企業広報戦略研究所では、広報会議にて「データで読み解く企業ブランディングの未来」と題し、データドリブンな企業ブランディングのこれからをひもとく指南役として2020年7月より連載を開始しました。第13回(8月号)は、「米バイデン政権で変わる日本企業の対応」をテーマに解説しています。

本トピックスでは、内容をより深掘りしていきます。

 


 

アメリカでは、昨年11月の大統領選挙を経て、本年1月にバイデン政権が誕生しました。バイデン政権においては、トランプ政権とは真逆の政策を遂行するのではないかという意見も見られましたが、まったく異なる政策もあれば、トランプ政権を踏襲する政策もあります。ここでは、バイデン政権の半年を振り返り、これからの課題を見ていきましょう。

「広報会議」8月号に執筆した通り、バイデン政権の目玉は気候変動対策です。通商(サプライチェーン)、エネルギー、インフラ、環境など多岐にわたる政策の根幹に気候変動対策を位置付けています。また、トランプ時代に分断されたといわれるアメリカ社会を再び融和させるようなメッセージも発出しています。

 

 

アメリカの通商政策/サプライチェーン戦略は対中強硬路線

トランプ時代と変わらず、関税強化や中国系企業の上場禁止、投資の監視、そして知財問題など、対中政策については基本的には強硬路線です。特に、半導体やレアアースのサプライチェーンについては、アメリカは経済安全保障を強化する動きをとります。アメリカの経済安全保障は軍事的な安全保障と密接に関連しており、バイデン政権においても、軍事技術の民生化や、台湾の半導体メーカー(TSMC)の保護のため、中国と台湾の紛争を避けるような軍事的圧力を使うことが考えられます。

 

半導体については、日本は経済産業省がこの6月に「半導体・デジタル産業戦略」を発表しました。1990年ごろは半導体の世界シェアで日本は約5割を占め、「産業の米」とも言われました。当時、世界のトップ10に、NEC、東芝、日立、富士通、三菱電機、松下電子など6社も入っていました。しかし、現在は、トップ10に日本企業は見当たらず、世界シェアにおいてもわずか1割となってしまいました。経済安全保障強化の掛け声とはいえ、今から国家主導での技術開発や生産で世界シェアを奪うことは、至難の業です。従って、日本および日本企業にとっては、現実的には日の丸半導体ではなく、海外の半導体メーカーから冗長性を持たせた半導体の調達ができるかどうかがカギとなるでしょう。

 

 

インフラ計画においては日本企業にもチャンスが

インフラ計画については、バイデン政権では、当初、8年間で240兆円規模の投資をぶち上げていましたが、財源となる法人税増税に反対する共和党との調整に手間取り、共和党議員を含む超党派グループとの間で130兆円規模とする案で合意したと、6月24日に発表されました。アメリカのインフラは恐ろしく老朽化しており、建て替えの必要性がかねて言われていましたが、ようやく実現に動きそうです。エネルギー網、交通網、通信網など、インフラの建て替えは裾野が広いことから、さまざまな産業へのトリクルダウンが期待されます。日本企業も、アメリカの同盟国として、サプライチェーンに組み込まれる可能性があることから、ビジネスチャンスが拡大すると考えられます。ただ、重要なことは、「Japan Quality」と言って、日本人だけが開発できる、日本人だけがメンテナンスできる、ということでは、アメリカでは売れません。多民族国家であるアメリカ人が使いこなし、メンテナンスできる機械や設備、部品でなければならず、アメリカ人のメンタリティーに合った製品づくりが必要となります。

 

【バイデン政権の政策は、日本企業にとって青信号となるか】

 

 

2022年の中間選挙の動向にも注目

注意すべき点は、来年秋の中間選挙です。現在、大統領、上院、下院を民主党が押さえ、トリプルブルーと言われているものの、民主党内での派閥争いや共和党との対立など、バイデン大統領が望む法案を通すことは簡単ではありません。中間選挙で民主党が議席を落とし、議会がねじれることで、さらに法案可決が難しくなります。このような状態をレームダックと呼びますが、レームダックになれば、バイデン大統領の残りの任期である2年は、自分がやりたい政策が何も実行できなくなる可能性があります。最近では2期目のオバマ政権において最後の2年がレームダックとなり、有効な政策が打てませんでした。

日本企業にとっては、この中間選挙の動きを注視し、アメリカなどへの投資計画、輸出、工場の立地計画などについて慎重に検討することが必要となるでしょう。

 

 

バイデン政権の人権重視と新疆問題

最後に、バイデン政権の特徴は人権の重視であり、中国の新疆ウイグルにおける強制労働批判や新疆産の綿製品のアメリカへの輸入禁止などを行っています。ユニクロ製品が米政府の輸入禁止措置に違反したとして、米税関・国境警備局が今年1月、ロサンゼルス港で輸入を差し止めていたことが判明しています。

本テーマについて、6月末にアメリカのシンクタンクの研究者と意見交換を行いました。米研究者から次のような意見がありました。

  • バイデン政権において人権問題は重視される。このような環境で、中国における人権問題とビジネスのバランスをとることは非常に難しく、日本企業にとってもアメリカ企業にとってもジレンマがあることは間違いない。
  • 日本企業は今後のかじ取りが難しいだろうが、中国のこれまでの歴史をよく見てみることだ。中国ではこれまでにも、多くの外国企業、例えば、スターバックス、ナイキ、マクドナルド、KFC、アップル、ユニクロ、MUJI、カルフールなどが非難され、不買運動が起こされている。2008年のカルフールへの不買運動は、フランスにおいて北京五輪への反対運動が起きたことへの意趣返しといわれている。日中関係が最悪だった時期には、日本資本のデパートやスーパーマーケットが中国で破壊されたりしたことを覚えているだろう。中国は、人権や領土について外国(政府)から批判されると、外国企業に対して「表態」(中国への態度・忠誠心)を表すよう求めることがよくある。
  • 今の時代は、ソーシャルメディアを使った批判が不買運動と結び付いている。そして、これらの批判を圧力として、「表態」を求めるようになってきている。しかし、これは中国の一般国民の世論の反映ではないことも認識すべきだ。
  • 今回の新疆問題に当たっては、例えば、人権問題と綿製品の製造とを切り分けるなど、問題の分析が必要だ。中国共産党の思考や行動原理を深く理解し、その打ち手を予測しなければならない。これまでに起きた外国企業の問題は、実はそれほど長期化していない。これがなぜなのか、どこが落としどころなのかなどについても、過去のケースを研究・考察すべきだ。

 


本テーマについては、7月上旬発行予定の「ワシントン政策分析レポート」において、報告する予定です。

【米中激突、人権問題で難しい舵取りを迫られるホワイトハウス】

 

現在の日中関係はそれほど悪くありませんが、今後、米中関係が悪化することがあれば、この動きに影響され、2012年ごろの最悪の状態になる可能性も否定できません。対中ビジネスが日本の貿易総量の1/4を占めることから、引き続き日本の経済界にとっては、中国は重要な相手国です。ワシントンDCには情報収集やロビイングのために、150社の日本企業が事務所を置いているとされています。今後、日本企業ではアメリカの政策分析とともに、北京における情報収集も強化し、中国の政策分析・予測も行うことが重要となるでしょう。

 

 

執筆

許 光英(きょ・みつひで)

パブリックアフェアーズ領域において、国際情報分析およびグローバルコミュニケーションを担当。これまで情報通信、商社、化学、国際輸送、航空業界等のクライアントサポートを歴任。日本におけるネット選挙解禁(2013年)以降、政治とSNSの関係をリサーチ。

 

 


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