企業広報戦略研究所では、広報会議にて「データで読み解く企業ブランディングの未来」と題し、データドリブンな企業ブランディングのこれからをひも解く指南役として2020年7月より連載を開始しました。第6回は、「大統領選挙から読み解くPRコミュニケーション」をテーマに解説しています。本トピックスでは、両陣営最後の選挙活動となった11月2日の選挙集会での双方のスピーチを考察します。

 


 

2020年11月3日(火)に行われたアメリカ大統領選挙の投開票は、11月8日(日)午前1時過ぎに米主要メディアがジョー・バイデン氏の当選確実を報じたことで一つの節目を迎えました。しかしその後もトランプ大統領は敗北を認めず、11月23日(月)に政府一般調達局が、バイデン氏への政権移行業務を容認したことでようやく一歩前進しました。

 

 

選挙戦最後を飾ったそれぞれの集会

ライブ感重視のトランプ/コロナ対策重視のバイデン

ここでは時計の針を11月2日(月)の夜まで巻き戻し、両陣営にとって事実上最後の選挙活動となった集会を見ていきます。

現職のトランプ大統領はミシガン州グランド・ラピッズで、バイデン氏はペンシルベニア州ピッツバーグで、それぞれ集会を行いました。いずれの都市も、両陣営にとって選挙戦を勝つためには極めて重要な場所です。ちなみにトランプ大統領は2016年の選挙戦のときも、最後に集会を行ったのはグランド・ラピッズでした。

トランプ陣営はこれまで通り、会場に人々を集めて互いが熱狂できる環境を演出。映像からは、コロナ対策など二の次という印象を持ちます。他方で、バイデン陣営は支持者が車で集まる“ドライブ・イン”形式を採用。ソーシャル・ディスタンスが設けられ、参加者には歓声の代わりに車のクラクションで盛り上がってもらうという演出を施しました。

集会の構成は双方とも似ていました。トランプ陣営は、まずペンス副大統領がスピーチを行った後に、前の集会から遅れて駆け付けたトランプ大統領がスピーチを行いました。バイデン陣営も同様、カマラ・ハリス氏が冒頭スピーチを行った上で、バイデン氏が締めくくりました。尚、バイデン陣営にはこれまでの集会でも楽曲が幾度となく使用され、同氏への支持を表明していたレディー・ガガがパフォーマンスを行う演出も合間に設けられました。

 

 

両陣営が最後に語ったことは

熱狂をつくりだすトランプ/同情と共感を引き寄せるバイデン

トランプ陣営の集会は極めて長く、ペンス副大統領が約40分、その後40分のインターバルを経て、トランプ大統領が1時間以上のスピーチをしました。

バイデン陣営はこれに比べると非常にコンパクトで、ハリス氏が約16分、間にレディー・ガガのパフォーマンスを挟み、バイデン氏が約30分有権者に語り掛けました。

では中身はどうでしょうか。

両陣営において共通して言えるのは、相手を攻撃することに相当な時間が割かれたということです。ペンス副大統領のスピーチは基本的に、バイデン氏の過去の政策や発言を取り上げては批判し、続けて同じ政策分野におけるトランプ大統領の功績を支持者に思い出させるという構成でした。その内容は主に経済・外交・安全保障など、一定の具体性を伴うものでした。40分間のスピーチの中で、バイデン氏の名前が34回登場します。単純計算では1分強に1回、何らかの形でバイデン氏を批判していたということになります。

トランプ大統領は1時間強のスピーチの中で、42回バイデン氏(息子を含む)に言及しています。途中、バイデン氏の過去の失言をまとめた5分ほどの映像を流し、支持者と一緒に見るという演出まで含まれていました。ペンス副大統領と異なり、トランプ大統領のバイデン氏批判はイメージを低下させようと情緒に訴えかけるものに終始していました。

ではバイデン陣営はどうでしょうか。時間が短い分、回数は少ないですが、トランプ大統領の批判は繰り広げられています。ハリス氏は16分間のスピーチの中でトランプ大統領に6 回言及し、コロナ対応の不備を追求しています。バイデン氏は約30分間のスピーチで、30回トランプ大統領を批判。同じくコロナ対策に触れる場面もありましたが、トランプ大統領のバイデン氏批判同様、現職大統領に包括的なマイナス評価を下すことに重きが置かれていました。

逆に、当選した場合に政権運営をどうしていくのか、あるいは主要な政策は何なのかといった公約について触れられている部分は、スピーチの時間に対して少ない印象を覚えるかもしれません。

たとえばトランプ大統領はその1時間強のスピーチの中で、公約らしい公約をほとんど述べていません。以下について触れられていますが、ひとつ目以外はスピーチの最終版にようやく語り、すべてが一言ずつ、全部で3分以内に納められています。

  • 石油と天然ガス業界を守る
  • アメリカの製造業を世界の中で躍進させる
  • 中国依存から完全に脱する
  • 警察権力を強化する
  • アメリカ合衆国憲法修正第2条(武装権)を維持する
  • 薬価の透明性を高めて改定し、下げる
  • 女性初の月面着陸を実現させ、火星にも着陸する
  • 愛国心を育てる教育を導入する

