この記事は時事通信社『地方行政』2021年12月2日号に掲載された記事です。
時事通信から転載許諾をとって掲載しております。


 

 近年、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」が急激に注目を集め、ニュースメディアやソーシャルメディアで目にする機会が増えている。SDGsとは、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、30年までにより良い世界を目指す国際目標だ。目標となる17のゴールと、より具体的な実行手段などを示した169のターゲットで構成され、地球上の「誰一人、取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っている。
 筆者が所属する電通PRコンサルティングの社内シンクタンクである企業広報戦略研究所(C.S.I.=Corporate Communication Strategic Studies Institute)が今年、約1万人の日本の消費者に行った調査でも、直近の2年間で認知度が52.5ポイント上昇するなど、その注目度の向上は著しい(図1)。

 今回はSDGsの中でも、特に地方自治体のPR戦略と地方創生に関連が深いゴール11「住み続けられるまちづくりを」について、国内での成功事例を交えながら紹介する。
 ゴール11は「包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する」というテーマの下、10項目のターゲットで構成される。国際的に見て人間居住などの水準が高い日本国内では、とりわけ過疎化の問題や地元への愛着といった点が主な課題となる。

Z世代は「SDGsネーティブ」

 過疎化の問題や地元への愛着といったテーマを取り上げる際、メインターゲットとなるのがZ世代である。連載第2回(11月18日号)でも触れたが、Z世代とは、スマートフォンやソーシャルメディアが当たり前に存在する時代に育った1990年代中盤以降に生まれた若者を指す。
 自治体の未来を担うこのZ世代は、幼少期から「リサイクル」「地球温暖化」といったワードを多く耳にしているため、SDGsへの関心が高い。「SDGsネーティブ」と称されることも多く、社会課題への取り組みに積極的な傾向があるとされている。
 自治体のSDGs目標や地方創生を実現するためには、行政だけで取り組むのではなく、地元にいる本来的にSDGsへの関心が高い世代を巻き込むことが、効果的であることは言うまでもない。しかし、過疎化の問題や地元への愛着といった複数の要素から成る地方創生というテーマは、Z世代からは堅苦しいと思われ、敬遠されがちである。
 では、Z世代を巻き込むためには、どのようなアプローチが必要なのか。ケーススタディーとして、2018年に宮崎県小林市で実施され、企業との巧みなコラボレーションにより、Z世代を巻き込みながら理想のまちの未来を検討することに成功したプロジェクトを紹介したい。

プロジェクト実施の背景

 小林市では、18年4月に行われた市長選の投票率が、10代で約16%、20代で約27%と、30代以上の各世代と比べて低かった。また文部科学省の調査によると、同市を含む宮崎県の高校卒業者(16年卒、17年卒)の県外流出率は、47都道府県で最も高いなど、Z世代の地元への関心の希薄さが課題となっていた。
 このような若者たちに、まちの未来を「主体的に」考えてもらうために重視しなければならないのは、プロジェクト立ち上げのタイミングで彼らの興味を失わないためのアイデアである。
 若者の政治に対する無関心や地元への愛着の希薄さといった課題を解決するため、「若者たち自身が、楽しみながら、主体的に地元のまちのことを考え、興味を持つこと」を念頭に、小林市が手を組んだのが、米国に本社を構える大手ビデオゲーム・コンピューターゲーム販売会社のエレクトロニック・アーツ社(以下、EA社)だ。
 同社は、「ゲームを通して世界にインスピレーションを与える」というブランド・パーパス(企業の存在意義)を掲げており、日本でもそれを体現すべく、貢献できる機会を探していた。小林市とEA社はこうした背景から手を組み、同社のゲーム「シムシティ・ビルドイット」を活用したプロジェクトを展開する運びとなった。
 シムシティ・ビルドイットは、まちづくりシミュレーションゲーム「シムシティ」シリーズの最新作で、スマホアプリとして展開されている。同シリーズは1989年の発売以来、幅広い世代からの人気を誇る。
 その理由は、都市開発過程のリアルさだった。シムシティの中では、プレーヤーは架空都市の市長となり、インフラ開発や災害対策、環境問題のバランスを考慮しながら、まちを発展させる必要がある。このリアルな都市開発のエッセンスを生かすことで、Z世代を巻き込みながらゴール11「住み続けられるまちづくりを」について検討していくための有効なアプローチが可能であると考えたのだ。

