世にも有名なシャーロック・ホームズシリーズの第1作、「緋色の習作」を読んでみました。きっかけは、最新のテレビドラマ版を観て原作に興味を持ったから、ではなく、ルパン三世の新シリーズにホームズが出てくるからでもなく、純粋に原作小説に興味を持ったからです。今更ながら。
 ちなみに、邦題の「緋色の習作」には別訳もあり、「緋色の研究」というそちらの方がよく知られているかもしれませんが、私が読んだのは「習作」の方。翻訳がこちらの方が良いというお薦めを受けて、あえて、こちらを選んでいます。
 そのタイトルの翻訳についても、ひとしきりの解説があり、原語の“study”をどう訳すかによって議論が分かれるとのこと。この辺りのこだわり一つとっても、変わり者のシャーロックを主人公とする創作の周辺エピソードとして、充分楽しめます。
 さて、本編です。何しろ、130年以上前に書かれた小説です。現代の常識や感覚からすれば、かなり違和感を持たざるを得ないところはありますが、まずは構成に驚かされました。
 割とあっさりと事件が解決してしまうのです。本の大部分を残したまま。その後ストーリーは、犯人と被害者がロンドンで顛末(てんまつ)を迎えるそのずーっと以前から、しかも、全く別の土地で、いかなる紆余曲折を経てきたかを描き始めます。犯人と被害者たる人物がなかなか登場しないままに。
 最初は何の話を読んでいるのか疑問のまま、読み進めていくと、次第に線がつながってきます。なるほどそういうことかと。随分とまた壮絶な背景だなと。こんなにページを残してどうするんですか、という心配は無用でした。
 読後感として、果たして傑作かどうかと問われれば、即答はできかねます。しかし、これが伝説の始まりであり、主人公たちがこの後どんな活躍を見せるのかに期待が膨らむのもまた事実です。
 ただ、これは後世の我々がシリーズの評価が確立した後に抱く思い。事実、執筆当時の原稿料は二束三文で、作者のアーサー・コナン・ドイルは、終生ことあるごとにそのことを愚痴っていたということです。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。