監督、コーチ、指導者と呼ばれる人たちの仕事は、なかなか複雑で難しいものだと思います。脚光を浴びるのは、どうしても指導を受ける側。自らはそれを支える存在として、責務に徹するのです。

 中には、どうにもこうにも自分の方が目立ってしまい、結果的に選手たちよりも前に出てしまう方もいらっしゃいます。往年のプロ野球の名物監督や、欧州サッカーのカリスマ監督などがそうです。あふれ出る個性を隠し切れなかったり、持て余し気味の自意識を抑え切れなかったり。ともあれ、見る側としては、キャラクターの多彩さを楽しめます。

 指導者と選手との関係もまた、個々別々の在り方で成立していると思います。この選手にはもっと強い言葉で奮起を促した方が良いだろう。この選手はもうしばらく静かに見守った方が良いだろう。相手とその状態や性格によって、伸ばし方が異なるのは当然のことだと思います。

 そして、その双方の努力の積み重ねとして、競技の結果を手にすることができます。望みどおりに行ったり、そこに至らなかったり、それを超えたり。到達した地点がいかなるものであれ、選手と指導者との間でやり取りされてきた全てのことが、そこには反映されているはずです。

 そう考えてみると、選手のインタビュー内容などもまた、新しい受け止め方ができます。結果のいかんにかかわらず、指導者や関係者への謝意に代表される言及があるか無いか。お互いの信頼関係が、こういう場面におのずと出てくるのではないでしょうか。当然、指導者側についてもそうです。

 発言内容によって、「本当にいいチームなんだなぁ」とか、「何か表面には表れていない問題が隠れていそうだな」とか、想像を巡らせてみるのも一興かもしれません。

 いずれにしても、勝てば選手のおかげ、負ければ監督のせい、とも言われる仕事。よほど人間として成熟していないと、背負い切れない仕事であるのは間違いないところです。

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