この記事は時事通信社『地方行政』2021年11月18日号に掲載された記事です。
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 ソーシャルメディアが日常に溶け込んで久しい。誰もが参加できる多面的なコミュニケーションメディアであり、目的によって使い分けることを前提に設計・使用されている。中でもツイッター(Twitter)、インスタグラム(Instagram)、フェイスブック(Facebook)、ティックトック(TikTok)は、企業や自治体が生活者とコミュニケーションを取る場として注目を集めている。
 日本における主要ソーシャルメディアの変遷を簡単におさらいすると、2011年の東日本大震災をきっかけにツイッターの普及が進み、14年にインスタグラムが大流行。17年に「インスタ映え」という言葉が年間流行語大賞に選ばれた。若者を中心に、インターネット上で影響力のある「インフルエンサー」が、自身のインスタグラムやユーチューブ(YouTube)で情報を発信し、トレンドを創造するようになっていった。
 18年には「ハッシュタグチャレンジ」(ティックトック内でユーザーに企業コンテンツの作製・投稿を促す広告)を筆頭に、ティックトックが本格的に流行。20年はユーチューブが一気に普及し、現在では生活者がマスメディアとソーシャルメディアの間を相互に行き来し、情報を収集することが当たり前になっている。
 自治体によるソーシャルメディアを使った取り組みも増えている。18年に、自治体で初のバーチャルユーチューバー(Vチューバー、VTuber)となる「茨ひより」が、茨城県公式としてユーチューブで誕生。彼女が登場するチャンネル「いばキラTV」は登録者数が14.6万人(21年9月現在)に上り、ゲーム配信や「歌ってみた」動画を投稿する一方、県産品や道の駅などを紹介する動画も公開し、全国の生活者とコミュニケーションを図っている。
 長野県小諸市は、音声メディア「ボイシー」(Voicy)を活用した観光情報発信チャンネルを、20年から運用中だ。観光客向けの音声ガイドを配信する取り組みで、配信内容についてツイッターでリスナーとやりとりする。その他にも、ノート(note)では約50の自治体が公式アカウントを開設・運用(21年9月現在)し、各地の暮らしやご当地グルメ、職人の紹介記事を発信している。

複数のアカウントを使い分ける

 このように、自治体のソーシャルメディアを使った取り組みは多様化している。その背景として、生活者のメディア接触状況に注目したい。デジタル技術の進化とともに成長してきた「ミレニアル世代」(1981〜95年生まれ)と、スマートフォンやソーシャルメディアが当たり前に存在する時代に育った「Z世代」(90年代中盤以降に生まれた若者)について紹介する。
 現在、消費をけん引しているのはミレニアル世代である。この世代は、デジタル技術によって他者とつながることが容易になったことで、価値観の合う相手との交流やコミュニティーに所属することを好む。親しい人同士で複数のソーシャルメディアで相互にフォローし合い、情報やトレンドを共有する。
 一方で近い将来、消費の中心となるのがZ世代だ。彼らは「スマホネーティブ」「ソーシャルメディアネーティブ」とも呼ばれ、利用するソーシャルメディアによってフォロー・フォロワーが大きく異なる。加えて、一つのソーシャルメディアで複数のアカウントを趣味や嗜好に応じて使い分けるなど、メディアだけでなくアカウントによっても自分のパーソナリティーを変え、ソーシャルメディア間を自由に渡り歩いて情報を収集・発信する。
 例えば、ツイッターでは①好きなアイドル応援用アカウント②1人暮らしテクニックの収集アカウント③現実の友人との交流用アカウント④趣味のオンラインゲーム友達との交流用アカウント──などといった具合である。
 Z世代ほど顕著ではないが、ミレニアル世代を含む他の世代でも、ソーシャルメディアで複数のアカウントを使いこなす生活者は珍しくない。それに応じて、ソーシャルメディアの使い分けは企業・自治体でも多く見られるようになってきた。例えば、ブランドイメージを構築するにはインスタグラムを、生活者に親近感を持ってもらうためにはツイッターを、より商品のファンになってもらうためにはユーチューブを選ぶといった形だ。
 ソーシャルメディアが増えるとやることが複雑になるように感じるが、実際はシンプルだ。企業・自治体が取り組むことは共通して、各ソーシャルメディアで生活者と関係を構築し、興味・理解を獲得して、投稿の共有や生活者同士の会話を起こすことである。
 また、企業・自治体が一つのソーシャルメディアで複数のアカウントを持つ場合、特定のジャンルやテーマに興味はあるものの、それ以外は必要に応じて集めにいく生活者の情報収集行動を前提としている。アカウントを新たに作り、「これは〇〇について発信するアカウントです」と宣言することで、生活者により興味を持ってもらいやすくするのだ。

