企業広報戦略研究所では、広報会議にて「データで読み解く企業ブランディングの未来」と題し、データドリブンな企業ブランディングのこれからをひもとく指南役として2020年7月より連載を開始しました。第12回(7月号)は、「広報が「企業姿勢」発信し価値を創出する時代へ」をテーマに解説しています。

本トピックスでは、「価値づくり広報」について、より深掘りしていきます。

 


 

コロナ禍の到来を受けて、企業の経営環境の変化はますますスピードを増し、広報・PR活動のミッションもそれに合わせた進化が求められています。

企業広報戦略研究所(Corporate communication Strategic studies Institute. 略称C.S.I./電通PR内)は広報部門の果たす役割や機能の進化に関する研究の一環として、企業の広報・PRの関係者を対象に定期的な調査を行っています。

当研究所は2020年12月、それらの調査結果を基に、企業広報における「価値づくり」への向き合いの重要性をまとめた書籍「新・戦略思考の広報マネジメント」(日経BP)を発刊しました。本稿では、これからの企業に求められる「価値づくり」広報と、その実現に向けて取り組むべきことについて、書籍より詳しく解説します。

 

「話題づくり」から「価値づくり」に変化した広報のミッション。その背景とは?

当研究所の調査結果によれば、各企業が考える広報・PR部門の活動テーマをランキングすると、1位は図1のように、第1回調査から第4回調査まで変わらず「トップのメッセージ・企業ビジョン」。広報・PRにおける最重要テーマであることが分かります。

2014年からの6年間で最も上げ幅が大きかったテーマは、6位の「CSR」です。一方、上げ幅が最も小さかったのは、3位の「商品・サービスPR」でした。このように、企業の広報・PRのミッションは時代と共に変化し続けています。

 

【図1 広報担当部門の業務テーマ】

Q.貴部署の担当する広報テーマは?

『第4回 企業広報力調査』詳細はこちら:https://www.dentsuprc.co.jp/csi/csi-outline/20201118.html

 

また、当研究所は2013年の設立以来、延べ約2000社に対し、企業広報の活動実態調査やヒアリングなどを実施してきました。その研究結果から、広報・PRのミッションが「話題づくり」から「価値づくり」に変化してきていると考えています。その背景として大きく三つの理由が挙げられます。

 

背景① 情報の消費期限が短くなった

コロナ禍によって、メディア・情報環境も急激にDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでおり、広報・PRの世界にも大きな影響を及ぼしています。

メディア側では、情報量に制限のないウェブニュースや、動画共有サイトの増加で情報発信量は飛躍的に増加しました。情報の受け手となる生活者も、メディアやデバイスの多様化、5Gなどネットワーク環境の進化により、四六時中情報に接触できる時代となっています。

毎日膨大な情報が流れている中で、一過性の話題を提供しても埋もれてしまう、すなわち、その「消費期限」は極めて短くなってきていると皆さんも感じているのではないでしょうか?

そこで、情報の “歩留まり”を高めるために必要となるのが、情報を発信する企業による「価値づくり」です。海洋プラスチックごみ問題への社会的注目をいち早く捉え、ストローを紙製に切り替えたカフェチェーン、コロナ禍において真っ先にマスク増産に乗り出した電機メーカーなど、社会の不安や期待にいち早く応えている企業には信頼や共感が寄せられ、その企業が発信する情報には耳を傾けてくれるようになるのです。

背景② ESGの本格普及

当研究所の調査によれば、投資を考える際に、企業のESG(Environment, Social, Governance)に対する取り組みを考慮する人は77.6%に達しています(図2参照)。

【図2 投資時に企業のESGの取り組みを考慮する】

『 2020 年度 ESG /SDGsに関する意識調査 』詳細はこちら:https://www.dentsuprc.co.jp/releasestopics/news_releases/20200929.html

 

企業の価値を評価する尺度として、売り上げやROE(自己資本利益率)などの財務指標はもちろん大事ですが、中長期的な投資先として評価され続けていくためには、ESGに取り組むことが重要です。

