打ちをかけるように、新型コロナウイルスの感染拡大は、地方にとって大きな収入源であったインバウンド(訪日客)に大打撃を与えた。
 一方、世界各国でワクチン接種が急ピッチで進む中、中国や米国では早くも「リベンジ旅行」需要が爆発的な広がりを見せ、観光業界に復活の兆しが見えてきている。日本国内でのインバウンド再開には、もう少し時間がかかりそうだが、いずれ日本にも同じチャンスが到来することは間違いないだろう。
 そこで今回は、遠からぬインバウンド復活を見据え、動画を活用し、「世界初の秋田犬アイドル」をフックに展開した、斬新な地方自治体のPR事例を紹介したい。

秋田県が抱える深刻な課題

 秋田県は、総務省の発表によると高齢化率、人口減少率とも全国1位で、まさに「課題先進県」として深刻な問題に直面している。
 その打開に向け、県北部の大館市、北秋田市、小坂町、上小阿仁村が手を組み、秋田の魅力を世界に向けて発信するため、2016年4月に立ち上げたのが「一般社団法人秋田犬ツーリズム」だ。地域連携DMO(Destination Management Organization)と呼ばれる組織で、官民の幅広い連携を通じて観光地域づくりを推進する法人である。
 設立の背景には、海外では「Akita」というと、誰もが「秋田犬」をイメージする半面、発祥地である肝心の「秋田県」という地名の認知度が、著しく低いという課題があった。そこで、国内からの観光需要の増加が見込めない状況下でインバウンドに着目し、世界で愛される「秋田犬」をフックに秋田の魅力を世界へ積極的に発信し、地方創生の実現を目指そうと考えたのだ。
 県北部の4市町村が共通して抱えていたのは、「アクセスが悪い」「知名度が低い」「目玉となる観光地がない」という課題だった。そんな逃げようのない課題を乗り越えるためには、戦略的コミュニケーションを通じて、窮境を好転させるような魅力を発信することが不可欠だった。

ヘビーリピーターほど地方への関心が高い

 まずターゲットを設定する上で、どんなペルソナ(リアルに詳細が設定された人物像)であれば、交通の便が悪く、知名度も低く、分かりやすい観光名所もない場所に足を運ぶかを考える必要があった。さまざまなデータを調べていくと、初めて訪日する観光客は東京や京都といったメジャーな観光名所を好む一方、訪日経験が豊富なリピーターは多くの人に知られていない魅力を求め、地方まで足を延ばす傾向にあることが明らかになった。
 海外向けに日本の魅力を紹介するインターネットメディア「FUN! JAPAN」を運営する「株式会社Fun Japan Communications」によると、秋田県における訪日観光客の中で最も多い割合を占める台湾人は、8割がリピーターで、4回以上来日したことがある人は5割に上るという、熱心な訪日リピーターであることが分かった。このため、戦略的ターゲットを「台湾人観光客」に定めた。

「温かみ」を求めて日本へ

 広告と違い、PRでは双方向のコミュニケーションが前提となる。そのためには「情報発信者が提供できること」と「ターゲットが求めていること」が、重なり合う共通点を見いださなければならない(図)。その上でコミュニケーションの軸となる、分かりやすく、共感を呼ぶコアコンセプトを設定し、情報発信していくのだ。

図 「情報発信者が提供できること」と「ターゲットが求めていること」が重なり合う共通点
出典:電通PRコンサルティング

 今回の場合は、まず戦略的ターゲットである訪日ヘビーリピーターの台湾人観光客が、どのような心情で、どのようなものを求め、日本に足を運んでいるかを正しく把握する必要があった。さまざまな調査の結果、訪日ヘビーリピーターは「誰も知らない魅力」「地域の人との出会いや優しさ」「のんびりした時間」を求めており、ありきたりの観光スポットにはない深い日本の魅力、人々の温かさなどを求めて日本に足を運んでいることが分かった。
 一方、秋田県北部が提供できる価値としては、きりたんぽ鍋はもちろん、曲げわっぱなどの名産物や地元の人々の温かさ、忠犬ハチ公で知られる秋田犬などが挙げられる。まさに、東京では見つけられない「温かみ」を感じる、ほっこりとした文化だと言える。
 そんなインサイト(消費者意欲の核心)を掛け合わせ、その「温かさ」を打ち出すために、「Cool Japan」ならぬ「Warm Japan」というワードをコアコンセプトとして設定した。

史上初の秋田犬アイドルグループを結成!?