戦略─ターゲット層の共感を取り込む

 日本における映画の興行成績ランキングを見ても、近年のアニメの人気の高さは明白である。2019年は「天気の子」が、20年は「鬼滅の刃」が、実写映画に大差をつけて1位である。さらに、ここで昨今話題に上ることが多くなった「声優」についても触れておきたい。
 これまで、アニメやゲーム作品の吹き替えなどが主であった声優の活動範囲は、今やアイドル活動など多岐にわたる。中には、ツイッターで100万人以上のフォロワーを持つ声優もいる。ミレニアル世代やZ世代にはこういった声優のファンも多い。彼らの影響力が非常に強力になっているのを見て、声優をマーケティングに起用する企業も増えているのである。
 ここからは声優を起用し、ミレニアル世代やZ世代とコミュニケーションを図った自治体の事例として、佐賀県の「23時の佐賀飯アニメ」を紹介したい。
 佐賀県は、13年に県の魅力について情報発信を行う地方創生プロジェクト「サガプライズ!」を立ち上げ、これまでに宝島社、ビームス、森永製菓、スクウェア・エニックスのゲーム作品「ロマンシング サ・ガ」、アニメ「おそ松さん」、カプコンの格闘ゲーム「ストリートファイターⅡ」など、企業・ゲーム・アニメ作品と数々のコラボレーションを行ってきた。その背景には、佐賀県とゆかりのない人たちに県を知ってもらい、関心を持ってもらうという目的がある。
 コラボレーションが成功する一方で、継続的に佐賀の観光資源そのものへの関心を集める必要があるという課題が見えてきた。時を同じくして、同県では20年、新型コロナウイルス感染症の影響で観光業や飲食業が大きな打撃を受けており、県としては電子商取引(EC)サイトなどからの県産品購入を促し、コロナ禍で苦境に立たされている地元業界の応援につなげる必要があった。
 こうした状況から、佐賀県は「佐賀の飯=おいしそう」というイメージを印象付けるためのプロジェクトをスタートさせた。キャンペーン効果を一過性に終わらせるのではなく、将来にわたって「佐賀って、おいしいものがたくさんあるな、例えば〇〇とか〇〇とか……」といった評価を確立し、飲食業の売り上げ回復への寄与を目指した。
 コロナ禍で旅行に制限がある中、オンラインで佐賀飯を購入してもらうことを前提としていたため、オンライン購入にためらいの少ないミレニアル世代とZ世代をターゲットに設定。同県が誇る、さまざまな食の魅力を余すことなく伝えるための情報発信の手段として、これらターゲット層が好むアニメの表現技法に着目した。
 県にゆかりのない人たちを振り向かせるためには、佐賀飯がおいしそうだと強烈に感じ、この上なくおなかがすくように、食材を描く必要があったからだ。実写では難しい表現でも、アニメであれば実現できることもメリットだった。
 発想のきっかけとなったのは、スタジオジブリの作品をはじめとしたアニメで食を描いた場面である。テレビの地上波で放送されたジブリ作品に登場した料理が、おいしそうに描かれている様子がツイッターで話題になっており、「実物よりもおいしそう!」「ジブリの世界で描かれるようなおいしそうな料理を食べてみたい!」「〇〇が食べていた料理を再現してみた」といった投稿を見て、佐賀の食材のみずみずしさや出来たてのおいしそうな魅力をアニメで表現することに決めたのである。

10夜連続の「飯テロ」企画

 アニメによって究極においしそうに描かれた佐賀飯を、さらにパワーアップさせて生活者に届けるために、佐賀県はここでもターゲット層の共感に注目した。
 ツイッターのユーザーらが、深夜の小腹のすく時間帯に食欲をそそる画像を発信する行為は、「飯テロ」と呼ばれている。飯テロは、ソーシャルメディア利用者の感情を揺さぶる行為として定着していることから、これを佐賀飯アニメの情報発信のフックに取り入れることにした。アニメを公開する場所をツイッターに決め、人々が最もおなかのすく時間帯である午後11時を狙い撃ちし続ける、10夜連続の飯テロ企画「23時の佐賀飯アニメ」が生まれたのである。
 今年2月15〜24日に、佐賀の食材が食欲を刺激する「シズル感」たっぷりに描かれた超短尺アニメが毎晩、午後11時に投稿された。どれも2000以上リツイートされ、「おなかがすいて仕方ない……」「我慢できず一杯始めました」などと連日、多くのユーザーの食欲を刺激し続けたのである。
 アニメとして描かれたのは竹崎カキ、佐賀ラーメン、佐賀牛など1日1食材で、すべて佐賀県のグルメだ。肉汁や食材の艶など、細部まで再現された食材の見た目だけでなく、炭火で焼く音や麺をすする音も、究極に食欲をそそるものに仕上がっている。こうしたアニメならではの表現に加え、声優の宮野真守さんが「うめぇ」などと合いの手を入れ、目の前で旬の佐賀飯を味わっているかのような演出がされている。コメント欄にそっと置かれたリンクから県産品のECサイトに行き、思わずポチッて(ECサイトで商品を購入する、の意)しまった人も多い。
 同県は「23時の佐賀飯アニメ」の制作陣に、アニメ業界のプロたちを迎えた。「戦姫絶唱シンフォギア」シリーズの総作画監督を担当する藤本さとるさんが監督を務め、「美少女戦士セーラームーン」(アニメ版)のキャラクターデザインを担当した伊藤郁子さんが作画を担った。広告演出には石田洋平さんを起用。「虫籠のカガステル」「7SEEDS」などを制作したスタジオKAIも参加し、佐賀の食材を最大限おいしそうに描いたのである。

