この記事は時事通信社『地方行政』2021年10月28日号に掲載された記事です。
時事通信から転載許諾をとって掲載しております。


 

 2015年11月から本誌で「プロフェッショナルが語る自治体PR戦略」と題し、地方自治体のPR戦略について成功事例を紹介しながら、全15回にわたり解説させていただいた(15年11月9日号〜16年4月11日号)。連載は好評で、16年末には「成功17事例で学ぶ自治体PR戦略〜情報発信でまちは変わる〜」として書籍にまとめられ、時事通信出版局から刊行いただいた。
 書籍は大学や自治体で参考書としてご利用いただいたが、5年弱を経て今回新たな事例を交えながら、この連載を開始することとなった。新型コロナウイルス禍で社会環境は大きく様変わりし、経済面や生活面にとどまらず、個々人の価値観までもが揺らぎ、迷走し、いまだ落ち着かない状況にある。
 これまでも、われわれはこうした変化に幾度となく対峙し、その都度、前進あるいは後退を余儀なくされながら何とか順応してきた。ここでは状況をポジティブに受け止め、そしゃくし、取るべき行動を決め、これにPRの要素やツールを駆使することで、いかにターゲット層の共感を得ることができたのかを、幾つかの自治体の事例を交えて共有していきたい。紹介する事例は主に成功裏に終わったものを取り上げるが、もちろんそこに至るまでにさまざまな課題や苦労、失敗なども人知れず存在する。
 本連載では、成功に導いた担当者の思いや各活動のエッセンスにできる限りフォーカスして解説していく。税金を予算とし、失敗が許されない自治体で、大胆なPR戦略を取ることにはリスクもある。また年度ごとに予算が割り当てられ、長期的なPR戦略を持つことは民間企業に比べ困難であると思うが、「あすから使える知恵」として活用を検討いただけたら幸いである。

PRの定義

 冒頭に堅い話で申し訳ないが、共通認識としてPRの定義について、まず説明させていただきたい。PRはパブリックリレーションズ(Public Relations)の略語だ。時代や地域、人によって、PRはさまざまに定義されているが、ここではこれからの議論のよりどころとなる代表的なものとして、国際PR協会(IPRA)が19年に発表した定義を共有しておきたい。
 「パブリックリレーションズは、信頼の置ける、倫理的なコミュニケーション手法を通し、組織と組織を取り巻くパブリックとの間に、関係と利益を築くため、意思決定の管理を実践することである」
 ここで押さえておきたいのは、「企業や官公庁や団体が、社会や生活者との間に良い関係を築き、お互いの発展を期すためのあらゆる活動を指す」ということだ。パブリシティー(記事や報道で取り上げられ、メディア露出すること)やテレビCM、プロモーションイベントなど、コミュニケーション手法はさまざまあるが、そうした個々の手法ではなく、それらを活用し、利害関係者とのより良き関係づくりを目指すあらゆる行動が、そこに含まれる。大事なのは、その行動プロセスによって引き起こされる「成果」だ。
 ここで企業や官公庁や団体が目指す「成果」は、自身に対するレピュテーション(好意度)の獲得、エンゲージメント(関係性)の深化、それらを背景とする商品・サービスの購買行動促進などを指す。この「成果」について留意すべきは、特にビジネス界において、そのほとんどがPRをパブリシティーという、PRにおける「一手法」と捉えている、すなわち極めて狭義に誤解されていることだ(ちなみに広告もPRの一つの手法にすぎない)。
 そしてそのパブリシティーの効果も、ニュースとして瞬間的に話題になって世間に知れ渡るという、いわば一義的な「広告代替手段としての認知度向上」が期待されており、「理解・納得・共感の醸成」「信頼感の付与」「生活者間での会話の創出」など、PRが本来目指す提供価値が置き去りにされている。PRとは前述の定義にあるように、他者との良好な関係性を構築するための包括的な概念であると考えていただきたい。

