一億総ジャーナリスト化の口コミ社会といわれる今、企業は消費者のどのような行動に注目し、どのような情報発信を行うべきなのでしょうか。そして、今、押さえるべき「優良顧客」との関係構築方法とは、どのようなものなのでしょう。消費者行動論、マーケティング戦略を専門とする、慶應義塾大学商学部教授・清水聰先生をゲストに、企業広報戦略研究所主任研究員・長濱憲が聞きました。

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企業広報戦略研究所(電通パブリックリレーションズ内)主任研究員・長濱憲による、慶應義塾大学商学部・清水聰教授(右)インタビュー

 

今、大切なのは「売った後」

長濱 憲(以下、長濱):インターネットやソーシャルメディアの普及により、世の中の情報は加速度的に増大しました。情報量はもちろん、情報の質も多様化し、個人間で格差が生まれているような気がしています。先生はどうお考えですか?

 

清水 聰先生(以下、清水先生):ソーシャルメディアが台頭し、口コミ社会になってから、情報接触の質における格差は顕著になりました。海外だと、消費者はメーカーが提供している商品・サービスに対して最初から懐疑的です。だから、消費者自ら積極的に情報を取りにいき、自分に不利益が起こらないように用心している人が多い。しかし、日本はメーカー側の努力が著しいので、特に調べずに何げなく買い物をしても大きな損害を被ることは少ない。すると当然、自ら情報を積極的に取り、その中から質の良い情報を取捨選択するのが苦手な人も多くなる。つまり、情報格差が開きやすい環境にあるというわけです。

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日本は、仮に「質の良い情報」を能動的に取りにいかなくても、生活の安心安全が担保されているので、情報格差が開きやすいと話す清水先生(右)

長濱:人によって、情報接触の質に違いが生まれやすいというわけですね。このような社会環境を踏まえて、企業のマーケティングはどのように変化しているのでしょうか。

 

清水先生:「売って終わり」ではなくなった、というのが一番の変化です。これまで企業は、消費者が購買するまで、つまり購買「前」の意思決定プロセスに注目し、分析してきたわけですが、これからは購買した「後」の消費者行動こそが重要になってきます。というのも、購入してくれた人が利用後の感想をソーシャルメディアなどで表明するようになったので、周りの人がその感想を参考にして購入を決めたり、あるいは購入を控えるという「判断」をするようになったからです。そういう意味では「売った後」、つまり消費者は購入後にどういう行動をとるか、が非常に重要になるわけです。

 

変わる「優良顧客」の定義

長濱:「購入後」の消費者行動が次の顧客に影響を与えることを考えると、企業にとって重要な顧客ターゲットや情報発信の仕方は変わってきますね。例えば、購入後にソーシャルメディアに書き込みしたくなる仕掛けなどが大切になるわけですね。

 

清水先生:そうです。大量購入、リピート利用してくれる人だけが優良顧客かというと、そうではなくなってきています。少額利用であっても、購入後や利用後に好意的な感想や情報を拡散してくれる顧客は、企業にとって非常に優良な存在です。これまで企業は、ライフタイムバリュー、つまり、「その人から得られる一生分の利益」の総額が高ければ高いほど優良顧客として大切にしてきました。これはある意味では正しいですが、これからは金額ベースだけで顧客を判断していては、せっかくの機会をロスしてしまうでしょう。

 

長濱:企業は、そういった情報発信に貢献してくれる「いい顧客」と、どのようにつながったらいいのでしょうか。

 

清水先生:私のさまざまな調査の結果、情報発信における「いい顧客」が持つ要素は3つあることがわかってきています。1つは情報伝達力があること、2つ目は商品・サービスに関する関心が高いこと、3つ目は情報収集力が高いことです。一般的にインフルエンサーというと、情報伝達力の高さという意味でフォロワー数の多さに目が行きがちですが、それよりも、その人自身が商品やサービスの本質をしっかり理解してくれているか、その人自身の言葉で表現してくれているか、といった書き込みの内容のほうが重要です。それにはその人自身の情報収集力や、商品・サービスへの関心の高さなどが関わってきます。