実際、決算説明会だけでなく、企業の統合的価値を伝える「ESG説明会」を開催する企業も急激に増えてきており、この傾向は今後も加速していくと思われます。

また当研究所では、企業が伝えるべき“価値”には、

  • 「製品価値(プロダクトバリュー)」 : 顧客との直接的な接点であり、利便性や品質などを訴求し、提供価値を実感してもらう。
  • 「市場価値(マーケットバリュー)」 : 株主や投資家を主たる対象に、企業の成長性を伝え、活力ある企業であることを知ってもらう。
  • 「社会価値(ソーシャルバリュー)」 : 企業の中核となる価値で、ステークホルダーの声を収集し、企業経営に取り込むことで、社会からの信頼を得る。

の三つあると考えています(図3参照)。

ESGに関する取り組みは、一義的には市場価値になりますが、市場価値や製品価値にも社会価値が内包されていることが大事だと考えます。

【図3 企業の伝えるべき価値】

背景③ 株主からステークホルダーへ

米国の経営者団体「ビジネスラウンドテーブル」が2019年8月19日、株主第一主義から「ステークホルダー資本主義」への転換を宣言しました。企業が説明責任を負う相手は株主だけでなく、「顧客、従業員、サプライヤー、コミュニティ、株主の利益のために」と言い換えられました。

さらに、企業は自社の利益の最大化だけでなく、パーパス(Purpose)の実現も目指すべきだという姿勢を打ち出しました。

(ビジネスラウンドテーブルの宣言詳細はこちら : https://www.businessroundtable.org/business-roundtable-redefines-the-purpose-of-a-corporation-to-promote-an-economy-that-serves-all-americans )

 

当研究所の調査でも、こうした世界的な流れを反映した結果が見て取れます。企業の広報担当者に「重視するステークホルダー・ターゲット」を問う設問(複数回答)で、大きな変化が表れていました(図4参照)。

【図4 重視するステークホルダー・ターゲット TOP10】

出典:『第4回 企業広報力調査』

2014年の調査以来初めて「国内メディア」が4位に順位を下げる一方、3位の「従業員とその家族」は第1回調査から毎年スコアを伸ばし、6年で25.0ポイント増加しました。また、5位「取引先」も徐々にスコアを伸ばしており、メディアとの差が0.6ポイントまで迫っています。

このデータから広報・PR活動における重要ミッションが、メディアを通じた「話題づくり」だけではなく、自社にとって重要なステークホルダーとのよい関係性づくり(リレーションシップ)に進化してきていることが分かります。

 

 

「ソーシャルバリュー」を生み出すための第一歩。社会課題の設定方法とは?

「価値づくり」を行う上で、企業が情報発信をすべき価値を当研究所では「ソーシャルバリュー(社会価値)」と捉え、「企業価値向上と、社会の持続的成長の両立を目指し、独自の資産・事業・理念で社会課題解決に挑戦することで生み出す新たな価値」と定義しています。

「ソーシャルバリュー」に対してESG投資の観点から「株主・投資家」からの注目が高まっているのはもちろんですが、現在は一般生活者も重視し始めています。

当研究所の2020年に実施した調査によれば、企業のSDGsに対する取り組みを知った人の7割以上に、その企業の情報を検索したり、商品・サービスを購入・利用するなど、何らかの行動変容が起きています。(図5参照)

【図5 企業のSDGsに対する取り組みを知り実際に取った行動(年代別)】

出典:『2020年度 ESG/SDGsに関する意識調査』

では企業は自社の資産や事業を活用して解決に挑戦する社会課題を、どのように設定すればよいのでしょうか。当研究所で「価値づくり」を行っていると考えられる事例を抽出し、社会課題の設定方法を次の3パターンに整理しました。

第1に、事業領域と密接な社会課題を選ぶことが重要です。事業に関することはすでに知見も多くあるため、深掘りすべきテーマを比較的見つけやすく、世の中からの理解も得られやすいでしょう。

第2に、切迫度が高い社会課題に注目することも大事です。喫緊の課題は社会からの関心も高く、肯定的に受け止められやすいといえるでしょう。一つの参考データとして当研究所の調査をご紹介すると、生活者の多くは食品ロス、廃プラスチック、フードバンクなど身近な暮らしの中にある、持続可能な社会の実現に向けた問題に強い関心を持っていることが分かります(図6参照)。ただし、ファクトが伴っていないにも関わらず、時流に乗ったイメージ先行型のコミュニケーションは、社会からの関心が高いだけに生活者からファクトがないことを簡単に見破られ、批判につながるリスクもあるので注意が必要です。