 世界を舞台に、認知度が低いものを広めるためには、まずはより多くの人の関心を引く、斬新なアイデアが欠かせない。国内外もインパクトのあるコミュニケーションを実現するため、「動画」という手法を活用し、キラーコンテンツを考案した。
 企画考案の当時は、AKB48をはじめとする日本のアイドルグループのブームが到来し、世界でも話題を呼んでいた。そんなことから、ウェブ上で話題になりやすい「擬人化」の手法を用い、「秋田犬」と「アイドル」を掛け合わせ、秋田犬の顔を持ちながら、アイドルの体を持つ史上初の秋田犬アイドルグループ「MOFU MOFU☆DOGS」(モフモフドッグス)を結成した。
 動画コンテンツは、そんな秋田犬アイドルグループの新曲「Waiting4U(ウェイティング・フォー・ユー)〜モフモフさせてあげる〜」のミュージックビデオとして展開した(前㌻の写真1。モフモフとは、多量の柔らかい毛を持ち、ふかふか、ふわふわ、ふさふさ、もこもことした様子。犬や猫、ウサギの愛くるしい様子などを形容するのに使われることが多い)。
 動画は、「MOFU MOFU☆DOGS」が地元の人々と一緒に、秋田県北部の自慢のスポットや食、文化など、さまざまな魅力をノリノリの音楽にのせて紹介していくという、ツッコミどころ満載の内容だ。ちなみに、歌声は実際の秋田犬の鳴き声を収録してつなぎ合わせ、コアターゲットである台湾人をはじめ、世界中の人に楽しんでもらえるよう、日本語、中国語(繁体字)、英語の字幕を付けて公開した。
 動画をきっかけに興味や関心を持ってもらい、さらに秋田の魅力について理解を深めてもらえるよう、特設サイトも展開した(写真2)。サイトのトップ画面には秋田犬の顔を全面に出し、顔を指でなでると犬の毛並みがモフモフ動くようなインタラクティブ(双方向)な工夫を仕掛けた。
 また、動画で紹介された秋田県北部の名所をはじめとするディープなお薦めスポットの紹介など、秋田の魅力を3カ国語で発信し、興味や関心を持った人が実際に足を運びたくなるよう後押しする情報を掲載した。

写真1 「Waiting4U~モフモフさせてあげる~」の ミュージックビデオ
(出典:一般社団法人秋田犬ツーリズム)

写真2 特設サイト(出典:一般社団法人秋田犬ツーリズム)

 