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清水先生によると、周りから情報源として認識され、自分もそれを意識して活動している人、
つまり「情報循環力が高い人」は、情報発信において「いい顧客」になりやすいという

長濱:そういった真のインフルエンサーとも言うべき人たちは、どういった商品やサービスに興味があるのでしょうか。

 

清水先生:「自分に合う」という視点は最も大切にされていますが、「話題になるか」という視点も非常に重要です。彼らはTwitterやInstagramの空間において、自分をどういうキャラクターに見せるかということをとても大切にしているので、その商品やサービスをどういうタイミングでどう取り上げるか、それは世の中の盛り上がりとどのように連動するか、という視点は欠かせません。

 

長濱:先生のご研究では、「話題になる」ものに何か共通の特徴はありますか?

 

清水先生:人が何かに関心を抱き、話題にする時には、共通のギミックがあると私は考えています。それが「適度の不一致」です。たとえば、新しいお茶が発売されたとします。今までとあまり変わり映えがしないと「これまでと同じ」だと見なして、人は話題にしません。かといって、まったく基準が違うものだと、「これはジュースだ」というように別のものだと見なしてしまい、これも話題にしません。それが、ちょっとだけずれているものだと、「お茶なのに、今までと、こう違う」として、誰かにその「ずれ」を話したくなります。その「適度な不一致」をいかにつくるか、ということが「話題になる」ポイントだと思います。

 

ネット情報を「いつ」見て購買しているか、が重要

長濱:改めて伺いたいのですが、企業にとって重視すべき「いい顧客」は、どういうところで情報を入手し、判断し、発信しているのでしょうか。

 

清水先生:非常に興味深いのは、彼らはインターネット上だけで情報収集・発信しているわけではないということですね。実はリアルの口コミや実体験を非常に重視している傾向にあります。

 

長濱:私が所属する当社の研究組織、企業広報戦略研究所では「企業魅力度調査」といって、全国20~60代の男女1万人を対象に、企業のどのような活動に魅力を感じ、その魅力がどのように伝わっているのかを調査しています。その調査の中で、どのような情報経路で企業の魅力を感じたかを聞いたところ、1位は「番組や記事」(43.8%)だったのですが、2位は「商品・サービスを直接体験して」(37.9%)でした。このあと「企業が直接発信する情報」(27.8%)、「ウェブを通じた口コミ」(21.5%)が続きます。

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企業広報戦略研究所『第2回企業魅力度調査』(2017年3月実施)結果より「生活者が企業に魅力を感じたきっかけ」

清水先生: 「情報循環力の高い」消費者は、いろいろなことに関心を持って生活していますから、マスメディアだけでなく、流通も、人との会話も、インターネット上の口コミも、多岐にわたる情報をしっかりチェックしているケースが多いです。

 

長濱:そういった人たちに対して、企業はどのような情報を発信するのがよいとお考えですか?

 

清水先生:「実は…」「ココだけの話…」「こだわりの秘密は…」といった、いわゆる「裏側のストーリー」は好まれる傾向にあります。ですから、商品やサービスのウェブサイトで開発秘話や苦労話などを公開するのは非常に有益だと思います。

 

長濱:そうですね。昨年の「企業魅力度調査」で、生活者が重視する企業のウェブサイト上のコンテンツについて調べましたが、「開発秘話・背景などストーリー性があるコンテンツが掲載されている」が最も支持されていました。

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企業広報戦略研究所『第1回企業魅力度調査』(2016年3月実施)結果より「企業のウェブサイトで、詳しく見たいと思うコンテンツ」

清水先生:私は、インターネット上の情報と購入タイミングの関連性についても調査研究をしているのですが、「ネット情報に触れてから購入する人」と「購入後にネット情報に触れる人」では、その後の購入本数や金額が異なります。「ネット情報に触れてから購入する人」よりも、「購入後にネット情報に触れる人」のほうが、その後の購入金額・数量ともに多いのです。なぜかというと、「ネット情報に触れてから購入する人」は、あくまでも新商品の発売やお得なキャンペーン情報を探す目的でインターネットを使っています。ところが、「購入後にネット情報に触れる人」は、「どうして、これまでの商品と違うのか」「どうやって開発したのか」などの深掘り情報を知りたくてネット検索をしています。そして「自分が思っていたとおりだ」と納得したり、「こんな裏側があったのか」と驚いたりして、自分とその商品との関係性を深めるのです。関係性が深まると、その後も再びその商品を手に取りたくなる。そういう結果なのです。