テレビで取り上げられ、生活者が話題に

 初回の2月15日午後11時に投稿された佐賀飯アニメ動画は、すぐに反響が見られた。3万リツイート、5万いいねを超え、1カ月のツイート件数は10万超となった。10夜連続で投稿された佐賀飯アニメは、ツイッターでのインプレッション(表示回数)が計2000万回以上に達している(4月時点)。「#23時の佐賀飯アニメ」のハッシュタグを付けて投稿されたツイートの中には、アニメのモチーフとなった湯豆腐やイカ、シシリアンライスなどの写真も多く見られた。
 アニメを投稿した公式ツイッターには「飯テロ」を喜ぶ生活者の声が寄せられ、「早速ポチりました!」といったコメントが並んだ。佐賀県が本企画のために新規で立ち上げたツイッターアカウントのフォロワーは瞬く間に2万人を突破し、「明日も楽しみにしています」「もうやめてくれ(喜)」といった反応であふれたのである。
 翌日以降の飯テロの食材が何かを予想し合う投稿や、地元のツイッターユーザーがアニメで取り上げられなかった自身のお気に入りの店を紹介する投稿を行うなど、生活者同士で佐賀飯について語る様子が見られた。その結果、県民、地元企業アカウント、県出身者、宮野さんのファン、アニメ好き、飯テロ好きが「23時の佐賀飯アニメ」をそれぞれ話題にした。
 2夜目以降は、午後11時の飯テロをツイッターで楽しみに待つユーザーも現れた。1夜目で描かれた竹崎カキを早速、食べたことを報告する投稿も見られた。この様子は連日、テレビやウェブメディアで報じられた。テレビニュース経由でツイッターにアクセスしてきた生活者や、5夜目ごろから企画を知り、1〜4夜目の飯テロを急いで見返す生活者もいたのだ。
 こうした生活者の動きは、ソーシャルメディアの特長をうまく捉えた企画だったからこそ起こった。佐賀県が10夜連続の飯テロ企画であると宣言することで、お気に入りのテレビ番組の放送開始を待つように生活者が飯テロ投稿を楽しみに待ったり、1夜目にツイッターにアクセスしなかったが、企画に興味を持つ生活者が後からでも合流できたりと、流入の間口を広げて生活者に自由な楽しみ方を提供できるようにしている。

都内スーパーや海外の日本政府観光局も反応

 そしてソーシャルメディア経由で、ゆかりのなかった人たちの「予定外の購入」が積み重ねられた。スーパーで買い物をした生活者からは「早速いちごさんを買いました!」、ECサイトで購入した生活者からは「佐賀ラーメンも追加でポチりました!」といった声が寄せられた。
 佐賀県によると、県公式ECサイト内で販売があった食材3種(佐賀牛、呼子のイカ、佐賀ラーメン)は、アニメ公開初日の2月15日を起点とした1カ月前後の販売個数が28%増えたという。さらに、東京都内のスーパーから佐賀フェアの実施に当たり、「23時の佐賀飯アニメ」の情報をチラシに盛り込みたいという問い合わせや、香港の日本政府観光局からフェイスブックで紹介したいとの要望も届いた。
 生活者の共感を生むコンテンツ・情報流通を設計することで大きな注目を集め、ソーシャルメディアで興味を持たせることで、購買意欲を刺激し、瞬発的な購入に直結する。ソーシャルメディアは、自分と同じコンテンツに触れ、同じように感じた他人のコメント内容や、少し前に接触して検討の末に購入した様子に、リアルタイムで遭遇するプラットフォームである。
 佐賀県がツイッターやウェブサイトで、実際にお取り寄せをしてもらうために行った、お取り寄せサイトやふるさと納税サイトへのリンク投稿や、近隣の生活者に向けた現地店舗への案内URL紹介なども、県にゆかりのなかった人たちの「予定外の購入」に着実に実を結んでいく。そしてアニメで描かれた10食材に限らず、県の飲食業全体に時間をかけて還元されるのだ。
 今回の企画は、国際的なPR業界賞「2021 SABRE Awards Asia-Pacific」で、ソーシャルメディア/ソーシャルネットワーキングキャンペーン部門の最優秀賞に輝いた。日本の自治体が行ったキャンペーンが、海外でも高く評価されることになったのである。

【23時の佐賀飯アニメ】
公式ツイッター
 https://twitter.com/saga_meshiani
公式ツイッター・アニメ本編
 https://twitter.com/saga_meshiani/status/1364575812452814851?s=20
公式サイト
 https://sagaprise.jp/23jinomeshiani/

筆者

株式会社電通PRコンサルティング・深谷朋宏