情報流通構造の設計

 キラーコンテンツである動画などの制作物がそろったところで、これらをどのように発信し、「最大限の話題化」を図るかを考えていくのが、まさにPRの力の見せどころだ。
 台湾のPR会社と手を組み、この動画が現地で話題となるようにするためには、どのような情報流通構造を設計すべきかを考えた。そこで分かったことは、まず親日的である台湾人の特徴として、日本ではやっているものを好む傾向があるということだった。従って、まずは日本で動画を公開し、国内で「着火」したタイミングで、台湾で「今、日本で話題の動画」として「輸出」するという情報流通を設計した。
 また台湾人観光客は旅行の際、ガイドブックよりも旅行系ブロガーのコンテンツを参考にする傾向があることも分かった。そこで関心の高い層に、よりリアルな秋田の魅力を届けるため、台湾で人気の旅行系ブロガーと手を組み、情報発信することにした。
 日本での情報発信は2016年、秋田犬にちなんで「犬の日」の11月1日の、午前11時1分(ワンワンワン)という報道されやすいタイミングに合わせ、「日本初!? 秋田犬アイドルグループがデビュー!」という、目を引く見出しとともにリリースを配信した。
 リリースでは動画の概要に加え、犬の声をつなげてつくっていることや、メンバーの名前やプロフィル、総勢260人のエキストラが協力してくれたことなど撮影の裏話を紹介し、メディアや生活者が取り上げたくなるような細かい仕掛けを盛り込んだ。
 その結果、公開して間もなく、「秋田犬が主役の斜め上過ぎる! 秋田県北部PR動画に目が点」といった見出しで、ウェブサイトや新聞などで数々の露出を獲得した。「斜め上」とは想定・予測していた結果よりも一歩進んだ、またははるかに超えた内容であることなどを表現する言葉である。
 ソーシャルメディア上でも「秋田犬アイドルユニット最高すぎる」「秋田のPV個性的すぎやろw」「まさか、ボーカルパートが全部秋田犬の声で録音していると思わなかった…」と話題に。それがきっかけで、テレビ番組でも続々と取り上げられた。そして、公開したユーチューブ動画は、わずか2週間で再生回数が100万回を突破したのだった。
 台湾では、動画の再生回数が100万回となったタイミングで、「100万回再生! 今、日本で話題の動画!」として、ローカライズしたリリースとともに情報を発信した。また台湾の人気旅行系ブロガーの2人には、実際に秋田に足を運んでもらい、彼ら自身のソーシャルメディア・チャンネルで、彼ら自身の言葉で、台湾人の視点で、秋田の魅力を発信してもらった。その結果、台湾でもウェブや全国紙、テレビ番組での露出のみならず、ブロガーの投稿でも多くのエンゲージメント(いいね、コメント、シェアなどの反応)を獲得した。

国内外で299件のメディア報道

 現地のPR会社と協業して設計した戦略的コミュニケーションが功を奏し、日本国内はもちろんのこと、今回のコアターゲットであった台湾でも話題を呼ぶことに成功。国内外で計299件のメディア報道を引き出すことができた。内訳は国内199件(テレビ8、新聞17、ウェブ174)、台湾67件(テレビ10、新聞5、ウェブ52)、その他の国でウェブ33件。
 そして、海外で大きな広がりを見せたことから、国内では動画公開のタイミングで第1波の露出があった後に、「海外でも注目を浴びている秋田のPR動画」という新しい切り口で、予想を超える「逆輸入」的な報道があった。ソーシャルメディアやユーチューブ動画には「見て3秒で来年秋田行こうと思った」「ライブ有ったら犬連れて行きたい」「I will go to Akita when I go to Japan next time」など、秋田に対するポジティブなコメントが多く寄せられた。
 さらに、秋田内陸縦貫鉄道の外国人団体客は動画公開の翌2017年、初めて1万人を突破した(全399団体のうち韓国とタイからの2団体を除き、すべて台湾からだった)。公開翌月の16年12月の台湾人乗客は839人で、前年同月比では4.6倍となり、同鉄道の12月の団体申し込み数は前年比300%に上った。
 国内外で大きな話題を呼んだことから、本プロジェクトは「PR Awards Asia 2017」をはじめ、三つの国際的なPR業界賞を受賞した。

最後に

 今回は動画コンテンツを活用した、国境を超えたインバウンド事例を紹介した。ここまで話題を呼んだことには、大きく二つの要因が考えられる。
 まずは発信したコンテンツが、世界の誰が見ても目を引くインパクトのある「動画」だったことだ。総務省の発表によると、19年にはスマートフォンの保有率上昇やインターネット環境の改善がきっかけで、スマホからの月間動画視聴時間が過去5年で1人当たり約4倍に成長した。
 ユーチューブやティックトックをはじめとした動画プラットフォームが急激な成長を見せる中、特に世界を舞台に情報発信する際には、動画制作はますます欠かせない手法となるだろう。
 もう一つの要因としては、コアターゲットのインサイトをしっかり理解した上で情報流通の設計を行ったことだ。コアターゲットである台湾人インサイトを把握せず、日本と台湾で同じタイミングで動画を公開していたら、今回のような成果は得られなかっただろう。

筆者

電通PRコンサルティング・北田真理子