 

長濱:ということは、今後は、どういうメディアに接触して購入したか、という調査だけでなく、いつ、どういうメディアの何のコンテンツに接触したか、という、“接触タイミング”やその“内容”も追いかける必要があるというわけですね。

 

清水先生:そのとおりです。「ネット情報に触れてから購入する人」にとって「ネット情報」は、あくまでもテレビコマーシャルやクーポンの代替、つまりプロモーションの役割を果たしているわけですが、「購入後にネット情報に触れる人」にとっては、「この商品のファンになっていいのか」という疑問を解消するためのものとして存在しています。

 

長濱:すると、企業は消費者の関心を先回りして、疑問を解決したり、安心して好きになってもらうためのコンテンツをウェブサイトに用意しておく必要があるわけですね。

 

清水先生:そうです。企業のウェブサイトは、認知媒体でもプロモーション媒体でもなく、消費者とブランドとのつながりをつくるような役割を担わせるべきです。ウェブサイトは、“ながら見”するものではなく、消費者が能動的に見にいくメディアなので、そこには消費者の意思があり、その意思を満たすコンテンツを用意すべきです。すでにECサイトでは、過去の検索履歴からその人の関心がありそうな情報を優先してトップページなどに提示するサービスが当たり前になっていますが、さらにもう一歩進めて、この人は商品のこだわり、この人はお得なキャンペーン、といったように、企業サイトでも、最初に提示するコンテンツをその人の関心に合わせて変えられるといいのでは、と思います。

 

これから追求すべきは、「つながり」

長濱:企業は、消費者の知りたい意欲に応えることで、より深い関係性を築くことが可能になるわけですね。

 

清水先生:今までモノを買う時は、考慮集合に入っているかどうか、つまり「買ってもいい」と思える集合体に入っているかどうかが鍵となっていました。最近は、考慮集合というよりは、話題集合のほうが的確だと思っています。というのも、今、人は、自分の中で話題になっているか、世の中で話題になっているか、という視点で買うかどうかを判断しているからです。そういう意味では、常に目に入ってくる、耳に入ってくる状態にしておくことはもちろん、商品やサービスが消費者に「認知されている」のさらに一歩先、「つながっている」度合いがどの程度か、それを把握し、追求していかなければいけませんね。

 

長濱:ありがとうございました。

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構成・写真/電通パブリックリレーションズ 伊澤佑美

プロフィール

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<清水 聰>

慶應義塾大学商学部 教授
慶應義塾大学大学院 商学研究科卒 博士課程卒
博士(商学)
専門領域:消費者行動論、マーケティング戦略
消費者に関する理論をマーケティング戦略に応用する、実践的なマーケティングの研究。
具体的には、コミュニケーション戦略やブランド戦略、新製品評価、会話型検索エンジンの開発などに消費者の理論を導入し、それを多変量解析、データマイニング、テキストマイニングなどの手法を通じて解析している。日本発のマーケティング理論構築を目指す。

 

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<長濱 憲>

1998年、電通パブリックリレーションズ入社。官公庁・企業等を担当。
北海道米販売拡大委員会の「北海道米ブランド創造プロジェクト」を担当し、「IPRAゴールデン・ワールド・アワード2010」部門最優秀賞など、国内外の賞を受賞。
2013年4月に東京大学大学院学際情報学府に入学。橋元良明教授の研究室と電通パブリックリレーションズ等による「ネット選挙」「広報効果測定」等に関する共同調査に参画。現在、博士課程に在籍。直近では「産学連携:危機管理イノベーション・プロジェクト」で、日本PR協会「PRアワード グランプリ」イノベーション/スキル部門最優秀賞(2015年度)、「IPRAゴールデン・ワールド・アワード2016」部門最優秀賞(BtoB<インハウス>部門)を受賞。