【図6 生活者が関心のある/期待する企業のSDGsに関連する取り組み(複数回答)】

出典:『2020年度 ESG/SDGsに関する意識調査』

一方、向き合うべき社会課題が見つからない場合は、第3の方法として、世の中で注目を浴びている社会課題のハードルを下げることも一案です。例えば「企業内部でのコミュニケーション改善」は、労働生産性の向上を達成する上で重要な社会的課題ですが、一企業が取り組む上で何から着手すべきなのか見えづらいです。この課題を「上司部下のお昼休みでのコミュニケーション改善」にまで具体化し、視線を下げると、取り組むべき活動の切り口が見つかりやすくなることがあります。

このように企業の実力で向き合える社会課題を抽出し、その解決を実現する取り組みが、新たな「ソーシャルバリュー(社会価値)」の創出につながります(図7参照)。

【図7 社会価値の概念図】

 

「価値づくり」広報を成功させるための三つのアプローチ

「ソーシャルバリュー(社会価値)」は各企業が社会課題に向き合い、その実力によって課題の一部を解決することに加えて、その事実が世の中に伝わることで初めて、具現化します。当研究所は、「価値づくり」広報を成功させるための重点ターゲットと、ターゲットに向けた代表的な三つのアプローチを以下の通り設定しています。

  • 重点ターゲット「1位 株主・投資家」を中心とした「ソーシャルバリュー(社会価値)」の追求。
  • 重点ターゲット「2位 顧客」との「エンゲージメント」の構築。
  • 重点ターゲット「3位 従業員とその家族」との「インターナルブランディング®」の実践。

 

ソーシャルバリューの定義は前述しましたが、「顧客エンゲージメント」「インターナルブランディング®」はそれぞれ以下のように定義しています。

  • 顧客エンゲージメント : 複合的かつ双方向にコミュニケーションを展開し、顧客との“良い関係性”につながる新たな価値を生み出す活動
  • インターナルブランディング® : 従業員こそが企業の最も重要な資産であると考え、従業員一人一人の企業理念への理解や共感を深め、事業への浸透を図り、新たな価値を生み出す活動

 

それぞれに共通しているのは、重点ターゲットの一人一人が共感できるファクト(事実)を一つずつ創り上げていくことが、新たな企業の「価値づくり」につながるということです。ファクトを創り上げていく上で、広報・PR担当者には“統合思考”が不可欠であると考えています。

広報・PRにおける“統合思考”とは、

「社内各所に埋もれていたファクトをベースに、魅力的な価値に仕立てる企画・プロデュース能力」です。

社会に対していかに魅力的な活動をしていても、それが世の中に認知されていなければ、その価値はないものと同様になってしまいます。広報・PR部門の武器である“情報収集・発信”により、重点ターゲットとなるステークホルダーの期待や不安を的確に捉え、先読みし、社内に還元、さらには社外とのシナジーを生み出していくことで、企業の「価値づくり」をプロデュースしていく思考が重要です。

社内の部門の垣根を越え、さらには社外のリソースをも統合させる“統合思考”の下、企業価値を高めるプロデューサーとしての活躍が、改めて広報・PR部門に求められています。

 

「価値づくり広報」に関するセミナー・企業内勉強会・ミニワークショップなどを実施しています。ご興味ある方は企業広報戦略研究所(担当:横山)までご連絡いただければ幸いです。

 

執筆

横山遼太朗

2018年4月入社。化粧品や食品メーカー等民間企業に加え、官公庁や地方自治体、各種業界団体のPRコンサルティングを担当。デジタル領域におけるソリューションの企画や、国際会議・スポーツイベントの広報対応業務に携わる。2021年1月よりコーポレートコミュニケーション戦略局 企業広報戦略研究所に異動。大学ではコーポレートファイナンスを専攻し、IR活動や企業価値に関する研究を行う。

 

 


【お問合せ先】 info-csi@dentsuprc.co.jp