混同しやすい「広報」と「PR」

 併せて「PR」と「広報」の捉え方についても、一言述べておきたい。一般にPRの同義語として「広報」という言葉を使うことも多いが、「広報」は文字通りに解釈すると、「広く(=社会に対して)、報ずる(=知らせる)」という意味となる。言い換えると、企業や団体が社会に向けて「情報発信する」ことが「広報」なのだ。この説明では、「広報」とは一方的な情報発信と読み取れ、そのスタンスは「自分の都合で、自分のタイミングで、自分の言いたい」メッセージを発信するだけにとどまる。先の定義にあるような「社会との良好な関係づくり」よりも、広告的なスタンスに近いものと誤解されても仕方ないだろう。
 「広報」と「広聴」という言葉をセットにすれば、本来の定義に少しは近づくのかもしれない。まず「広聴(=広く聴き)」し、それを基に「広報(=広く報ずる)」するとなれば、先行して相手側の意見に耳を傾け、そこで生じている課題への対策を講じつつ、それらを社会に伝え、反応をうかがうという双方向なコミュニケーション活動となる。まさに「良好な関係性を構築する」ための「対話」をしていることになるわけだ。
 このように、継続的で双方向のコミュニケーション手段を総動員した包括的な活動こそが、現代のPRである。伝えて終わりという一方的で独り善がりな情報発信ではなく、最終的な設定目標達成を目指す際のプロセス全体を設計するのが、PR思考の戦略的コミュニケーションプランニングなのだ。重ねて言うが、場当たり的に「やって終わり」でなく、活動の先の「成果」を見据えてこそ、その活動の意味が生まれるのだ。

ソーシャルメディアの台頭

 現代のコミュニケーション環境は、かつてなかったほど大きく変化している。ソーシャルメディアの台頭で、いわゆるマスメディアを介した一方的情報発信は生活者に受け入れられづらくなった。情報の収集と伝達力に優れたマスメディアに寄せていた絶対的安心感や信頼感はあっても、ソーシャルメディアというオンライン空間で接する自身の関心に近い存在に心を許し、寄り添う現象が増えている。影響の大きい情報発信者、いわゆるインフルエンサーへの傾倒である。
 さらにはインフルエンサーを中心とした、同じような思考回路を持つ生活者が集まるグループ(クラスター)内での活発な議論や情報交換が発生し、これが拡散されることによって、社会での大きな声となることもある。
 ソーシャルメディアでは、一方的な情報発信では収まらず、またインフルエンサーと生活者の1対1の「双方向」だけでもない多面的なコミュニケーションが行われている。このような、より複雑化した情報流通構造においては、常に生活者のさまざまな声に耳を傾け、必要に応じてコミュニケーション計画の軌道修正を行い、目的に到達するためのPDCA(計画、実行、検証、改善)サイクルを回していくなど、複雑な対応が必須となってきている。
 現在、このソーシャルメディアの大きな影響に鑑み、各メディアの特性を理解しつつ、「PESO」という枠組みで理解・管理していくのが定石となっている。PESOとは、「P=Paid(広告などの購入するメディア)」「E=Earned(ニュース報道などで信頼や評判を得るメディア)」「S=Shared(情報を伝播・拡散させるソーシャルメディア)」「O=Owned(自ら所有し、コントロールできるウェブサイトや公式サイトなどのメディア)」の頭文字を取った枠組みだ。
 予算をどのメディアに配分するといった整理ではなく、それぞれのメディア間を情報がどういう経路で流通していくのか、そこに生じる相互作用、相乗効果も想定しながら立体的に組み合わせていくことが求められる。日々変化する外部環境にも目を配りつつ、トレンドを外さないような注意も必要だ。
 例えばニュースメディアからではなく、企業や団体の公式サイト(オウンドメディア)から直接、情報を取得する生活者もいるし、ソーシャルメディア上で話題になっている事象をテレビの情報番組が話題にすることもある。各メディアの特性と、そこで語られるコンテンツの傾向をしっかり把握しておくことが大切だ(図)。

バルセロナ原則3.0

 PR活動の効果測定は難しい。今や企業・団体は、新たなKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)の設定に試行錯誤している。これは決定的なKPI指標を提供できていないPR業界の問題でもあるが、パブリシティー露出量ばかりを追い求める時代は終わった。その質や最終成果を負わず、広告費換算などの手法への違和感は増し、今まさにその転換期を迎えつつある。これは海外でも同様で、各地域のPR業界団体でもさまざまな声が上がっている。
 PR業界では2010年に「効果測定に関するバルセロナ原則」と呼ばれる、PRの効果測定に関する基準がまとめられた。国際的なPRの業界賞でも、審査過程でこれをベースに成果を評価するなど、今や世界的に定着している。15年9月に「原則2.0」、20年7月には「原則3.0」と、社会情勢に合わせて更新されており、筆者も現時点での効果測定のよりどころとしては最適と感じているのでこちらも共有しておく。
 PR活動の最終的な目標に対する成果を重視し、情報量だけでなく、その質も重視する。この時代においてソーシャルメディアは無視できないため、その成果も盛り込み、最後にその測定における透明性の確保などもうたわれているので参考にしてほしい。

