日本在外企業協会『月刊グローバル経営』2016年3月号より

「コーポレートガバナンス元年」と称された2015年(これを執筆しているのは2016年1月末)。企業統治のあり方に注目が集まり、危機管理への取り組みも議論された一年。しかしながら事件・事故・不祥事はあとを絶たず、それらは日々、報道のトップを飾り、ソーシャルメディアで話題となった。世界各地ではテロが発生し、中東での情勢不安が国内経済にも影響を及ぼした。アジア圏では日本企業進出に伴い生じるさまざまな危機が聞かれた。グローバルでの危機管理が問われていることがひしひしと伝わってきた。

 

企業の危機管理活動を可視化

企業の広報活動を研究する社内組織「企業広報戦略研究所」が、企業の危機管理に着目したのも2015年のことである。私たちは2014年に「企業の広報力調査」を実施し、企業の“広報活動を遂行する力”を調査した。次に調査したのが、企業の“危機を管理する力”。それは、次の2つの疑問への回答を見出そうというところから始まった。すなわち「なぜ危機は防ぐことができないのか?」「なぜ企業は危機発生時のコミュニケーションで失敗をしてしまうのか?」である。

続けて「企業の危機管理に関する調査」が行われたのは2015年2月。東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センターの協力のもと、企業が取り組むべき危機管理活動を洗い出し、それらの実施有無を回答いただく調査を設計。国内の内資・外資企業2,995社の「危機管理担当者」を対象に調査を行った(有効回答数:392)。同時に、メディア関係者1,638人にも質問票を送付し、報道する側から見た企業の危機とは何かを把握しようと試みた(有効回答数:177)。危機発生時のコミュニケーションで何を留意すべきかを可視化するためである。

分析にあたり、危機管理活動を数値化し、危機管理の“力”として評価することができる独自指標「危機管理ペンタゴンモデル」を開発。次の5つの評価基準を設けた。

  • 「リーダーシップ力」組織的な危機管理力向上に対するトップなど経営陣のコミュニケーション・実行力。
  • 「予見力」将来、自社に影響を与える可能性がある危機を予見し、組織的に共有する力。
  • 「回避力」危機の発生を未然に防止・回避、または、危機の発生を事前に想定し、影響を軽減する組織的能力。
  • 「被害軽減力」危機が発生した場合に、迅速・的確に対応し、ステークホルダーや自社が受ける被害を軽減する組織的能力。
  • 「再発防止力」危機発生の経緯と向き合い、より効果的な危機管理や社会的信頼の回復を実現していく組織的能力。

 

見えてきた「予見力」という課題

結果は同年6月にリリースで発表させていただいた。そこで見えてきたのは「予見力」に対する課題だった。

図1-2

実施している取り組みとしてもっとも回答が多かった「業界・競合企業で発生した『危機』を把握・研究している」で52.0%と半分強。「自社に対する、新聞やテレビ等の報道内容や、記者の意見を、定期的に調べている」と回答した企業は45.4%。「海外で発生している『危機』についての情報収集を行い、日本国内の事業活動に与える影響を予測している」と回答した企業は33.2%にとどまった。

危機を防ぐには、情報の収集、的確な分析、早めの対処が肝要である。特に海外拠点がある場合は、現地の情勢、リスク要因の洗い出し、さらには本社機能との定期的な情報交換が求められる。

 

企業担当者とメディア関係者の意識ギャップは

次に数値化したのが危機に対する意識。企業とメディア関係者に同じ質問をすることで、両者の間に存在する意識ギャップを可視化した。危機が発生した際、危機事象そのものへの対応と合わせて重要なのが、社会に対して情報開示を行い、説明責任を果たすことである。報道する側にとっての重要な危機は何かを可視化すると、企業とは明らかに違う傾向が見られた。次の一覧は、差分が大きかったトップ3である。

2.表 

見ていただくと分かる通り、メディア関係者は(不可抗力的な外部要因によるものではあるが)社会的影響力の高い事象を危機と捉えているのに対し、企業担当者は企業個別に関わる事象を危機と捉えている。ここで注目したいのは、例え外部的な危機であったとしても、被害が及べばメディアからの取材は避けられないという点である。このようなときこそ、情報開示する姿勢を保ち、可能な限りの対応をしたい。

 

グローバル化に備えて企業が取り組むべき危機管理

企業が危機管理力を高めるには、危機を未然に防ぐために不可欠な「予見力」を高め、そして報道するメディアの意識を理解した上で、コミュニケーション対応の準備をしっかりと進めておくことであると言える。具体的には国内本社と海外現地法人との間の情報収集・共有体制とグローバルでの危機管理体制構築、国内外に関わらず危機が発生した際のエスカレーションルールを含む対応手順、連絡体制、役割分担のマニュアル化などであろう。そのうえで、シミュレーショントレーニング(模擬訓練)を定期的に行うことはとても有効だと考える。決められたマニュアルどおりに行動が可能なのか、抜け漏れはないのかを確認しておきたい。

執筆

img-member9

池上 翔(いけがみ しょう)

2008年電通パブリックリレーションズ入社。イシュー・リスクマネジメント部にて企業・団体の平時および緊急時のリスク対応に従事。2011年に電通プラットフォーム・ビジネス局に出向し、ICTサービスのプロモーション、プラットフォーム関連事業のリスクマネジメントに従事。2012年から2年間、ディレクション局にて通信会社、食品会社、スポーツ関連企業等、さまざまなセクターのクライアントのPR戦略立案・実行に携わる。2014年から現職。企業広報のコンサルティングおよびPR戦略のプランニングに従事。