 

トランプ大統領のスピーチで公約よりも目立ったのが、4年間の成果の話でした。中でも、ミシガン州を意識してか、経済政策での成果は何度も登場しました。未来を見ることよりも過去を振り返ることを重視していたようです。レトロスペクティブ・ボーティング(retrospective voting)という手法です。

熱狂的なトランプ支持者が集う集会では政策などのロジカルな話よりも、一体感を強める情緒的な話を重視したのかもしれません。

翻ってバイデン氏は、トランプ大統領への批判を強めながらも、随所に自身の政策について触れる場面をつくり出していました。登場した順に列挙すると次の通りです。

  • コロナ対策の強化(マスク義務化、ソーシャル・ディスタンスの確保、検査の強化)
  • 国内雇用の創出(海外雇用創出企業には付加税課税、国内雇用創出企業には減税)
  • 国内製造の強化(政府調達は国内製造企業に限定)
  • 富裕層(年収40万ドル以上)並びに法人への増税
  • 社会保障の充実
  • 温暖化対策
  • 最低賃金引上げ
  • 初回の住宅購入時の税控除
  • 起業家支援
  • 無料のコミュニティ・カレッジ開校
  • 年収5万ドル以下家庭の州立大学生の授業料免除

 

トランプ大統領よりは丁寧に、具体性をもって語られています。熱狂的な支持者が少ない分、まだ投票に迷っている人たちに向けて将来に対して合理的な判断を促すべく選択された戦略なのかもしれません。こちらはプロスペクティブ・ボーティング(prospective voting)と呼ばれています。

 

この点に通ずる部分として、誰に向けられたスピーチなのかという観点で内容を見てみます。

トランプ大統領のそれは、明らかに投票をすでに決めている熱狂的支持者に向けられたものでした。実は1時間強に亘るスピーチの中で、バイデン氏以外にも多くの相手に批判の矛先を向けています。中国、EU、民主党、弾劾裁判、CNNやニューヨーク・タイムズ等の主要メディア、巨大IT企業など、これまで再三攻撃していた相手です。仮想敵をつくりだすことで、身内の結束力を高める手法と言えます。そしてこう呼びかけます。私はあなたたちのために戦っています。だから投票をしなさい」「投票はあなたたちが自らの手でアメリカを守るチャンスですと。

対してバイデン氏は、「アメリカのために」という枕詞は同じでも、まったく異なるアプローチをとりました。キャンペーンスローガンである“Unite the Country”にも象徴されるように、党派関係なくアメリカのための大統領になるという言葉を選んでいます。曰く、「民主党員として誇りをもって出馬しているが、アメリカの大統領として政治を行う。赤い州も、青い州もなくなる。ただアメリカ合衆国が残るだけだ」と。前述の通り、熱狂的支持者が少ない分、トランプ大統領の「分断」とは真逆にスタンスを明確にすることで、判断に迷っている浮動層を取り込もうとした内容と見て取ることもできます。この一連の文章は、米国主要メディアがバイデン氏当選確実の報道を出した直後に行われたスピーチにも登場します。今後、象徴的な文言として、度々登場するかもしれません。

個人的エピソードを多用するのもバイデン氏の特徴です。今回のスピーチでも、満足な社会保障を得られなかった幼少期の記憶、ジョージ・フロイド氏の遺族との面会、脳腫瘍で亡くした息子の話などが登場します。結果として支持者同士の熱狂をつくりだすトランプ大統領と、支持者からの同情と共感を引き寄せるバイデン氏という構図も出来上がっていました。

 

大統領選スピーチから見る、PRコミュニケーションのポイント

そのスピーチは、何を成し遂げたいのか

今回の集会演出やスピーチ内容が、有権者の投票行動に少なからずの影響を与えたことは推察できますが、どちらのスピーチも、おそらくそれぞれの戦略の中ではしかるべき内容になっていたと考えられますし、良し悪しを評価できるものではありません。

しかしはっきりしていたことは、双方とも自分たちの置かれた状況をしっかりと見極めた上で、誰に対して何を伝え、どのような結果を得たいかということをイメージできていたことではないかと考えます。それぞれの立場に立って2つのスピーチを見てみると、普段のプレゼンテーションや講演などでも参考にできるポイントがいくつも潜んでいるかもしれません。

最後に、トランプ大統領が敗北宣言をしないことを日本では「往生際が悪い」と感じる人々が多いと聞きます。米国でも同じような声が聞こえてくるとも報じられています。しかし長らくアメリカに住んでいる人からすると、「ニューヨーカーだから当然。どこまでも戦うべきだ」という意見もあります。グローバルレベルでの仕事が当たり前になっている今日においては、考え方が日本人と異なることは当たり前、その違いを(理解できなくても)把握することは大事なことです。今まで以上に、より一層相手のバックグラウンドや考え方を理解した上でコミュニケーションをとり、ビジネスを進めることが求められています。このように、今回の大統領選挙は色々な角度から検証すると多様な学びを得られる教材となるようです。