 ①ゴールの設定はコミュニケーションのプランニング、測定、評価に絶対的に必要なものである。
 ②測定と評価はアウトプット(施策の成果)、アウトカム(目標に対する成果)に加え、潜在的なインパクトを明らかにすべきである。
 ③ステークホルダー(利害関係者)、社会、そして組織のために、アウトカムとインパクトを明らかにすべきである。
 ④コミュニケーションの測定と評価は、質と量の両方を含む必要がある。
 ⑤パブリシティーの広告換算はコミュニケーションの価値を測定するものではない。
 ⑥総合的なコミュニケーションの測定と評価には、オンラインとオフラインの両チャネルを含む。
 ⑦コミュニケーションの測定と評価は、学びとインサイト(洞察)を導くため、誠実さと透明性に基づくべきである。

 PRキャンペーンやプロジェクトの実施においては、個々の活動の成果をまとめ、それを分析して効果測定を行い、次のステップにつなげていくことが、組織の持続可能性(サステナビリティー)に直結する。しかし成果を評価する際、得てして世間的な評価にその成否を照らし合わせようとしてしまうことも多い。絶対的な基準がない中で、まずは「前回からどう成長できたか」を自身で把握することが、次へのステップとなる。アーネスト・ヘミングウェーの言葉から一つ引用して、ここに記したい。
 「周囲の人より優れているから立派なわけではない。本当に立派なのは、以前の自分よりも優れていることだ」

今後の連載内容について

 さて、冒頭から堅苦しいことを述べてきたが、次回以降は実際の事例を基に、個々の課題解決のためのヒントを提示していきたいと思う。予告として、各事例の背景情報を紹介しておこう。
 まずは1990年代半ば以降に生まれた「Z世代」など、若年層へのアプローチ方法だ。真のデジタルネーティブといわれ、氾濫する情報の取り扱いに慣れており、その整理術にもたけた世代。求める情報はどこからでも得られ、また誰とでも情報でつながることができる環境にある。
 一方で世界金融危機、新型コロナ感染症拡大という2度の世界的な危機で社会的、経済的な衝撃にさらされ、「21世紀のダブルロストジェネレーション」とも呼ばれる。まさに大きな環境変化を乗り越え、多様な価値観を持つターゲットであるが故に、Z世代との関係性をどう紡いでいくかは今後のPRの大きな共通課題であろう。そんな彼ら、彼女らにつながる接点として、ソーシャルメディアやオウンドメディアをどう使っていくべきなのか、そんな考察を紹介したい。
 そして、地方自治体が直面する各地の過疎問題へのアプローチだ。「消滅可能性都市」に該当する自治体が全体のおよそ半分を占めるまでに至る現状で、そこに住む意味や住みやすい環境をいかに整備し、それをどう伝えていくかは喫緊の課題となっている。
 コロナ禍で余儀なくされたリモートワークなどで、居住地域と職場や取引先との物理的距離は解消されつつあるが、より積極的にそこで暮らす意味を、昨今の潮流である「持続可能な開発目標(SDGs)」の視点から組み立てる取り組みも年々増えている。こちらは次世代との共創を目指すときの共通接点として、「(ゲーム機などの)ゲームプラットフォーム」「ゲーミフィケーション(ゲーム的要素の応用)」を取り入れるなど、自治体と生活者、そして企業がコラボレーションしてきた事例を取り上げてみたい。
 さらには、コロナ禍で大打撃を被っている観光産業。自治体では、これを大きな収入源とするところも多いだろう。さまざまな制約がある中、ユニークなターゲット分析や設定により、新たな領域拡張に成功しているところも多い。外部要因による逃げようのないマイナス環境に直面したとき、従来のやり方にこだわらず、それを覆すようなチャレンジができるか。未知の一歩を踏み出す勇気で新たな境地が開けることもあるという事例を、国内外を含めて共有するつもりだ。
 その他、積極的なプロモーション活動の背後で発生する、レピュテーションを脅かす「炎上」などのネガティブ事象の予防や、発生時の対応修得を目的とした危機管理研修、SDGs活動の最先端をいく海外自治体の環境問題への取り組み、ダイバーシティー(多様性)&インクルージョン(包含)対策など、海外のPR業界賞などでも話題となり、評価された事例をご紹介する予定だ。そのエッセンスは、必ずや自身の活動に取り込んでいけるはずだから。
 本連載は学びの先の実践を目指している。試行錯誤する中で何か思い悩むところがあれば、ぜひPR会社に相談してほしい。その経験値を存分に活用し、自治体の皆さまの目的達成に向けた最適な戦略的コミュニケーションプランを共に創り上げていくことが賢いPR会社の使い方であると、この業界で30年を経た私自身も思っている次第だ。

筆者

株式会社電通PRコンサルティング・井口理