キーワードは「ゲーミフィケーション」

 前述の通り、小林市の抱えていた大きな課題は若者たち、特にZ世代の地元のまちへの関心、愛着の希薄さであった。その解消には、若者が主体的に自らのまちに関わるきっかけが必要であると考え、市はシムシティを通じ、まちの未来を考えるチーム「小林市シムシティ課」を結成した。
 このアイデアは、シムシティが単に「まちづくりゲームのパイオニアだったから」というだけでなく、「まちづくりを検討するに当たり、スマホゲームを活用する」というPR視点からきている。
 Z世代の巻き込みを考えたとき、彼らがどのようなメディア利用をしているか、理解することが何よりも重要だ。プロジェクト実施当時の2018年は、既に「日本の高校生の約7割は1週間に1日以上、スマホゲームをプレーしている」という状況だった(次ページの図2)。Z世代とスマホゲームの密接な関わりは、年齢が低くなるほど顕著であり、この傾向は今日ではますます加速していると言って間違いないはずだ。
 小林市は地元への関心が薄いZ世代に対し、プロジェクトがスタートしたタイミングで彼らの興味を失わないよう、従来使用されていた紙の教科書や難しい書類ではなく、彼らの生活に溶け込んだスマホゲームをプラットフォームとして活用することで、SDGsネーティブである彼らの遊び心をくすぐったのである。
 ゲームやゲーム的要素を活用して楽しみながら参加者の理解を促し、モチベーションを高めるアプローチは「ゲーミフィケーション」と呼ばれる。小林市シムシティ課のプロジェクトは、このゲーミフィケーションを基に展開されたわけである。特筆すべき点はスマホゲームを1次メディアとして活用した上で、バーチャル世界で完結していた従来のゲーミフィケーションとは異なり、現実世界への広がりを用意した点だ。
 小林市シムシティ課はまちづくりという堅苦しいテーマに関し、高校生たちが楽しく考えるためのツールとして、市の街並みが再現されたシムシティ・ビルドイットを活用。理想の小林市を具体的に考えてもらうための教材として提供した。
 このスマホゲーム教材は県立小林秀峰高校の総合学習の授業を通じ、3カ月にわたり使用された。シムシティ・ビルドイットを活用したまちづくりのワークショップでは、特別講師として参加した市の職員らが生徒と共に、未来の小林市について考えた。
 ワークショップを起点とし、シムシティ・ビルドイットから名を取った、まちの未来を考えるチーム「小林市シムシティ課」が、ここに誕生したのである。
 シムシティ・ビルドイットのゲーム内には、さまざまな属性の住民が住んでいる。ある層の住民だけのために良いまちをつくると、別の層の住民からは不満が上がる。そうしたゲームの特性を生かしながら、生徒たちは若者視点の理想のまちだけではなく、第三者の視点を意識しながら議論し、時には市職員のアドバイスを受けつつ、ゲームと現実世界を照らし合わせながら、まちの未来を検討することができた。
 プロジェクトの締めくくりとして、生徒たちはシムシティ・ビルドイットを通じて考えた理想の小林市をテーマに、市長や市職員が出席したタウンミーティングの場で、堂々たるプレゼンテーションを行った。
 このタウンミーティング開催の3日前には三菱地所の協力を得て、シムシティ課の生徒たちを東京・大手町の三菱地所本社に招き、「まちづくりのプロとの意見交換会」を開いた。最終発表の直前に、発表内容を研さんする機会として用意したのだが、そこに報道関係者も招待し、全国への情報波及を狙った。
 こうしてシムシティ課は、これまで難しいテーマとして敬遠されていた過疎化の問題や地方創生といったテーマについて、Z世代を巻き込みながら検討することに成功したのである。

「小林市シムシティ課」の活動に参加する高校生(市提供)

海外でも高い評価

 約3カ月にわたり実施された小林市シムシティ課の取り組みは、二つのテレビ番組で取り上げられたほか、ニュースサイトで340本の記事が掲載されるなど反響を呼んだ。また、シムシティ課の高校生たちによって生み出されたまちづくりのアイデアは、市長や議会の承認を受け、実現に向けたクラウドファンディングが実施され、目標額の1.7倍に上る175万4000円の寄付を集め、2020年11月に現実のものとなった。
 実現したのは、「生駒高原映え増え栄え大作戦」というアイデアだった。若者に人気の写真投稿アプリ「インスタグラム」で話題となるような写真が撮影できるよう、観光客の減少に悩む生駒高原に「インスタ映え」するスポットをつくって盛り上げるという取り組みで、完成したフォトスポットは今もなお、地元の観光名所として親しまれている。
 本プロジェクトは、国際PR協会主催の「ゴールデン・ワールド・アワーズ・フォー・エクセレンス」で、19年9月に世界トップ賞となるグランプリを獲得するなど、各種の海外PRアワードを受賞し、高い評価を得た。さらには、ロシアにあるモスクワ大の哲学科の授業で取り上げられたほか、「TED×TOKYO」を立ち上げたトッド・ポーター氏がファシリテーター(進行役)を務める「未来創造」をテーマにしたパネルディスカッションに、シムシティ課の高校生たちが登壇するなど、国内外で広がりを見せた。
 小林市で行われたSDGsアクションは大きなうねりとなり、広がっていったのだ。

コラボレーションの重要性

 Z世代を巻き込んで成功を収めた小林市シムシティ課であるが、その要因は大きく二つある。一つ目は「Z世代のメディア利用実態を的確に捉え、スマホゲームを教材というメディアとして活用した点」、二つ目はそれを実現するために必要不可欠だった「企業との巧みなコラボレーション」だ。
 前述のゴールデン・ワールド・アワーズ・フォー・エクセレンスで審査委員長を務めた、国際PR協会のスベトラーナ・スタブレバ会長は本プロジェクトについて、以下のように評価した。
 「小林市の長期にわたる成長と競争力を刺激する可能性を持つエコシステムを企業、自治体、学校がゲーミフィケーションでつくり上げた素晴らしい事例である」
 SDGsのゴール17に「パートナーシップで目標を達成しよう」と掲げられているように、社会課題の解決に当たっては、政府や企業、自治体、NPOなどがバラバラに取り組むのではなく、コラボレーションが重要だということを示唆する重要なコメントと言えるだろう。
 SDGsの達成期限である2030年まで、残り9年。注目度が今後、ますます高まることは間違いないだろう。自治体、企業、NPOなど関係機関・団体の取り組みが加速度的に進行する中、本稿で紹介した小林市シムシティ課のプロジェクトが、そのヒントになれば幸いである。

筆者

電通PRコンサルティング・佐藤佑紀